長いラリーは二人だけの対話!
「瑞ーいこー!」
「あ、ちょっ琴!?」
授業が終わると、私は琴に腕を捕まれ颯爽と廊下を駆け抜ける。
すれ違う先生に廊下は走らない!と注意されるが、琴は全く聞いていない。というよりむしろ聞こえていない?
「ちょっとそんな焦らなくても、バドミントンは逃げないよ?」
「だって久しぶりに瑞と打ち合えるんだよ?楽しみじゃん」
その顔は一分一秒も待ち遠しい、と言いたげだ。
「んもう」
そんな琴に仕方なく身を委ねられるまま付いていく。かく言う私も、人のことは言えない。昨夜はなかなか寝つけられず、朝はそそくさと家を出てしまったし、授業の内容はあまり頭に入ってこず、今の今までソワソワして落ち着きがなかった。
なぜだろう?幼少の頃から琴とバドミントンをするのは、何よりも心躍る出来事だった。
これまでにも琴には、何度もチームや部活に誘われた。しかし、今まで私は人とのコミュニケーションに自信が持てず、その度に断り続けてきた。
ではなぜ高校生になった今、部活に入ろうと思ったのか?
青春高校のバド部は、部員が少ない。現在2年の先輩が3人と私達二人だけなのだ。これから新入部員が来るかもしれないが、ここは特に強豪校という訳でもなかった。小規模だが、ここならなんとか頑張れるかもしれない。
琴の実力なら強豪校にだって行けたはずだ。推薦だって来ていたはず。しかし、琴が目指しているのはそれではないらしかった。
ただ、バドミントンを楽しみたい。その一心で私が先行して決めていたこの青春高校に、共に通うことを決意したようだった。
琴の話を要約すると「瑞葉がいない場所で楽しめるとは思えない」んだそうだ。大真面目な顔して語っていたのは記憶に新しい。
なにもせっかくの推薦を、蹴ってまですることでもないと思うのだが……
しかし、琴と過ごせる最後の三年間かもしれない。そう思うと、少しくらい頑張ってみてもいいかなと思えた。
琴は体育館の扉を勢いよく開けると、そこにはまだ人の影すらなく、扉の開いた音が反響するだけだった。
「いっちばんのりー♪」
この広い体育館で、はしゃぐ琴羽。言葉が反響しどこまでも届きそうである。
「何してるのー?早くー!」
いつの間にか、体育館横にある部室へと琴は走り出していた。
「待ってよー!」
着替え終わった私達は、その後部活の準備に取り掛かった。そのうちにチラホラと先輩がやってきたり、男バドの面々も顔を出していた。
「あたしは、神谷直美です!よろしくお願いします」
「え……えと……松下凛……です……」
鳴海先輩が自己紹介をしたあとに続いたこの二人は、新しく入部した一年生らしかった。
一人は明るく堂々としており、すらっとしたスタイルが印象的だ。その後ろから控えめがちにひょこっと顔を出している小柄な子は、あまりスポーツが得意そうには見えない。
「二人ともいらっしゃい。よろしくね」
鳴海先輩が先導し全員の自己紹介を済ませると、早速アップが始まった。
「10分休憩ね」
先輩方と琴は打ち込み練習を、私達三人はひたすら素振りをしていた所に、部長の一声があった。
待ってましたっ!
私と琴は互いに目配せをする。
皆が一斉に退出する中、私達は無言でコートに立った。
ネット越しに琴と相対するのは、とてもしばらくぶりに思える。
琴はラケットを構える。私もそれを真似るようにラケットを構えた。コートに緊張が走る。
既にここより外の音は聞こえなくなっていた。聞こえてくるのは自身の心臓の音、そしてお互いの呼吸音のみ。自分達二人だけの世界がここにはあった。
自然と心が弾む。早く……!
