3 まずはお友達から
今日は授業がまったく頭に入ってこなかった。
私が番に選ばれたことは早くも学園中に知れ渡っている。学生たちが登園する時間に学園の門の近くで堂々と言われれば、そりゃ噂もすぐ広まるでしょうよ。同じクラスの人たちは遠巻きにひそひそ。休憩時間になると別のクラスの人たちも見に来てひそひそ。
「ノアイユさんが番に? しかもお相手の方はとっても美しいそうよ」
「ご自分の容姿をわかっていらっしゃるのかしら」
「ノアイユさんの方から断ったって話よ。何様のおつもりなのかしらね」
みんな聞こえてますよー。私も同感だし。むしろすべて嘘であってほしいわ。
現実逃避し始めていると、エリアーヌが小走りで近づいてきて、声を潜めて話しかけてくる。
「サラ、今日良ければこのまま私の家に来ない? アルフレッド様とマティアス様もいらっしゃるの。マティアス様が今朝のことをサラに直接謝罪したいっておっしゃっているのよ」
むむ。まぁ私も拒否発言をしてすぐにその場を去ってしまっているから、ひどいことしたよね。番の件も、直接お会いして改めてお話しよう。
「わかったわ。私も謝らなければいけないし。お邪魔させてもらうね」
授業を終え、私はエリアーヌ家の馬車に乗ってカスタネール侯爵家の屋敷へお邪魔することになった。
侯爵家に着いてサロンへ案内されるとすぐ、アルフレッド様たちも到着されたとメイドから伝えられた。本人たちは、執事の案内でこちらに向かってきているらしい。
少しすると、コンコンと扉がノックされる。
「失礼いたします、エリアーヌ様。お約束されていた方々をお連れいたしました」
「ありがとう。どうぞ入っていただいて」
執事が開けた扉から、まずアルフレッド様が入ってくる。
「失礼するよエリアーヌ。サラも突然呼び立ててすまない。マティアスがどうしても君と直接会って謝罪したいというものだから」
そう言うと体を横にずらし、彼の後ろからマティアス様もそっと姿を現す。
「失礼いたします。ノアイユ嬢、今朝は突然貴女を戸惑わせるようなことを言ってしまい、すみませんでした。場所もわきまえず、とても迷惑をかけてしまったと反省しています……」
沈んだ表情でそう口にして、扉のそばでそのまま頭を下げるので、私は慌てて立ち上がった。
「どうか頭をお上げください! こちらこそ、今朝は挨拶を返しもせずにその場を立ち去ってしまい、大変失礼をいたしました。私ももう一度お話できればと思っておりましたので、お会いできて良かったです。それと、私のことはサラとお呼びください。言葉遣いもどうか楽になさってください」
「……ありがとう、サラ」
ふわりと目元を細め、こちらを見て嬉しそうに笑っている。
私たちの一連のやり取りを見守っていたエリアーヌが彼らをそのままお茶に誘い、サロンで四人、お茶をすることになった。
アルフレッド様とマティアス様も私たちと一緒で、父親同士が国王と近衛魔法士隊長という間柄で親しくしていることから、小さい頃より兄弟のように仲良く育ってきたのだという。
今回、自国以外の国も自分の目で見て知ることで見聞を広げていくことを目的に、留学してきたとのことだ。リベルでは呼吸をしているのと同じ感覚で魔法を使えていたが、自国を出ると魔法が使えなくなるという。大昔に大魔法士が国全体に施した結界が関係しているそうだが、詳しい仕組みについては未だ解明されていないとのこと。その現象を初めて体感し、戸惑ったが面白い感覚だったと楽しそうに話してくれた。
それに、とアルフレッド様は続ける。
「留学した先でエリアーヌと出逢えたことが、本当に運命としか言いようがない。自分は王子という立場で責任もある。番というものをはじめから諦めていたんだ。だから、エリアーヌという番を見つけた瞬間は本当に驚いたし、胸の中がなんとも形容しがたい気持ちで締め付けられたと同時に、何かが満たされて愛しい気持ちが溢れてきたんだ」
エリアーヌを心の底から愛しいと表している眼差しで見つめながら、そう語ってくれた。
「エリアーヌは見た目だけでなく、心も本当に綺麗で優しい子です。アルフレッド様という素敵なお相手が見つかって、私も心から嬉しく思っています」
にこにこと嬉しそうに話している私の姿を微笑みながら見つめていたマティアス様は、唇をキュッと引き結び、真剣な表情で話を切り出す。
「サラ。私も君と出逢えたことは運命だと思っている。出逢ってすぐにこんなことを言うなんておかしいと思うかもしれないが、君を愛しいと思う気持ちが溢れて止まらないんだ。どうか、改めて私のことを考えてもらえないだろうか」
真っすぐに私を見つめて伝えてくれる。だが、私は彼の目を見ることができずに俯いてしまう。
すると、眉を曇らせて彼が不安そうに聞いてくる。
「もう婚約者がいたり、慕っている人がいる、とか?」
「っ! そのような方はおりません! ただ……恋愛というものに興味が持てませんし、元々結婚願望もなかったものですから。申し訳ありませんが、この先マティアス様の番として隣にいることは、私にはできません。マティアス様ほどの方でしたら、平凡な私などより、もっと美しい女性がお似合いになるのではないでしょうか」
曖昧な態度は逆に失礼だと思い、はっきりと断る。
「私は、貴女が、サラがいいんだ。サラに隣にいてほしい。他の女性はいらない」
切なそうに蒼い瞳をゆがめて訴えてくる。
そんな瞳で見つめられても……。どうしよう。恋愛は前世で懲りたし。マティアス様の番が私でなければ彼にこんな顔をさせなくて済むのに。
困り果てている私を見て、アルフレッド様が助け船を出す。
「マティアス。サラが困っているぞ。申し訳ない、サラ。我々は番のこととなると、なかなかに意思が強くなるらしい。こうしてはどうだろう? パートナーとしてではなくても、この1か月ある留学期間、友達として我々と付き合ってもらえないだろうか。決して無理強いはしないが、彼のことを知ってもらう機会がほしい」
「そうね、それがいいわ! サラも番のことは考えないで、友達として交流してみたらいいんじゃないかしら」
エリアーヌも空色の瞳をキラキラさせて、一緒になって推してくる。
ええ~。なんだか上手く丸め込まれている感じがするんだけど。期待を持たせるようで失礼じゃないんだろうか。
「……マティアス様がそれでよろしければ。ただ、本当に番のことは考えられませんので、そのことはご承知おきくだされば、になりますが」
「もちろんだ! ありがとうサラ! この1か月で私のことを知ってもらえるように頑張るよ」
やっぱり早まったかな?