15 救出
マティアス様……?
目の前の光景に頭が追い付かず、茫然と彼を見上げる。
突然のことで、私と男は先ほどの体勢のままだ。
その状況を目にしたマティアス様は、カッと眦を釣り上げた。
そして、次の瞬間には男が吹き飛んでいた。
吹き飛んだ先を辿ると、男は家具に激突したのか粉々になった木材に埋もれたままピクリとも動かない。
フッと影が差し顔を戻すと、マティアス様が足にそっと上着を掛けてくれた。
そ、そうだった! スカートが捲れ上がって足を出したままだった……!!
マティアス様はそのまま口を覆っていた布を取り、両手が縛られていた縄も解いてくれた。
両手首は、逃げようと暴れた時に縄が強くこすれてしまい、血が滲んでいた。その傷をマティアス様が痛々しそうに見つめ、応急処置として自分のハンカチを引き裂いて巻いてくれた。
「助け出すのが遅くなってすまない。怖かっただろう」
心配していることが強く伝わってくる表情で声を掛けられた途端、私の中の緊張の糸がプツンと切れ、同時に涙が溢れて止まらなくなる。
「こ、こわ、かった」
「うん」
「動け、な、いし。ちから、つ、強く、って」
「うん」
「もう、もう駄目だ、って、思った……」
「うん」
嗚咽を交えながら発する言葉は途切れ途切れで聞き取りにくいだろうに、マティアス様は相槌を打ちながら静かに聞いてくれる。
「怖いことはもう何もない。私もそばにいる」
私の両手をしっかりと握りながら、力強い瞳でそう言ってくれた。
マティアス様の言葉に安堵し、安心感から私は意識を手放した。
意識を手放す瞬間、傾いだ私の身体は優しい腕に受け止められ、そのままぎゅっと抱きしめられたような気がした。
ふっと目が覚めると、天井が視界に映り込んだ。
ここは……? と考えたところで意識がなくなる前の出来事を思い出し、バッと身体を起こしてあたりを見回す。
「良かった。私が泊まっている部屋だ……」
ほっと肩をなでおろす。
私が起きた気配に気付いた侍女がノックをしてから入室し、顔を洗うためのボウルを用意してくれた。
侍女に今の時間を確認すると、事件があった日から一日経っていて、今は翌日の早朝とのことだ。
連れ去られていた時間はそれほどじゃなかったけど、想像以上に負担がかかっていたのかな。
事件が起こった時に一緒にいた侍女のことも気になったため確認すると、幸い命に別状はなく意識も戻っており、医務室で安静に過ごしているという。それを聞いて安心した。
その後すぐに医師の往診があり、問題ないと診断されてから湯浴みをさせてもらえた。全身埃っぽく感じていたので、さっぱりすることができた。
朝食を摂っていると、アルフレッド様からの面会の申し出を侍従伝いで受け取り、身支度を済ませてすぐに会うことになった。面会時には、マティアス様やエリアーヌもいるとのこと。
皆にはすごく心配かけただろうな。マティアス様には助けてもらったし、改めてお礼を伝えないと。
昨日のことを改めて振り返ると、マティアス様が助けに来てくれて本当に救われた。あのまま事が進んでいたらと考えると、ぞっとする。
それに、私が意識を手放す前、マティアス様に抱きしめられたような……?
