5 信じている
「そんな……。どうしてそのような噂が出ているのかしら」
エリアーヌの空色の瞳が悲しげに揺れている。
私は確信している。絶対ジャクリーンさんが絡んでいるに違いないわ。悲しいとか言いながら口元は笑ってたし。貴族っていうのは噂が好きだから、学園中に広まるのも早かったんだろうな。
「エリアーヌ。事実ではない噂で私も悲しいけど、ここで私たちが意地になって反論すると余計に怪しいと思われちゃうわ。本当に悔しいけれど、今は静かにしていることが一番だと思う。大丈夫! 噂なんて時間が経てば薄れていくものだから! ただ、アルフレッド様には、もう噂が耳に入っているにしても入っていないにしても、一度お話しておいた方がいいと思う」
「……そうね。私にはサラがいてくれるし。アルフレッド様にもお会いして話しておきたいわ。……もうお耳に入っていらっしゃったら、私のことどう思われているかしら」
不安そうな表情で弱気になっている親友を見ると、こちらまで胸が痛んでくる。
「大丈夫! アルフレッド様にとってエリアーヌは運命の番なんだもの。こんな噂くらいで気持ちが遠のくっていうのなら、私が一発お見舞いしちゃうんだから!」
「ふふ、サラったら。ありがとう」
拳をぐっと握りしめて冗談交じりに話すと、エリアーヌも笑ってくれたのでホッとした。
放課後、またエリアーヌのお屋敷に四人で集まった。
「エリアーヌ。学園での噂を聞いた。大層傷ついただろう……。だが、私はエリアーヌが人を見下すような人ではないとわかっているし、その噂を信じることもない。辛かったらすぐに話してくれ。少しでも気持ちが和らぐのなら、私は君のそばにいたい」
「アルフレッド様……。ありがとうございます」
アルフレッド様に意思のこもった強く優しい瞳で見つめられながら銀髪を優しく梳かれ、エリアーヌは瞳を潤ませてほっとしたように微笑んで見つめ返している。
しばらく二人にさせてあげようと、私とマティアス様はカスタネール邸の園庭を少し散策することにした。
「サラ。君にも同様の噂が流れているんだろう?……私が人目の多い場所で告げたせいだね。すまない」
マティアス様が首を垂れて落ち込んでいたので、私は両手をぶんぶんと振りながら慌ててフォローする。
「違います! 遅かれ早かれ、私がマティアス様の番に選ばれたことは学園の方々の耳にも入っていたでしょうし、そもそもこの噂はマティアス様は何も悪くないではないですか! この噂でマティアス様が負い目に感じるようなことは何一つありません。むしろ、この噂が本当で、私が他の人を見下しているとは考えないのですか?」
「どうして本当のことだと考えなくてはいけないんだ? サラはそのようなことをする女性ではないだろう」
どうしてこの人は、会って間もない私のことを何の疑いもせずに信じ切ることができるんだろう。番だから? 番ってだけで全面的に信用しちゃうものなの? 会ってすぐの人でも番なら無条件で好きになるし信用しちゃうって、番って何なんだろう。
「番というだけで信用してしまうのはどうなんだろうと考えてる?」
苦笑交じりに話しかけられ、思わずぎくりとしてしまう。
「え、番の心って読めちゃうんですか?」
「読めないよ。サラの場合、顔に出てるからわかりやすいかな」
私って顔に出やすいのか。
ぺたぺたと顔を触っていると、マティアス様はおかしそうにクスクスと笑いながら話してくれる。
「今朝、学園で二人の噂を聞いて、心配で教室まで行ったんだ。そうしたら、ちょうどサラが『一発お見舞いしちゃうんだから!』って握りこぶしを作りながらエリアーヌを励ましている姿を見てね。王子を殴るのかと吹き出してしまったし、自分のことより友達を想う気持ちが強い、優しくて素敵な女性だとさらに惹かれたんだ。そんな人を信用しないわけないだろう?」
見られてたのか! は……恥ずかしい。
顔を赤くしてわたわたしている姿も愛おしそうに見つめながら、マティアス様は続ける。
「番というのは、他の国の人にはなかなかピンとこないものだと思う。一目惚れと似ているかもしれないが、一目惚れよりももっと深く結びつけられるものがあるんだ。始まりは唐突だけど、そこから相手のことを知っていきたいと思うし、知ってもらいたいとも思う。噂ではなかなか守ることも難しいかもしれないが、少しでも力になれることがあるのなら何でもしたい」
「……ありがとうございます。そう言っていただけるだけでも心強いです」
あと、とマティアス様はニコッと笑い、お願いごとを言ってくる。
「エリアーヌと話している時のようなくだけた話し方を私の時にもしてくれないだろうか。同じ年だし、その方が私も嬉しいな」
「えっ。……まぁ、もう恥ずかしいことも聞かれてるしね。そうしようかしら」
やった! と嬉しそうに笑うマティアス様を見て、まぁいいかと一緒に笑ってしまう。
次の日の放課後、ある女生徒が階段から突き落とされる。
女生徒が痛みをこらえながら階段上を見上げると、ストレートの銀髪をなびかせながら立ち去っていく女生徒の後ろ姿が見えた。