琴はシャトルから手を離す。次第に落ちていくそれがラケットに当たるまで、とてもスローモーションに見えた。まるで映画のコマ送りのような……。
打たれたシャトルが、ネットを介してこちらへやって来る。後ろに高く上げられたシャトルを、私はタイミングよく打ち返した。
まずは、クリアだ。
そして琴もクリアで返してくる。それから数球のクリアの往来が行われた。
これは琴との会話のようなもので、二人だけの言葉のない秘密の対話のようなものだ。今日の調子は大丈夫か、変な癖がないか……そんな所だ。
そこから掛け声もなく琴のスマッシュを合図に、試合形式の遊びが始まる。
琴が打ったスマッシュを打ち返すと、今度はクリアを打つ。それをドロップで返すと、ヘアピンで打ち返してくるので、ロブを上げる。するとまたスマッシュを打って来るのでまたロブを上げるとまたスマッシュを打ってくる。
上下左右に行き来するシャトルは、なかなか地面には落ちようとしない。
なかなか終わりの見えないラリーは、私達にとってはいつもの事だった。お互いの息がわかる。次に何を打ち込んで来るのか、脳で覚えそれに対応するように体が反射的に動く。
ヘアピンでネットスレスレに返すと、琴はそれをギリギリで取った。その瞬間、体を崩してしまう。
チャンスだ!
ロブで上げられたシャトルを目いっぱいラケットを振って打ち込む。それはネットを掠めて少しの軌道を変え、体を崩した琴は対処出来ずに、シャトルは地面に鋭く突き刺さった。
「ふふん」
私はドヤ顔を決め込み腰に手を当てる。今までどれだけ琴の動きを見てきたことか。少し素振りをしていただけではあったが、確実に上手くなっているような気がする。
「あー、してやられたぁ!」
悔しそうな顔を浮かべるが、どことなく上機嫌だった。
「今の何!?初風さん、やった事ないって言ってなかった!?」
二人だけの世界は、コート外のざわめきによって終わりを告げた。
少し名残惜しくはあるが、ここいらで潮時だろう。いつの間にか休憩から戻って来ていた先輩方の視線を浴びていたようだ。
急に恥ずかしくなってしまい、腰に当てた腕でラケットを後ろに隠す。
「えっとー…習い事とかは本当に全く……」
結愛先輩と鳴海先輩を筆頭に質問攻めにあう。なぜそんなに上手なのか。どうやって覚えたのか。
同じ一年の神谷さんと松下さんは、その後ろであんぐりと口を開けていた。
男バドの面々ですら、こちらを凝視してなにやら騒ぎたて、興奮冷めやらない様子。
この騒ぎようは、一度説明しないと治まりそうにないな。
私はどうやってバドミントンを覚えたのか簡単に説明した。
「こうは言ってるけど、すごくセンスがあるんですよ」
琴が鼻高々にそう話した。全国レベルの実力を有する琴にそんなことを言われると、なんだかくすぐったい。
その後の部活は、昨日のように試合形式の1セット先取が始まった。
そこに私も参加するように言われたが、さすがに断った。あれが出来るのは琴相手だけだし、きっと1セットも持たない。試合をするほどの体力を、まだ持ち合わせていないのだ。
部活が終わり部室へ着替えに行くと、そこでも先程の琴とのラリーが話題に上がった。
「凄かったよね!?」
「何も習いごとはせず、遊びで清水さんの練習に付き合えること自体も凄いけれど……」
「だよね!?あーあーライバル増えたなぁ」
「私なんてまだまだ皆さんの足元にも及ばないですよ」
結愛先輩と五十嵐先輩が興奮気味に話しているので、遠慮気味にそう伝えた。ライバルだなんて恐れ多すぎるよ……!
「ほらほら、今年の一年生が期待の星なのは分かるけど、それくらいにしなさい。早くしないと置いていくよ」
「はーい」
部長のその一声に結愛先輩方が少し残念そうに答える。
「それじゃみんなまたね」
「「お疲れ様でした!」」
先輩方は着替え終えると、先に部室を後にした。
「あんた凄いじゃん!」
「そ、そんな事ないよ」
神谷さんに不意に声をかけられ、たじろぐ。あの長いラリーだけでへばってしまうんだから、なんにも凄くないと思うのだけれど……
「清水さんも強い人だって聞いた。なんでこんな弱小校に来たのか分からないけど、これからよろしくね」
「うん、よろしく直美さん」
「なおでいいよ!」
ちょっと棘のある言い方に苦笑するが、きっと悪く言いたい訳ではなさそうに感じる。
「わたしのことは、りんでいいよ……?」
「直に凛ね。よろしく!」
琴がそれに答え、私もそれに倣った。
直と凛は先に帰り、私と琴で職員室へ鍵を置きに行く。
「楽しかったぁ!ね、また明日もやろうよ♪」
「もちろんだよ!」
こんな日々が毎日続くのなら、もっと早くに始めればよかったかな。
「えーっと君が清水さん……かな」
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