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16 対峙

 突然の訪問だったので断られるかもしれないと思っていたのだが、意外にも相手はすぐに部屋の中へ迎え入れてくれた。侍女たちは扉の外に待機していてほしいとお願いし、相手と二人きりにさせてもらう。


「突然にも関わらず迎え入れてくださりありがとうございます。――レティシア様」


 そう目の前にいる人物に声を掛けた。


 レティシア様は、眉を下げ、心配そうな表情で私に近寄ってきた。


「とんでもございません! 今回のこと、本当にお辛かったと思います。マティアス様より無事に助け出していただけたと聞いて、安堵しておりました。体調はもう大丈夫なのですか?」


 そう話しかけてくれるレティシア様は、こちらのことを本当に心配しているようにしか見受けられない。


 だとしたら、あれも私の勘違いなだけ……?


 汗ばんだ両の手のひらをお腹の前でぎゅっと握り合わせ、思い切って本人へ話してみる。


「レティシア様。私は男から襲われそうになった時、ある香りを感じたのです」

「香り、ですか?」


 レティシア様は、何の話だろうと首を右へ少し傾ける。


「はい。その香りは、エリアーヌと三人でお茶会をした時にレティシア様から香ったものと同じものでした。あれは確か、レティシア様が住まわれている領地で品種改良した果実のオイルから作られたもので、まだ市場には出回っていない試作品であったはずです」


 私の話を聞いた彼女は、左の眉をピクッとさせて反応したが、笑顔で切り返した。


「確かに試作品ではありますが、父がこちらの城の方たちにも配られたのかもしれませんわ。それなら衛兵の方が持っていても、それほどおかしい話ではないと思いますよ」


「……私、襲った男が衛兵だったとは言っておりませんが」


 レティシア様は空色の瞳をハッと見開き、何か言葉を返そうと口を開けたがそのまま閉じて下を向いた。


 彼女は下を向いたまま、唇の左端をクイッと引き上げる。


「貴女様と同じ香りを感じていたいなんて気持ち悪いことを言われたからしょうがなく香り袋を渡しましたけど、渡すものではありませんでしたね」


 レティシア様はこちらに顔を戻し、開き直ったような顔をしている。


「お察しの通り、私が衛兵の男を使ってあなたを襲うように仕向けましたの」


 私が少し身体を密着させたらあっという間に落ちたから面白かったわあ、と楽しそうに話している彼女を見て、信じられない気持ちになる。


「どうして……」


 私がぽつりと言葉を零すと、彼女はあっけらかんと言葉を返す。


「だって、マティアス様の婚約者に戻りたかったんですもの」


 ハッとした。


 やっぱりレティシア様はマティアス様のことが好きで忘れなかったんだ……。


 そう感じて、胸が痛んだ。


 だが、彼女から発せられた次の言葉で、そうではなかったことを知る。


「マティアス様って容姿が整っていらっしゃるでしょう? 横に連れて歩くのに魅力的でしたのよね」


 言っている意味がすぐには頭に入ってこなかった。


「どういう意味でしょうか」

「意味って? そのままですけれど。私ほどの美貌の持ち主は、隣に立つ男性も相応の方でないと務まりませんもの。マティアス様はとても綺麗なお顔をしていらっしゃるから、私の隣に立つ男性としては釣り合いが取れていて良かったのですが、番の方が現れたと伝えられて。その時は残念でしたけれど、素直に婚約を解消いたしましたわ」


 そこで言葉を区切ると、私を見てフッと鼻で笑った。


「マティアス様の番ですもの。どれほど魅力的な女性なのかと思っていましたけれど……サラ様でしょう? あなたが男にでも襲われれば、番といえどもマティアス様だって興味を無くされると思いましたの。そうしたら、また私が婚約者として隣に立てるかもしれないと思いつきまして」


 レティシア様は、どうしてこんな楽しそうに話しているんだろう。


「……レティシア様は、少しでもマティアス様に対して好意を抱いていたのでしょうか」

「まさか! 確かに容姿は極上の方だと思いますけど、性格は真面目すぎてつまらなかったわ。お父様と野営をされた話など聞いた時には、貴族らしからぬ野蛮な行為だと感じましたし。隣で歩く分には私に相応しいと思いますけれど……容姿と貴族ということを除けば、つまらない何の価値もない男ですわね」


