みんなそんなに茶化さないでよ!
「ぷ、何してるんだよ」
先輩は微笑を浮かべる。
今、私達はヘアピンの打ち合いをしていた。ネット際で軽く、反対側のネット際に打ち返すだけの簡単なものだ。
それなのに私は失敗続きだった。何度打たれてもそれを返すことが出来ない。ちゃんとラケットに当てられないのだ。
シャトルがそのままラケットをすり抜けて地面に落ちたり、当たったとしてもラケットの枠に当たってあらぬ方向へ飛んでいく始末。
なぜ、どうして?琴とは普通にできるのに。
もしかして、先輩を前にして変に緊張している?だとしたら凄く先輩に失礼だ。
私は段々、顔を青ざめて行った。
「ご、ごめんなさいっ」
「いいよいいよ。まず、持ち方が良くないんじゃないか?」
先輩はネットを潜って、こちらへやって来る。
ど、どうしよう……!距離が……近いっ!先輩が、目の前にいる!
胸の鼓動が高鳴る。うるさい。これじゃ先輩に聞こえちゃう!
今だけでいいから、心臓止まってと願った。
「ちょっとラケット貸してねー」
「ひゃい!」
変な声が出てしまった……恥ずかしくなって顔が熱くなる。しかし、先輩はなにも気にしていないようだった。
「はい、これで握手するように握って」
「あ、はい」
「うん、それでやってみようか」
先輩は元の位置へと戻って行った。
なんだか、あたふたしている自分が恥ずかしい。先輩は真剣に教えてくれていたのに。私はなんてことを……。
練習に集中するのよ、瑞葉!
心の中で自分に言い聞かせた。
「あ、ありがとうございますっ!」
「そんなに肩に力入れなくていいよ。ほら次いくぞ」
「はい!」
こうして無事、練習を終えた。
いや無事、というにはかなり語弊がある気がする。なにせあの後も失敗続きで、先輩を困らせてしまったのだから。
終いには「あの時の実力は、どこに行ったんだよ」と笑われてしまった。
「「お疲れ様でした!」」
お昼をすぎた頃、部活は終了した。片付けと掃除を済ませ、部室へ行くと先輩達は既に帰り支度を済ませ、入れ違いとなった。
「ねぇ、よかったじゃーん」
「んもう!茶化さないでよー」
琴は私の脇を肘で小突き、からかう。
「え、なに?もしかして瑞葉は、あの先輩が好きなの?」
その場にいた直まで、にやにやと不敵な笑みを浮かべている。
「ち、違うよ!普通にかっこいいなぁって思ってただけで……」
そう伝えても、私の言葉は最初から聞いていないようである。二人とも不敵な笑みをやめない。
「み、瑞葉ちゃん、頑張ってね?」
もう凛まで……
着替えを終えて琴と二人で帰ろうとしていると、入口に羽吹春先輩が見えた。ちょうど帰るところのようだ。
「あ、ちょっとわたし挨拶してくる!」
「わたしも行くよ」
今日はとてもお世話になったし、最後にお礼くらい伝えたい。
それに、このまま行って欲しくなかった。もう少し話していたい……そんな気持ちが先行して、普段なら怖気付いて行動しない私は、この時ばかりは走り出して追いかけた。
「あの!」
「ん?」
羽吹春先輩は、私の声に気づき振り向く。入口の外の光が先輩を照らしているように見えて、少し眩しい。
「今日は教えて下さり、ありがとうございました!」
「あぁ、そんなの全然いいよ。瑞葉はセンスいいからすぐ出来るようになるさ」
「そ、そんな事ないです。先輩の教え方が分かりやすかったからで」
私は、慌てて訂正した。決して煽てている訳では無い。先輩の教え方は本当に分かりやすかったのだ。出来なかったのは自分のせいである。
「そんな謙遜しなくても……教えられて、すぐに吸収できる子はそういないよ」
「瑞葉は、ほんとにすごい子なんです。今までやっていなかったのが勿体ないくらい」
琴は隣で、自分の事のように得意気に話す。なんだか照れくさくなってきた。こんなに褒められると付け上がってしまいそう。
「いつか本当に強くなって、先輩たちに追いつきますね」
「おうおう。いい意気込みだね。楽しみにしてるよ」
先輩は今年で居なくなってしまう。そのいつかが訪れるか分からないけれど、先輩と肩を並べられるようになれたらいいなと心の底から思う。
「あの、よかったらLIME交換しませんか?」
「え!?」
琴のその一言に、私は仰天した。私でさえ聞けてないのに、ずるい!
けど、さすが琴。その誰彼構わず友達になってしまうところは、隣にいていつも驚かされる。先輩は友達じゃないけど。
「いいよ」
先輩は、嫌な顔一つせず快く受け入れてくれた。先輩、心広し!
「ありがとうございます!ほら瑞も」
「わ、わたしも!?」
ドミノ式にわたしまで交換することになった。思わぬダイヤモンドに内心、小躍りする。やった!先輩のLIMEだ!
「全然いいよ。何かわからないこととか聞きたいことがあれば気軽に連絡してよ。なんなら呼んでくれたら練習も付き合うしさ」
それって自主練ってこと?プライベートの時間まで付き合ってくれるの!?
「そんなっ恐れ多いですっ」
なんて、心優しい先輩なんだろう。本当にこんな人がこの世に存在するとは。まるで少女漫画に出てくるイケメンのよう。
容姿も美形でカッコイイのに、温和で寛容だなんて……卑怯じゃない?
こういう人には、大抵彼女さんが居るんだろうなぁ。
私と言う存在は、先輩にとってはモブでしかないのだと思う。その辺の数多いる後輩の一人。それ以下にはなるかもしれないがそれ以上にはなり得ない。
そんなことは分かっていた。それでも少しでも近づけたらそれでいいと思った。そして今は、こうしてLIME交換出来たことが何よりも嬉しい!
「んじゃまたな」
お疲れ様でした、と伝えると、先輩は帰っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで、私は見つめ続けた。
琴はまたもや私の脇を肘で小突き、何も言わずにやにやと不敵な笑みを浮かべている。
「んもう、なによ!」
頬を膨らませ不貞腐れて見せるが、今はそんなことでも嬉しいと思えた。
読んで下さりありがとうございます!
下のリアクションや感想など送ってくださるととても嬉しいです♪
それではまた♪




