2 出会い
遡ること四日前。
「いよいよ明日から、リベルの留学生の方々がいらっしゃるわね」
学園の休み時間、親友のエリアーヌが空色の瞳を期待に輝かせながら話しかけてくる。
「え? ああ、明日からだっけ。すっかり忘れてたなぁ」
「もう、サラったら! もし男性だったら、自分が番に選ばれないのか期待しないの?」
そうなのだ。隣国であるリベルは、唯一魔法が使える国として有名なのだが、もうひとつ並んで有名なことがある。
それは、リベルで産まれた国民には『番』という存在がいるということ。彼らにとって番は唯一無二の存在であり、番を見つけたら一生涯その番だけを愛する。
ただ、一生涯で番を見つけられる可能性の方が少ない。見つけられなかった者は、結婚適齢期がきたら別の者と結婚する者もいれば、いつか番と出逢えると信じて一生涯独身を貫く者もいる。
番ではない者同士が結婚する場合、婚姻の儀で魔法士が作成した書にサインすることで、その者の中から番の存在は消える。
まあ、結婚してから相手に「番が見つかったので離縁してください」なんて言われても、納得できるかー! ってなるよね。そういう仕組みがあって良かったと思う。
「まったく興味がないし、選ばれたいとも思わないわ。私は生涯結婚せずに独身を貫くんだから!」
握りこぶしをつくりながら言い切る私に、エリアーヌは嘆息する。
「まだそんなことを言っているの? サラは優しくて魅力的な女性よ。きっと素敵な出逢いが待っているはずだわ」
「ないない。魅力的な女性っていうのはエリアーヌのことを言うのよ」
私は何の特徴もない平凡な顔立ちだ。よくあるミルクティ色の髪で緩い癖がついている。瞳もこれまたよくある橙色。前世の記憶を取り戻した時には、今の自分の顔に落胆したものだ。私は何度生まれ変わっても平凡な女にしかならないんだな。
それに比べて、エリアーヌはお世辞抜きで美人だ。銀髪には癖が一切なく、風にのってさらさら揺れている髪は、太陽の光を反射してキラキラ輝いている。透明感のある空色の大きな切れ長の瞳と相まって、女神様みたい。カスタネール侯爵家のご令嬢で、父親は宰相。私の父が補佐として働いている関係で、昔から私たちも仲良くしている。今では親友と呼べる間柄だ。
「でも、親の決めた方との結婚ではなくて、一生涯私だけを愛してくださる番との結婚は憧れるわ」
ほう……、とエリアーヌは息を吐きながら、うっとり顔で呟く。
エリアーヌは侯爵家の令嬢でありながら偉そうな態度はとらない、心の優しい子だ。幸せになってほしいな、とそっと微笑む。
そんな話をしていた翌日、私は高熱を出してしまい、三日間学園を休むことになった。
休み明け、学園に馬車で到着すると、ちょうどエリアーヌも到着するタイミングだった。
エリアーヌは私を見つけると、すぐに駆け寄ってきてくれる。
「サラ! もう体調は大丈夫?」
「ありがとうエリアーヌ。もうすっかり元気よ」
良かった、とほっとした様子で微笑んでくれる。
「実はね、サラに早く伝えたかったことがあったの」
エリアーヌは頬を桃色に染め、目線を少し下に落として照れた様子をみせている。そのまま顔をぐっと上げると、話を切り出した。
「あのね……。私、リベルの方の番に選ばれたの!」
わたし、りべるのかたのつがいにえらばれたの?
一瞬言葉の理解が追い付かず、頭の中で反芻する。
リベル? 番? 選ばれた? 誰が? ……エリアーヌが?
「……えー!!!」
休み明け一番の衝撃だ。確かにエリアーヌは番というものに憧れを抱いていた。いやでもまさか! 本当に番に選ばれるとは本人も思っていなかったに違いない。
でもそっかぁ。エリアーヌが番に選ばれたんだ。
優しくて思いやりのある大好きな親友。一生涯愛される結婚をしたいと言っていた夢が叶い、私も自分のことのように嬉しくなる。
「エリアーヌおめでとう! お相手はどんな方なの?」
大事な親友のお相手だもの。しっかりとこの目で確認もしたい。
「リベル国の第二王子殿下でいらっしゃってね。とても明るくて、一緒にいるとこちらまで元気を分けていただける素敵な方なの。今日紹介できれば良いのだけれど……あ、いらっしゃったわ! サラ、一緒に来てくれる?」
第二王子殿下! 親友が番に選ばれただけでも私にはビッグニュースなのに、王子ときたか! まあでも、エリアーヌは女神様のように美しいからね。相手は王子くらいでないと。どんなお方か楽しみだなぁ。
期待しながらエリアーヌの後をついていくと、長髪の黒髪を後ろで緩くまとめ、少し垂れた菫色の瞳を笑顔で細めている長身の美青年がいた。
「サラ。こちらの方が、アルフレッド・リベル・エスピナス第二王子殿下よ。アルフレッド様、こちらが私の親友で、サラです」
頬を染めながらも笑顔で紹介している姿は可愛らしい。第二王子殿下も、愛しくてたまらないといった目でエリアーヌを見ている。
私は小さくカーテシーをして挨拶をする。
「お初にお目にかかります。サラ・ノアイユと申します。お会いできて光栄でございます」
「アルフレッドだ。エリアーヌから君のことは聞いている。会えて嬉しいよ。ここは学園だし、堅苦しい挨拶はやめよう。王子とかは関係なく、一人の同級生として接してほしい。どうか私のことはアルフレッドと呼んでくれ」
アルフレッド様は、人好きのする笑顔で挨拶を返してくれた。
「わかりました、アルフレッド様。どうぞ私のこともサラとお呼びください」
それにしても、美青年だなぁ。王子に相応しい堂々とした頼もしい雰囲気も感じられるし、何よりエリアーヌを愛しく思っていることが全身から伝わってくる。
二人のことを微笑ましく眺めていると、近くから視線を感じた。
視線の先をたどると、物語の中に出てくる王子様のような青年がいた。肩につかない長さの金髪は癖がなくさらさらだ。鼻筋は通っていて、薄く色づきの良い唇は少し開き、大きな蒼い瞳は零れんばかりに見開いている。
うっわぁ。こっちも美青年だ。典型的な王子様って感じ。でもどうしてそんなに驚いた顔で私を見てるんだ?
「みつけた……」
そう言って彼はゆっくり私に近づいてくると、私の前で胸に手を当てて膝をつき、衝撃の言葉を放つ。
「私はマティアス・ヴァレットと申します。どうぞマティアスとお呼びください。サラ・ノアイユ嬢。貴女は私の運命の番です。どうかこれから、私とのことを考えてはくださいませんか」
「え、できません。申し訳ございません」
……嘘でしょう。