 ぷちん。私の頭の中で、何かが切れた音がした。


「マティアス様がつまらない男なのではなくて、あなたがつまらない女なのだと思いますけど」


 私が淡々とそう言い返すと、レティシア様は言い返されると思っていなかったのか、目を大きく開いた後に怒りを宿した眼差しを向けてきた。


「私のどこがつまらない女ですって?」

「人を外見や肩書きでしか判断できない残念な方だなと思いまして」


 間を置かずに言葉を続ける。


「マティアス様は確かに容姿が整っているけど、それ以上に中身が素晴らしい人よ。まだ少ししか関わっていない私にだってわかるのに、どうしてあなたにはわからないの? 人の気持ちに寄り添える人だし、行動にも移せる。楽しいことは一緒に思い切り楽しんでくれるし、何かあった時には全力で助けてくれる。こんな素敵な人、なかなかいないと思う」


 私が話している途中、レティシア様は私の後方を見てハッとした表情を浮かべたが、そのままさらに話を続ける。


「マティアス様の中身を知ろうともしない人に、彼の隣に立つ資格はないわ! 彼のことを悪く言うなんて、私が許さない! あなたはマティアス様に相応しくない!!」


 そこまで言い切ると、私の身体が後ろから伸びてきた大きな腕に包まれた。


「ありがとう……サラ」


 後ろを振り返らなくても声でわかる。マティアス様が、私を後ろから包み込むように抱きしめている。


「え、え、マティアス様!? なんで!?」


 後ろから抱きしめられていることと、急な登場について状況が把握できない。


 そんな中、レティシア様が顔色を悪くして私たちの後ろへと顔を向けている。


「アルフレッド様にエリアーヌ様……。いつからこちらに……」


 その言葉に後ろへ顔を向けると、扉の近くにアルフレッド様とエリアーヌも並んで立っていた。


 アルフレッド様は一歩前に出ると、口元に笑みを浮かべる。


「マティアスが、サラの様子が少しおかしいと言うものでね。我々でサラの後をこっそりとつけていたんだ」


 そうだったの!?


 マティアス様は私から両腕を離し、少し気まずい様子で目をそらしている。


「サラに男のことで気付いたことを尋ねた時に、答えるまで少し間があっただろう?悩んでいる様子もあったし、気になったんだ。後をつけるような真似をしてすまなかった」


 確かに男について聞かれた時、香りのことが引っかかって一瞬返答に詰まったもんなあ。マティアス様とアルフレッド様からも視線を感じたし。


「……あれ。後をつけてきてたってことは、私たちの会話は最初から……?」


 マティアス様は、バツが悪そうな顔をして答えた。


「すべて聞いていた」

「……!!」


 ということは、私の方がマティアス様のことを知ってるんだからねと言わんばかりにレティシア様に対して偉そうに説教をしていた場面も全部聞かれてたってことだよね!?


 穴があったら入りたい。


 私が一人で顔を青くしたり赤くしたりと忙しくしていると、アルフレッド様がレティシア様へ確認する。


「レティシア。マティアスが言ったように、私たちは会話の内容をすべて聞いていた。君が言ったことはすべて本当のことで間違いないのだな?」


 レティシア様は、ひとつため息を吐き出すと開き直った。


「その通りでございます、アルフレッド様。私の隣に立つには、やはりマティアス様のような容姿、肩書きともに完璧な方でないと相応しくありませんでしょう? サラ様ではマティアス様と釣り合っておりませんし、そうであれば私の婚約者として返していただこうかと思いまして」


 彼女の言葉を聞いて、アルフレッド様は静かに首を左右に振る。


「先ほどのサラの言葉、君には何も響いていなかったのだな。……連れていけ」


 アルフレッド様が近くに待機していた衛兵に言葉を掛けると、彼らはあっという間にレティシア様を捕らえ、そのまま扉の外へと連行していった。


 連行される途中、レティシア様の「私を誰だと思っていますの!? シャルダン侯爵の娘でしてよ!! 無礼者!!」といった言葉が響いていた。

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