13 お茶会
翌日、アルフレッド様とマティアス様はそれぞれ公務や用事があるとのことで、エリアーヌと二人、お城の庭園でお茶をして過ごそうということになった。
その際、来城した初日にお会いしたレティシア様もお誘いするのはどうかということになり、午前中のうちに彼女の元へお伺いの遣いを出した。
彼女から是非参加したい旨の返事がすぐに返ってきたので、午後からは女子会を開くことに決まった。
「エリアーヌ様、サラ様、本日はお誘いいただき、ありがとうございます」
綺麗な動作で挨拶をしながら、レティシア様がこちらを見て笑顔でお礼を伝えてくれる。
今日の彼女は、桃色の髪を編み込みながらサイドへ流している。ドレスはココアブラウンで、ハイネックや袖、裾の部分には華美にならない程度の刺繍がチョコレート色で施されている。袖や裾にはしっかりとドレープがきいており、彼女の甘く可愛らしい雰囲気にとても合っている。
挨拶を終えると、エリアーヌが手で椅子を示しながら声を掛ける。
「こちらこそ、急なお誘いにも関わらず来てくださってありがとうございます。今日は私たち三人だけですので、気兼ねなくゆっくりとお話いたしましょう」
ただ、エリアーヌは半刻ほどしたら退席するので、そのことについては予め了承をいただいている。この滞在中に少しでもリベルについて学ぶ機会が欲しいとエリアーヌからアルフレッド様にお願いしていたら、本日講師の都合がつく時間があるのでどうかと打診があったのだ。
全員が椅子に着座し紅茶を一口いただいたタイミングで、エリアーヌが、気に障ったら申し訳ないのですが、と前置きした上でレティシア様に質問する。
「レティシア様は私たちとあまり変わらない年齢だと思うのですけれど、よろしければ伺っても?」
「私は今年で十六となります」
「まあ! それでは私たちと同じ年齢ですね!」
同い年だということがわかり、一気に打ち解け始めることができた。
「エリアーヌ様の髪、滑らかでとても綺麗ですね。毎日のお手入れは何をされているのですか?」
「ありがとうございます。我が家が懇意にしている商人から、フキラという花から取れた香油を取り寄せていますの。毎晩髪へ馴染ませてから寝ると、翌日は一日髪の調子が良くなるんです」
「レティシア様からは柑橘系の素敵な香りがしますね。この匂いは初めてなのですが、特別なものなのですか?」
「まあ、ありがとうございます、サラ様。私が住んでいる領地でリータリを品種改良した果実があるのですが、そこから抽出したオイルで香り袋を作って身に着けているんです。まだ市場には出回っていない試作品になりますので、褒めていただけて嬉しいです」
レティシア様は聞き上手の話し上手で、自分の父親が過保護で仕方ないエピソードも面白おかしく話してくれた。
そんな中、レティシア様がマティアス様の元婚約者だとは知らないエリアーヌが彼女へ話しかける。
「レティシア様はお綺麗で優しくて、とても素敵な方ですね。婚約者の方などはいらっしゃるのですか?」
この質問に、思わずドキッとしてしまう。なんだか居心地が悪くなる。
レティシア様本人はというと、まったく気にしていない様子でにっこりと笑みを浮かべながら答えている。
「婚約者はまだおりませんの。お父様は先ほどもお話しましたとおり過保護ですので、相手の選定に悩んでいるのかもしれません。今頃お母様にせっつかれているかもですわね」
冗談交じりに答えている姿に、マティアス様のことを引きずっている様子は見受けられなかった。
そんな話をしてると、エリアーヌの退席の時間となった。
エリアーヌは申し訳なさそうに、レティシア様と私へ退席の断りを入れる。
「お二人とも申し訳ございません。時間になりましたので、先に退席させていただきますね。レティシア様、本日はお話できてとても楽しかったです。また是非一緒にお茶をしましょう」
「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。またお茶会に参加できることを楽しみにしていますね」
「お勉強頑張ってね。気を付けて」
そのままリベルの護衛に案内されるかたちで、エリアーヌは城の中へ戻っていった。
その姿を見送っていると、横からため息が漏れ聞こえてきた。
聞こえてきた方に顔を向けると、レティシア様が物憂げな表情を浮かべている。
「レティシア様。どうかされましたか? ご気分でも優れませんでしょうか」
心配になって声を掛けると、レティシア様はハッと顔をこちらに向け、何でもないという風に手を振って笑顔で答えてくれる。
「申し訳ありません。特になんでもありませんの」
「そうですか……?」
何でもないとは言われたが心配で見つめていると、レティシア様が言いにくそうな表情で話し出す。
「実は、私には以前婚約者がおりましたの。その方というのが……マティアス様なんです」
レティシア様からの突然の告白に驚きはしたが、先にマティアス様本人から聞いていたので動揺せず返答する。
「あ、はい。マティアス様よりお聞きしております」
私が既に知っていたことに拍子抜けしたような様子を一瞬見せたが「それなら良かったです」と、笑みを浮かべる。
「関係のない方から違う解釈が入った噂話を耳にされるより先に、私からお話した方が良いか悩んでおりましたの。マティアス様が伝えてくださっていたのなら安心しました」
なるほど。それでさっき愁いを帯びた顔をされていたのね。私を気に掛けてくださって、優しいなあ。
レティシア様の気遣いに胸が温かくなっていると、そのままマティアス様の話になる。
「マティアス様から番が見つかったとお聞きした時は驚きましたわ。マティアス様は素敵な方ですもの。選ばれたお相手の方は、さぞかし素晴らしい方に違いないと思っておりました」
私は番の立場を受け入れているわけでもなく、選ばれてびっくりですーなんて返答するのもおかしいので言葉を返しあぐねていると、レティシア様が斜め下を向きながらぽつりとつぶやく。
「サラ様が現れなければ、私が婚約者のままでしたのに……」
その言葉にハッと顔を上げてレティシア様に目を向けると、彼女も思わず言ってしまったというように自分の口元を右手で覆っている。
レティシア様は、ガタッと淑女らしからぬ音を立てて椅子から立ち上がると、慌てたように言葉を並べる。
「も、申し訳ございません! 私ったら何を……。少し頭を冷やさねばなりません。本日はこれで失礼させていただきます」
そう言うと、こちらの返事も待たずに侍女を連れて去っていってしまった。
あっという間の出来事にしばし茫然としていると、レティシア様の言葉を思い出して胸が痛んできた。
――――サラ様が現れなければ、私が婚約者のままでしたのに……。
レティシア様は、マティアス様のことが好きだったんだろうな。それなのに、私が現れたせいで婚約を解消されて。悲しかっただろうに、私に対しても優しく接してくださった……。
今の自分の立場を改めて考えると、失礼なことをしていると感じる。
マティアス様には、番は受け入れていないが友達として付き合っていて、期待を持たせるようなことをしている。そんな中で、レティシア様はマティアス様に対して好意を寄せているにも関わらず、潔く婚約者という立場から身を引いた。
最低じゃん、自分。
マティアス様と話をしよう。話をして受け入れてもらえれば、レティシア様との婚約も元通りになるかもしれない。
私は自分の足で立って生きていくって決めてるんだもの。
そこまで決めて、鈍く傷んだ自分の胸には無意識に蓋をして。
しかし、その後サラは、城の中から忽然と姿を消した。




