23 星は優しく見守る【完】
「皆に星の優しさが降りかかることを願って。乾杯!」
学園長の挨拶から、星祭りが無事に始まった。挨拶が終わると、招待されていた楽団による生演奏が始まる。その演奏を聴きながら、生徒たちは思い思い星祭りを楽しみ始める。
会場のテーブルに用意されている食事を見て、私は思わず目を輝かせる。
「わあ、見てよエリアーヌ! 素敵なお料理やドリンク!」
食事はビュッフェ形式で、テーブルの上には色鮮やかな料理が綺麗に並べられている。星祭りということで、星の形をしたビスケットの上にクリームチーズやハーブなどが彩り良く盛られたカナッペのようなものや、星型に可愛らしくかたどられたパイが乗ったデザートなどがある。ドリンクに関しても、青い花びらが入ったドリンクの中に細かく刻まれた黄色い果実が星のように浮かんでいるものがあり、なんとも幻想的だ。
「本当に。見ているだけで楽しめるわね」
エリアーヌも同意しながら、手に持っている星空のようなドリンクをニコニコと眺めている。
エリアーヌには、モーリス様の件を伝えていない。余計な心配を掛けさせたくないという私の気持ちをマティアス様が汲み取ってくれて、アルフレッド様にだけ伝えておくということになった。
心配な気持ちを抱えない方が、星祭りを思い切り楽しめるしね。
「ちょっと庭園の方に出てみない?」
エリアーヌを誘って庭園に出てみると、レンガ敷きの上に等間隔で照明が置かれている。照明は淡いオレンジ色で、庭園を優しい光で照らし出してくれている。それでいて、本日の主役である星の輝きは決して邪魔せず、心地良い空間が作り上げられている。随所にベンチも置かれており、ゆっくりと座りながら星空を眺めることができるようになっている。
「素敵……」
普段の昼の表情とは違った面を見せてくれている庭園や星空の輝きに、ぽつりと言葉を漏らしてからしばし見入ってしまう。
「とても幻想的ね」
「ああ、本当に」
「!?」
エリアーヌに声を掛けたつもりが、返答は男性の声だった。しかも、この声って、
「マティアス様!?」
声が聞こえた方に顔を向けると、さっきまで隣にいたはずのエリアーヌがマティアス様に代わっていた。
「え、あれ、エリアーヌは?」
「彼女なら、ほらあそこに」
マティアスが手で示した方を見ると、いつの間にか現れていたアルフレッド様と一緒にベンチに座っていた。エリアーヌは、はしたなくない程度に左隣に座っているアルフレッド様へ寄りかかり、アルフレッド様も右腕をエリアーヌの背中へまわし、二人の世界を早くも築き上げている。
「気付かなかった……」
背後で移動している気配に気付かないほど、星空と庭園の風景に魅入られていたらしい。
マティアス様はフフッと小さく笑った後、私を庭園の散歩に誘ってくれた。
「足元のレンガは所々段差がある。照明があるとは言え、暗い中の道は危ない。良ければ手を」
そう言って彼から手を差し出されたので、お礼を伝えて自然に手を重ねたつもりではあるが、男らしい骨ばった大きな手に内心心臓がバクバクしている。
手汗がひどい気がする……! ああ、意識すると余計に手汗が出てくるよ~!
