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19 偶然

 学園の廊下を一人で歩いている時、後ろから男性の声で「あの……」と、声を掛けられる。


 振り返ると、先日食堂でハンカチを渡した男子生徒が俯きがちに立っていた。


「あ、先日の……。あの後、大丈夫でしたでしょうか?」


 私がそう声を掛けると、彼は長めの前髪の隙間より深緑の瞳を覗かせながら、少し落ち着きがない様子で反応する。


「は、はい。あの……ハンカチをくださりありがとうございました。とても助かりました」

「それなら良かったです」

「それで、その、良ければこちらを……」


 彼はそう言うと、手に持っていたものを私に差し出してきた。

 綺麗な包装紙に包まれたものを受け取ると、彼にこの場で包装を開ける許可をもらってから中身を確認する。


「え、これって」


 私の手の中には、白地に色合いの違う数種類の葉がワンポイントで刺繍されている新品のハンカチが収まっている。


「あなたのハンカチを汚してしまったので、新しいものを用意したんです」

「そんな、かえって気を遣わせてしまったみたいで申し訳ありません」


 まさか新しいハンカチを渡されるとは思っていなかったので、恐縮してしまう。


「あの状況でハンカチを渡してくださった気持ちがとても嬉しかったので……。良ければ気楽な気持ちで受け取ってください」


 彼が精一杯言葉を紡いで話してくれていることが伝わってきたので、有り難くいただくことにした。


「では、遠慮なくいただくことにしますね。ありがとうございます、嬉しいです」


 そう言って微笑むと、彼はほっとしたように肩の力を少し抜いた。


「そういえば、私たち自己紹介もまだでしたよね。私は、サラ・ノアイユと申します。一年になります」

「はい、知っています」

「え?」

「あ、いえ……。僕は、モーリス・ロアエクです。同じく一年です。よろしくお願いします」









 あの場でお互い自己紹介をした後、学園内でロアエク様の姿がよく視界に入るようになった。


 エリアーヌと食堂でお昼ごはんを食べている時、気付くとロアエク様も近くで食事をしていたり、選択授業で一人で廊下を歩いているとよくすれ違うようになったり。


 今まで気付かなかっただけで、前からよくすれ違うこととかあったのかな?


 最初は挨拶だけだったが、あまりにも頻繁に会うので、自分一人だけの時に彼と廊下ですれ違った際には軽く世間話もするようになった。家名で呼び合うのも堅苦しいということで、下の名前で呼び合うようにもなっている。









 選択授業の課題で参考にしたい本を探しに、放課後一人で図書室へ向かう。

 図書の先生に場所を聞けばすぐに見つかると思っていたが、職員会議で不在にすると書かれた札がかかっていた。


 しょうがない、自分で頑張って探すか。


 目的の本が分類されているところでしばらく探してみるも、なかなか見つからない。


「うーん、どこにあるんだろう」


 小さく独り言をつぶやきながら書棚を見つめていると、自分の周りが陰で覆われる。

 目を瞬いて後ろを振り向くと、モーリス様がすぐ後ろに立っていた。


「わ! モーリス様? いつからこちらに?」


 モーリス様の気配を全く感じていなかったので、急な登場に驚く。

 私が目を丸くして見上げていると、彼は口元を静かに引き上げて笑みを向けてきた。


「サラさんが探している本って、これじゃないですか?」


 そう声を掛けられてモーリス様の手元を見ると、確かに私が探していた本だった。


「あ、これです! よく私がこの本を探しているってわかりましたね」


 モーリス様が「どうぞ」と私に渡してくれたので、お礼を言って受け取りながら、素朴な疑問を投げかけてみた。


「――……んのことなら、何でもわかりますよ」

「え? あ、ごめんなさい。最初の方、何ておっしゃったか聞き取れなくて……」


 そう伝えると、彼は「ふふっ」と笑うのみだったので、これ以上追及するのも失礼かと思い、この話題はやめることにした。


 視線を下に向けると、彼の左手に一冊の本が抱えられているのが目に入ってきた。


「モーリス様も、何か本を借りられるのですか?」


 私が本に視線を向けながらそう尋ねると、彼は抱えている本を持ち上げて見せてくれる。


「これですか? そうですね、借りようかと思っています」

「どのような本なのですか?」


 本の表紙には『運命の人』と題名がついていた。

 モーリス様は本をパラパラとめくりながら、内容について話し始める。


「学園が舞台の恋愛ものですね。二人の男女が偶然を重ねながら想いを確かめ合っていく内容になっています」

「それは素敵な物語ですね。モーリス様は、恋愛ものの小説をよく読まれるのですか?」


 モーリス様は表紙に書かれている『運命』の文字を愛おしそうに撫で、口を開く。


「普段は読まないのですが『運命』という言葉が私のことのようだと思いまして。思わず手に取ってしまいました」

「まあ! では、モーリス様にも運命だと感じるような出来事があったのですか?」


 目を輝かせてそう尋ねると、彼は口角を引き上げながら逆に問いかけてきた。


「サラさんは、運命の出会いだと感じませんでしたか?」


 急な問いにドキッとする。


 え、マティアス様との出会いを聞いてる!? モーリス様に話したことないんだけど……いやでも話が広がってたから知ってるのかな!?


「あの、その、えっと……運命、になるのでしょうか」


 私が顔を真っ赤にしてしどろもどろに答えている姿を、モーリス様は頬を少し染めて目を細めながら嬉しそうに見つめている。


「ああ……やはりサラさんも運命だと感じていたのですね」


 そう言って私に一歩近づいたところで、図書の先生が戻ってきた。


 課題で使用する本を見つけてくれたお礼をモーリス様に伝えてから、その本を借りて彼とは別れた。

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