22 屋上での攻防
モーリス様から一緒に死のうと言われ、突然のことで体が動かない。彼の目は私を捉えたまま動く様子がなく、本気なのかもしれないと感じ、こめかみから頬へと一筋の汗が流れ落ちた。
だが、理由がわからない。いつの間にか渇ききっている口を少し開け、慎重に問いかける。
「……理由を、お聞きしても」
私からの問いかけに対し、モーリス様は表情を動かさずに話し出す。
「現世では、僕たちの運命の糸が断ち切られようとしているんです。彼の存在が、あなたを本来とは違う未来へ誘おうとしている。それにあなたは気付いていない」
だから、と彼は当然といったように微笑む。
「僕たちの糸が完全に断ち切られてしまう前に、一度やり直す必要があります。僕らは運命で結ばれているのです。一緒に死んで、来世で結ばれましょう?」
正直、本当に意味がわからない。でもそれを伝える勇気はないし、運命とは何か聞くのも怖い。
ゴクリと、自分の生唾を飲みこむ音がよく聞こえた。
モーリス様は下に広がっている庭園を見つめると、顔をこちらに向き直す。
「ここから飛び降りれば、下にある星祭りの装飾も相まって、来世で結ばれるための私たちの死が素敵なものになりそうですね」
なりそうですね、と言われても同意できない……。
この状況をどうしたら変えられるのか考えあぐねていると、モーリス様が私の方へ一歩足を踏み出した。
「さあ、そろそろ来世へ向けて旅立ちましょうか」
ここから逃げ出そうにも、私とモーリス様の距離はそこまで離れていないので、すぐにつかまってしまう。
どうすれば……!
気持ちばかりが焦ってくる。無意識に後ろへ一歩下がると、そのことに気付いたモーリス様が手を差し出してくる。
「大丈夫ですよ。私も一緒に飛び降りますから。何も怖いことはありません」
そのまま私の手を掴もうとしたところで、屋上にある扉がバン!! と大きな音を立てた。
二人で思わず視線を向けるが、その瞬間には目の前にマティアス様の背中が滑り込んできていた。私を背に庇うかたちで立っているので表情は窺えないが、走ってきたのであろう、彼の肩は大きく上下に動いていた。
急に目の前に現れたマティアス様を、モーリス様は忌々しそうな表情で睨みつけている。
「あなたが私たちの運命の糸を断ち切ろうとしている元凶ですね」
「……お前の言っていることは理解できないし、思い込みが過ぎるのではないか?」
非難している声色でマティアス様が言葉を発すると、モーリス様は鼻でフッと笑う。
「思い込みではなく、それが真実なのです。今世ではあなたがいるかぎり糸を無理やり断ち切られてしまう。だから……サラさんと一緒に屋上から飛び降りて人生をやり直す必要があるんです。来世へ糸を繋いでいくために」
そうだ、とモーリス様は自分の制服のズボンに右手を入れる。そのまますぐに手を出すと、彼の手元がキラリと光った。目を向けると、小さいナイフが握られている。
マティアス様が身構え、私は思わず口を両手で押える。
モーリス様はナイフの側面を自分の頬に当てながら、少し首を傾げてうっとりとした表情でこちらを見る。
「お守りとしていつも持ち歩いているんです。これであなたを亡き者にすれば、サラさんとの運命の糸も再び強く結びつけられるかもしれません」
狂っている。そう思うが、それを彼に伝えたところで受け止めてはもらえないのだろう。
「待っていてください、サラさん。今、運命の糸を正しいものに戻しますから」
モーリス様はそう言うと、右手に持っているナイフをマティアス様の心臓に突き刺そうとしてくる。
が、マティアス様はモーリス様の右手を難なく受け止めた上で素早く捻り上げると、そのまま彼の首に手刀を打ち込み気絶させる。
モーリス様の手から落ちたナイフは、マティアス様が念のために遠いところへ蹴って離しておく。
安全が確認できると、マティアス様は大きく息を吐いてから汗で額に張り付いた髪をかき上げる。そのままこちらへ顔を向けると、心配そうな眼差しを向けてきた。
「サラ、大丈夫か? 私がここへ来るまでに何か危害を加えられることはなかった?」
「うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」
私の返答を聞いて、マティアス様はほっと顔を緩める。
「それにしても、どうして私がここにいるってわかったの?」
そう疑問を私が投げかけると、あぁ、とマティアス様が話し出す。
「本当に偶然だったんだけど、星祭りの会場を近くで見てみようと庭園へ向かっていたんだ。そうしたら、視界の中に屋上で向かい合っているサラと彼の姿が入り込んできて。彼は背を向けているかたちだったから表情は見えなかったけど、サラの表情が真っ青に見えて。頭で考えるよりも先に体が屋上へ向けて走り出していたんだ」
そう言って彼は、気絶しているモーリス様に対して険しい眼差しを向ける。
「屋上の扉の手前まで着いたところで、彼の一緒に飛び降りるという言葉が聞こえてきて。冗談じゃないと思ったよ」
マティアス様は少し目線を下げ、悔しそうな顔で言葉を続ける。
「ここがリベルであれば、サラのところまで風に乗ってすぐ駆け付けることができたのにと思ってしまって……。魔法を使えないことがこんなにもどかしいと思ったのは初めてだよ」
「そんなこと! マティアス様はここまで一生懸命に走って来てくれたんでしょう? 結果間に合ったし、私は十分に助けられたよ!」
マティアス様は、すぐに駆け付けることができなかった自分自身のことを責めているように感じ、慌てて責める必要はないと言葉を返す。
私の言葉を受け止めてくれたのか、マティアス様は少しだけ眉を下げて口元に淡い笑みをつくる。
「間に合って本当に良かったよ」
私が感謝の気持ちも込めて彼に向けて微笑むと、彼も目元を和ませて穏やかな笑みを浮かべた。
その後、モーリス様は学園の警備の人へ引き渡された。おそらく退学処分となるだろうし、これより実家から相応の罰も与えられることになるのだろう。