などと一人心の中で暴れまわっているうちに、庭園の奥の方へと到着した。目の前には小さな池があり、その池に星が映り込んでキラキラと反射している。まだ星祭りが始まったばかりだからか、周りには誰もいない。
立ち止まると、触れ合っていた手は自然と離れる。それをどこか寂しいと思ってしまった。
マティアス様は、星空を見上げながら柔らかく微笑む。
「星祭りのことは予め聞かされていたが、実際に参加してみるといいものだな。星空を見ていると心が洗われるようだ。父上の野営についていった時にも見ているはずだが、まったく気にしていなかったよ」
「私も普段は気にしたことがなかったから、改めて見ると星空に吸い込まれそうになっちゃった」
二人並んで星空を見上げる、優しい時間が流れた。
改めて、今日の昼に起きた件について彼へお礼を伝える。
「今日のことは本当にありがとうね。おかげで今こうして星祭りに参加できてる」
「自分が勝手にしたことだから」
気にしないでというように、目元を和ませて笑いかけてくれる。
「それに、サラを守るのは自分でありたいと思っているんだ」
マティアス様からの言葉に、心臓がひとつ跳ねる。
彼から真剣な眼差しが向けられる。
どうしよう、体が上手く動かない。
「好きだ」
彼からのストレートな言葉に、瞳を揺らして反応する。彼の瞳は、そんな私の瞳を捉えて離さない。
「友達として、ということで自分の気持ちに蓋をしなければと思っていた。だが、サラの楽しそうな表情や誰かを守ろうとする姿に、どうしても気持ちが溢れてきて……。そんなサラの隣にいたいと、望んでしまった」
彼の気持ちが、痛いほどに私の胸に響いてきた。
気が付いた時には、私の瞳から涙がこぼれ落ちていた。
涙に気付いたマティアス様は、蒼い瞳をハッと見開いて慌てだす。
「すまない。困らせるようなことを言っ「好き」
彼が言葉を言い終える前に、私の口から言葉が出てきてしまった。マティアス様は、体の動きをピタッと止めた。
私は震える手で左の胸元についていた桃色のブローチを取り外して両手に持つと、そのままマティアス様の方へ差し出した。
「これを、受け取ってほしいです」
彼は差し出された桃色のブローチをじっと見つめると、こちらに視線を移す。
「これって……、そういうことだよね?」
私はいっぱいいっぱいになり、顔を下に向けてコクンと頷くことしかできなかった。
ジャリ、と彼の靴がレンガを踏みしめる音を鳴らしたと思った瞬間、私の体は彼の中にすっぽりと納まっていた。私の背中にまわされた両腕が、苦しいくらいにぎゅっと力を込めている。
「夢みたいだ……」
私の右肩に顔をうずめていたマティアス様は、ため息を吐くように呟くと、抱きしめている腕は緩めず顔だけ上げて、熱を孕んだ瞳をこちらに向けてくる。
「好きだ」
改めて気持ちを伝えられると、体がまた痺れてきて上手く動けなくなり、縋るように両手で彼の制服にしがみつく。泣きそうになっている瞳を彼に向けながら、私も必死に気持ちを返す。
「私も、私もマティアス様が好き……」
そう言うや否や、マティアス様の唇が私のものと重ねられる。
すぐに離されると、マティアス様は切なそうな表情でこちらを見つめる。
「急にごめん、でも、もう、抑えがきかない」
それだけ私に伝えると、もう一度唇が重ねられた。
はじめは驚いたが、すぐに幸せな気持ちで体が満たされた。自分の両腕を彼の背中にまわし直し、彼の唇を目を閉じて受け止める。
二人が結ばれた瞬間を、星空が優しく見守っていた。
それからの話を少しだけ。
エリアーヌだが、学年が上がるタイミングで学園を退学し、リベルへ行くこととなった。アルフレッド様は第二王子だから王位を継承することはないけれど、爵位を賜り国の中枢で政務を行っていくことが決まっている。
二人の結婚はアルフレッド様がリベル国内で通っている学園を卒業するまで待たれるが、エリアーヌは早めにリベル国へ移り、向こうのしきたりや歴史について学びながら結婚の準備をすすめるそうだ。
私はこの学園を卒業するまで通う予定なのでエリアーヌとは離れ離れになるけど、親友だもの、全力で応援したい!
マティアス様とも離れることになるが、手紙のやり取りはできるし、長期の休みにはリベル国へまた遊びに行けたらと思っている。私たちの結婚も、彼が学園を卒業してからと決まっている。マティアス様のご両親への挨拶はこれからなんだけど、今から緊張する……。
そして、マティアス様自身のことについて。想いが通じ合ってから、その、愛情表現がストレートすぎて身が持ちません。
「好きだよ」「愛してる」「可愛いね」「もっとこっちにおいで?」なんて言葉は当たり前。
隙あらば私の髪やら頬やら触ってくるし、この前なんて膝の上で横抱きされるもんだから、身の置き所がなかった。
その度に私が顔を赤くして反応するものだから、面白がってるんじゃないのかと思って本人に抗議したら、
「サラがあまりにも可愛くて。サラのことが好きな気持ちが止まらないだけだから、許して?」
なんて言われてしまいました。まだ慣れないけど、愛情表現だと受け止めて慣れていけたらいいな……慣れる日が来るのかは疑問だが。
これにて完結となります。最後までご覧くださり、ありがとうございました!
初めての投稿で、読みづらい箇所が多々あったかと思います。
そのような中でもブクマや評価をいただき、本当に胸が温かくなりました。感謝でいっぱいです!




