21 ブローチを渡す相手とは
星祭り当日。
今日は、朝から生徒たちが浮足立っているように感じる。
学園を一歩入ると、昨日のうちに装飾された星祭りの飾りが至る所で確認できた。星祭りの目的は、この時期一番澄んで見える星を鑑賞することなので、私たちの目線より上になる照明の飾りは最小限に。足元に星のかたちをしたランプが等間隔で配置されている。夜になってライトアップされたら、さぞかし綺麗な光景になるのだろう。
私やエリアーヌは今年この学園に進学したので、星祭りは初参加となる。周りの雰囲気を受け、こちらまで楽しい気持ちになってきた。
エリアーヌは空色の瞳をキラキラとさせながら、周りの様子を楽しそうに眺めている。
「今日は授業も軽いものばかりだから、星祭りの時間まであっという間ね」
彼女の艶やかな銀髪は普段そのまま流しているのだが、今日は右側に寄せている。他の女生徒も左の胸元に髪がかからないよう、アップやハーフアップなど髪型を工夫している。星祭りでは星をモチーフにしたブローチが生徒全員に配られるため、ブローチが髪に隠れてしまわないためにそうしているのだろう。
ブローチは、お昼の時間前に男女それぞれ金色と桃色の星がデザインされたものが配られる。
想い人とブローチを交換するとその二人は生涯幸せに結ばれる、というジンクスは生徒全員に知れ渡っているため、ブローチが配られると星祭りが始まる前までに婚約者同士で交換し合ったり、この機会に想いを伝えたりと、皆それぞれに行動をする。
ブローチが配られたらどのタイミングでマティアス様を呼べばいいのかな。いや、タイミングなんていくらでもあるんだよ。要は私が勇気を出して声を掛ければいい話なわけで。
自分の机をじっと見つめながら考え込んでいる私を見て、エリアーヌがそっと声を掛けてくる。
「……サラ?」
気遣わし気な優しさも含まれた声に誘われてエリアーヌの方へ体を向けると、そのまま抱きついた。
「えりあーぬ~。私に勇気をちょうだい~」
いきなり抱きつかれたエリアーヌは目をぱちくりしてから、慈愛のこもった眼差しで私の髪をひと撫でした。
「そのままのサラでいけばいいの。大丈夫よ」
「……うん。ありがとう」
エリアーヌからの優しく力のこもった言葉が、すとんと私の胸に落ちてきた。
昼休みの時間、私は学園の屋上に来ていた。
というのも、今朝自分の席に座ったら、机の中に一通の手紙が入っていたのだ。
『お話したいことがあります。昼休みに一人で屋上まで来てもらえませんか? モーリス』
何か相談事でもあるのだろうかと思い、エリアーヌには「先に食堂へ行ってて」とだけ伝え、そっとやってきた。
モーリス様はまだ来ていなかったため、フェンスの向こう側の景色を眺めながら待っていると、キィと屋上の扉が開く音が聞こえてきた。
振り返ると、モーリス様だった。
「サラさん、もう来ていたんですね。待たせてしまい申し訳ありません」
「いいえ、それほど待ってはいないので気になさらないでください」
モーリス様はこちらに話し掛けながら歩みを進めて私の隣に並び、眼下に広がっている学園の中庭を見つめてぽつりと言葉を発する。
「星祭りの装飾、夜には綺麗な明かりが灯されるのでしょうね」
「そうですね。装飾を見ているだけで、星祭りへの期待が高まりますよね」
同意するように言葉を返すと、彼がこちらに顔を向けて問いかけてきた。
「あの、今日の星祭りなんですけど、ブローチって……」
私は頬を赤く染めながら、お昼前に配られて胸元に付けてある桃色のブローチを触った。
「マティアス様にお渡しできればと思っているんです」
「えっ……? 彼の番に選ばれたことは周りの話から知っていましたけど、確か断っていたはずでは……」
モーリス様が、目を大きくしてこちらを見ている。
やっぱり私がマティアス様の申し出を断った話は知れ渡ってるんだなあ。モーリス様もびっくりしてるし。
「一度は断ったんですけど、彼のことを知っていくうちに惹かれていきまして。改めて私から、彼に想いを伝えられたらなって……。なんだか、言ってて恥ずかしいですね。周りにはどうかまだ秘密でお願いしますね」
私が照れながらもそう伝えると、モーリス様の顔色が青くなっていることに気付く。
「顔色が悪いですけど、どうされましたか?」
「――……」
彼が俯きながらぼそぼそと何かつぶやいたが、聞き取れなかった。
「すみません、もう一度お聞きしてもよろしいですか?」
モーリス様は顔を上げると、光の宿っていない空虚な目をこちらに向けてきた。
「僕のものにならないなら、一緒に死のう?」
「……!?」
突然の言葉に、体が固まる。




