Uターン異世界人、この街で胸を張る。
それから五年後、五月の、とある金曜日。
「ただーいまぁ! おあっ……、青羽、朱理、ぴょーんじゃないのぴょーんじゃあ!」
三歳になる双子のきょうだいに飛びつかれて、市内の高校で働く生物教師・大崎凛音はたたらを踏んだ。
「おかえりなさい。……青羽も朱理も、おかあさんにジャンピングボディプレスはやめなさいっていつも言ってるだろ」
キッチンから顔を覗かせた折原尊はエプロンを外しながら、愛しいこどもたちを嗜める。
「ジャンピングボディプレスを教え込んだのは他ならん君でしょうが! はいはいただいまただいま、……暴力的なまでに食欲が刺激されるいいにおいがする」
今夜は尊が独身時代から行きつけの中華料理屋「白虎飯店」の主人夫婦から教わった手作り餃子である。ただ、夫婦ともに食用野草のプロフェッショナルであるから、餡に使っているのは市販の野菜だけではない。今日の昼間、尊は青羽と朱理を連れて、座舞市を流れる佐波川の河川敷に行き、三人で摘んで来た野草を刻んで混ぜ込んである。
「二人とも手伝ってくれたんだよ」
「ははあ、だからこう、なんていうか前衛芸術みたいな形してるのね。いいわね、……ねえ、青羽、朱理、こんど美術館行ってみようか」
二人の血を引く双子であるから、才能があるとしたらやはり植物関連ではないかと思うのが妥当なところであるが、
「それよりも、料理の才能じゃないかな」
「あーそっちか! 二人が凄腕の料理人になってくれたら私たち毎日の献立考えなくてよくなるわねぇ」
二人揃って平均的な親ばかなもので、自分たちのこどもには無限の才能が備わっていると信じているのだった。
生物教師の夫である尊は、妻の出身大学の研究室で働いている。フルタイムではないが、二人のこどもを抱えての共働きであり、公共インフラのサポートは欠かせない。座舞市は数年前まで待機児童の数が県内で最も多かったのだが、近年はその状況は改善されつつある。また、どこの自治体でもコミュニティの希薄化は指摘されているが、座舞市はきちんと問題意識を持って対処に取り組んでいる。青羽と朱理は父母が共に仕事で家を開ける日には、車で五分ほどのところにある母の実家で預かられているのだ。
「じゃあ、食べよう。青羽も朱理も座って。おかあさんは手を洗っておいで」
異世界から帰ってきたタケルにとっても住み良い街である座舞。
いわんや、この世界でずっと生きている人おいてをや。
大学が沿線にあるなら、地方から出てきが大学生の最初の一人暮らしにもよかろうし、都心の職場を目指す若い夫婦にもよかろう。谷戸山自然公園のような場所もあるから、言うまでもなく、子育てにも持ってこい。
青羽と朱理を寝かしつけてリヴィングに戻ってきた尊に、ちょうど風呂上がりの凛音が言った。
「ねえ尊くん、明日、二人連れて谷戸山自然公園行ってみない?」
結婚四年目。双子の母である自身の妻と、じゃれ合い、からかい合いながら、仲睦まじく暮らしている夫という自身の立場に、日々誇りが胸に満ちる尊である。
「いいよ。……でも、平気なの? 凛音さん、食べられるのに採っちゃいけない場所行くとうずうずして大変でしょ、食いしんぼうでいじきたないから」
双子の前では「お父さん」「お母さん」と呼びあい、二人のときには名前で呼ぶ、というのが二人の中でなんとなく定まっている。
「食いしんぼうまでは渋々認めるが! ……ま、まあ、それはいいとして。いいわよ、じゃあ、帰りにどっか別なとこ寄って、なんか採るから……」
うん、と尊は頷く。夫婦して、食用植物を採取することには本能レベルの欲求を抱えて生きているのだ。
「丘の上のアンズが、そろそろ成ってるころかなぁって思ったの」
「五月だと、まだちっちゃいんじゃない?」
「だけど、香りはするわよ、ちょびっとでも」
妻がどんな気持ちで提案したのか、尊は判っているつもりだ。
「いいね、じゃあ、行こう。でもって来月、雨の日を見付けて、また行こうよ」
妻が嬉しそうに微笑んで頷く。
その顔に喜びが満ちて、もう既に甘い馨を醸していることに、彼女はきっと気付いていない。
独り占めにしたいほどの魅力だけれど、可愛い双子にだけはこっそりと教えてあげたい気持ちに、尊はなるのだった。