6 疑い
門の前で会ったエリアーヌと一緒に教室まで行くと、クラスメイトたちが懐疑的な目をこちらに向けて何やら話している。
え、なになに? 一昨日のデジャヴ? でもその時より良くない感じがする……。
状況が吞み込めず二人で困惑していると、ジャクリーンさんとナタリーさんが近づいてくる。
「ごきげんよう、エリアーヌさん、サラさん」
ねぇエリアーヌさん? と非難めいた目を向けながら、そのまま続けて話しかけてくる。
「いくらご自分に悪い噂が立っているからといって、学園内で噂話をされていた方を階段から突き落とされる行為はよろしくないのではありませんこと?」
衝撃的な話に、私もエリアーヌも一瞬固まってしまう。
エリアーヌが人を階段から突き落とした? その人が噂について話していたから? ……いやいやいやいや、どこの漫画の話だよ! 古典的ないじわるか!
「え……!? わ、私が突き落としたとおっしゃっているの? ……そんな! 決してそのようなことはしていないわ!」
慌てて私からジャクリーンさんに詳しい話を聞いてみる。
「待って待って! エリアーヌがしたという証拠はあるの?」
「ありますわ。被害を受けた方がおっしゃるには、突き落とした方は後ろ姿でしたけれど銀髪の女生徒だったそうよ。この学園で銀髪の女生徒といえば……エリアーヌさんだけでしょう?」
ジャクリーンさんが口元に小さく歪んだ笑みを作りながら根拠を示してくる。
確かに学園に在学中の女生徒の中で、銀髪はエリアーヌだけだ。でもエリアーヌは絶対そんなことしない。疑っては悪いけど、またジャクリーンさんが絡んでるんじゃないのかな……。
エリアーヌがやったことではないとわかっているが証拠もなく、どうしようかと考えていると、私たちの後方から小さいざわめきが起きる。
「話をしている途中で間に入ってしまってすまない。エリアーヌが女生徒を階段から突き落としたという噂を聞いてね。私にも詳しい話を聞かせてもらえたらと思って来たのだが」
アルフレッド様が笑みを浮かべながら堂々とした雰囲気でクラスに入ってきた。マティアス様も後ろから付いて一緒に入ってきている。
「アルフレッド様……」
エリアーヌが少し涙の溜まっている瞳を向けると、アルフレッド様は大丈夫だというように力強い眼差しを返し、安心できるように笑いかけている。
アルフレッド様はジャクリーンさんの方に体を向け、話を切り出す。
「最後の方の話は聞こえてきたのだが、被害者を突き落としたのは銀髪の女生徒で間違いないのだろうか?」
「ええ、そのとおりですわ。被害を受けた方から直接お話を聞きましたので、間違いございません」
「ふむ。顔は見たのかな?」
「それは……。ですが、銀髪はこの学園でエリアーヌさんだけです! それだけで突き落とした方は誰かわかりますわ!」
「……ということだが、マティアスはどう思う?」
話を振られたマティアス様は顎に手を当て、考える素振りをしながら返答する。
「そうだな。銀髪だった、ということだけではエリアーヌがした証拠としては薄いのではないかな。もう少し当時の状況について話を聞きたいところだが……。被害を受けた方はどちらに?」
マティアス様がジャクリーンさんの後ろにいるナタリーさんに顔を向けて話しかけると、彼女はビクッと反応し、半分結い上げている薄茶色の髪が揺れた。
「あ……。き、今日は大事をとってお休みされています。幸いお怪我は軽傷だったそうなので、明日以降出てこられるかと」
「そうか。では、明日以降にでも、学園に来てから詳しく話を聞いてみよう」
ナタリーさんはそのまま薄茶色の瞳を下に伏せ、表情が伺えなくなる。両手は白くなるほどギュッと握り合わせていた。
アルフレッド様はパンッと手のひらを打ち合わせ、笑顔で周囲を見渡しながら声を気持ち張り上げる。
「さて、皆も本気でこの噂を信じたわけではないだろう? 状況をしっかりと把握して事実を見定める目も、貴族にはとても大切だ。疑う心が大きくなると判断が偏ってしまう。もっとも、このようなことを言わずとも、皆は聡明な方たちばかりだから心配なかったかな」
この言葉を受けて、周囲で状況を眺めていた生徒たちはバツが悪そうに視線をそれぞれ逸らしていた。
「アルフレッド様。今朝は本当にありがとうございました」
午前の授業を終え、私とエリアーヌ、アルフレッド様、マティアス様は学食のテラス席で一緒に昼食をとっている。
「なに、エリアーヌがあのような嫌疑をかけられていたのだ。むしろ間に入るのが遅くなってすまなかった」
「とんでもございません! アルフレッド様の声が聞こえた瞬間、どんなに安堵したことか。とても心強く感じました」
「本当はその場で抱きしめて皆の視線から隠したかったのだがな」
「アルフレッド様……」
空色の瞳を潤ませて見つめるエリアーヌに、アルフレッド様もテーブルに片肘をついて頬杖をつきながら彼女の艶やかな銀髪を撫で、そのまま肩に手を置いて優しく見つめ返している。
甘い! 雰囲気が甘すぎて、ご飯まで甘く感じるわ!
「マティアス様も、今朝はありがとう。助かったわ」
二人の方は見ないようにして彼にお礼を伝えると、何やら考え込んでいたようで、ハッとこちらを見て笑顔を浮かべる。
「サラの助けになれたのなら良かったよ。さて、私はちょっと私用があるので、先に席を外させてもらうよ。みんなはごゆっくり」
そう言い残すと、そのまま食堂の出口へ向かっていった。
少ししてから、私もこの甘い空気に口から砂糖が出てきそうになってきたので、二人に断って先に教室へ向かう。
教室へ向かう途中、中庭の奥にマティアス様の姿を見つける。
あれってマティアス様だよね? 女性と一緒にいるみたいだけど、よくある髪色だし、後ろ姿だから相手の人はわからないな。ま、私には関係ないか。
特に気にすることなく、私はそのまま教室までの道を歩いていった。