定かな記憶ではないが、そんな気がする。
もしそうだったらとしたら、
「マティアス様に触れられるのは……嫌じゃなかったな」
そうポツリと呟いた。
「サラ!!!!」
案内された部屋へ入室すると、エリアーヌが私の名前を呼びながらこちらへ駆け寄り、強く抱きしめてきた。
「本当に……本当に、無事で良かった。サラが連れ去られたかもしれないと聞いた時には、心臓が止まりそうになったわ」
涙交じりの声で伝えてくれる。
「うん、たくさん心配かけたよね。ごめんね」
「サラは何も悪いことをしていないのだから、謝らなくていいのよ。またこうして会うことができて、嬉しいわ。体調は大丈夫?」
「私もエリアーヌと会えて嬉しいよ。体調もおかげ様で問題なし! ありがとうね」
エリアーヌと二人で再会を喜んでいると、アルフレッド様からも声がかかる。
「サラ。城の中でこのようなことが起こってしまい、本当にすまなかった。無事に助けられて本当に安堵した」
「そんな!先ほど侍女から、アルフレッド様が迅速に対応してくださっていたと聞きました。ありがとうございました」
「いや、私は指示を出していただけに過ぎない。実際に助け出したのはマティアスだしな」
そう言って視線を投げかけられたマティアス様は、小さく首を振る。
「今回のような事態が起きて、私も本当に後悔している。怖い思いをさせて申し訳なかった、サラ。無事で本当に良かったよ」
少し力のない笑みで声を掛けられ、胸が痛んだ。
「マティアス様のせいじゃないわ! 私はあなたに助け出してもらえて、本当に感謝しているの。あなたから、怖いことはもう何もないって、そばにいるって言ってもらえて、本当に嬉しかった。私を助け出してくれて、本当にありがとう、マティアス様」
「サラ……。こちらこそ、そんな風に言ってくれてありがとう」
今度は嬉しそうに優しく微笑んでくれたので、安堵した。
「そういえば、マティアス様はどうやって私の居場所を見つけ出せたの?」
単純に疑問に思って口に出すと、エリアーヌも「あ!」と声を上げる。
「マティアス様は事件が起きた時、お隣の領地で訓練に参加されているとお聞きしました。こちらに駆け付けるまでには時間がかかると思ったのですが、アルフレッド様は数分もあれば到着するとおっしゃっていて。何か魔法が関係しているのでしょうか?」
隣の領地からここまで数分!?色々とどんなからくりになっているんだろう。
マティアス様に目を向けると、あぁ……と右頬を人差し指でかきながら答えてくれた。
「私の属性魔法が風というのは知っているだろう? 魔力量も多い方だから、私自身だけなら風にのって空を飛ぶことができるんだ。空を飛べば、隣の領地くらいであればここまで数分もかからずに着ける」
「空を飛べるの!? すごい……。それなら数分もかからないのは納得できるね。じゃあ、私を見つけ出せたのはどうやって?」
そう聞くと、うっとマティアス様は言いにくそうに切り出す。
「実は……。風を使って、番の、つまりサラの気配だけ辿ることができるんだ」
私が目を丸くすると、マティアス様は慌てて弁解する。
「いや! 常日頃からサラの気配を探るということは決してしていない! 神に誓ってもない! サラたちがリベルに来る日、今どのあたりだろうと考えていたら、気配を辿れるということに気付いたんだ。今まで黙っていてすまなかった。正直、知られたら引かれてしまうのではないかと思うと、怖くて言い出せなくて……」
あまりのマティアス様の狼狽えように、可愛く感じて笑ってしまった。
「ふふっ。マティアス様はそんなことしないってわかってるよ。でもそっか。それなら私の居場所もすぐにわかったよね。その能力に助けられたよ」
私が何も気にしていないということを感じ取り、マティアス様はほっと息を吐いて肩をなでおろした。
その後、アルフレッド様から、今回の事件で捕らえた男はリベルの城の衛兵だったということ、何の目的でこのようなことを起こしたのかはまだ黙秘しているということについて教えてもらった。
その上で私の方からも、男が「あのお方の望みを叶えるためだ」との発言をしたことについて伝えた。
アルフレッド様は、自分の顎に手を当てながら考え込む。
「あのお方……やはり裏で手を引いていた人物が他にいたか。何か他に気付いたことはあっただろうか?」
「……いえ、他は特に」
しまった。一瞬間を空けてしまったからか、アルフレッド様とマティアス様がこちらをじっと見ているような気がする。
でも、もうひとつのことは、まだ確証を得られていない。そして、私の予想が外れていてほしいとも思っている。
三人には、やっぱりもう少し体を休めたいと伝えて、退室させてもらった。
退室後、私は自分の部屋へは真っすぐに戻らず、ある方のお部屋へ向かった。




