12 得意魔法
城内にあてがわれた自分の部屋で一人になったことをいいことに、ベッドへ仰向けに倒れこむ。視線をそのまま天井に向けながら、部屋の前まで案内してくれたマティアス様より言われた言葉を思い出す。
『誰かから聞かされるより先に私の口から伝えておきたいのだが、先程会ったレティシアは、私の元婚約者なんだ。サラと会ってすぐに婚約を解消している。もちろん一方的ではないし、合意の元だ』
リベル国民が婚約する際、番が見つかった場合には婚約を解消することについて、予め了承を得た上で結ぶ。そのため、彼らの婚約が解消となったことに問題はない。また、このことは周知されていることなので、婚約が解消されたことで相手方の次の縁談が不利になることもない。
……でもなぁ。レティシア様の気持ちはどうなんだろう。レティシア様はリベル国民ではなくて、リベルの隣に位置するルシュートクの国民だって聞いたし。どのくらいの婚約期間だったのかはわからないけど、仮にマティアス様に恋愛感情を抱いていたとしたら? レティシア様の心は本人にしかわからないから、今ここで私が悩んでいても仕方のないことなんだけどさ。
それにしても、
「レティシア様、綺麗だったなぁ。マティアス様とよくお似合いになる……」
そこまで考えていると、胸がもやもやしてきた。その正体は自分でもよくわからないので、深く気にしないことにする。
この日はエリアーヌとお部屋でゆっくり寛いで過ごし、ディナーはアルフレッド様とマティアス様を含めた四人でいただいた。
翌日、国王王妃両陛下との謁見を済ませた後、アルフレッド様とマティアス様に城下の街を案内してもらう。
馬車から街並みを眺めていると、昨日は見ることができなかった魔法を使用する場面が目に入ってきた。
ある人は手をかざすだけで水のシャワーが出てきて、そのままお花に水をあげている。またある人は風で飛ばされてしまった洗濯物に向けて手をのばし、洗濯物を風の向きに逆らって戻している。
えー! すごいすごい! みんな呼吸をするように魔法を使ってる!
エリアーヌと一緒に目を丸くしながら、外の景色を夢中になって眺める。
そんな私たちの姿を二人が微笑ましく見守りながら、アルフレッド様が魔法について説明してくれた。
「今見ていてわかったように、リベル国内において魔法は呼吸することと同じくらい自然に溶け込んでいるんだ。もちろん、魔法が使えない人も多くいるから、誰が住んでも不自由ないように色々と整えられてもいる。よく誤解されるのだが、詠唱などは特に必要なくて、一人一人が生まれつき持っている魔力量によって日常で扱える魔法の規模も変わってくる」
なるほど、と聞いていると、エリアーヌが疑問を口にする。
「お一人お一人得意な魔法というものはあるのでしょうか?」
「そうだな。人によって水魔法が得意だったり土魔法が得意だったりということはある。家系で属性を受け継ぐわけではなく、個人の適性によるものだ」
私たちの普段の生活では魔法は縁遠いものなので、あまり詳しくない。こうして話を聞くと知らないことだらけで、聞いているだけでとても興味深い。
魔法について話を聞いていると、馬車が停まった。どうやら目的地に着いたようだ。
私とエリアーヌは、それぞれマティアス様とアルフレッド様にエスコートしてもらって馬車を降りる。
降りた先には、視界いっぱいの緑が広がっていた。
先導しながら、アルフレッド様が場所について説明してくれる。
「ここは、王家の人間に許可された者しか立ち入れない場所だ。遥か昔、この地から魔法は生まれたと言い伝えられている。そのため、この地は王家で保護し、管理しているというわけだ。透明度の高い湖に色とりどりの草花もあるから、ゆっくり過ごしたい時には最適の場所なんだ」
説明通り、馬車から少し歩いて開けた場所に出ると、目の前には大きな湖があった。水は透き通っていて、底までよく見える。湖のまわりには木が綺麗に生い茂っているから、空気がおいしい。色鮮やかな花々は、視界に広がる景色を彩り豊かなものにしていて美しい。
付き添ってきていたメイドたちがティータイムの準備をする間、エリアーヌはアルフレッド様と、私はマティアス様と周辺を散策することにした。
先ほどアルフレッド様から説明があった魔法の属性について気になったので、マティアス様に聞いてみる。
「さっきアルフレッド様から得意な魔法は個人の適性によるものだってお話があったけど、マティアス様は何の魔法が得意なの?」
私の質問を受けて、マティアス様は桃色の花が散り始めている木の近くへ私を誘導する。
「ここから動かないで、そのまましばらくの間目を瞑っていてもらってもいいかな」
「え、何々? それがマティアス様の魔法と何か関係あるの?」
突然のお願いに戸惑っていると、いいからいいから、とマティアスに笑顔で促されたので、素直に従うことにする。
目を瞑ってすぐ、私のまわりの空気が変わる。と同時に、私の後ろの方で一瞬大きな風が起こった気配がした。それに、なんだか私のまわりがいい匂いに包まれている感じもする。
「もういいよ」
マティアス様にそう声を掛けられたのでゆっくり目を開けると、桃色の花びらが私の周りをひらひらと漂って浮かんでいたので、目を丸くして驚く。
「わ! ……花びら?」
予想外の光景に、ぼうっと周りに浮かんでいる花びらを見ていると、マティアス様がにこっと笑って答えてくれる。
「そう。サラが目を瞑る前に、近くの木で花びらが散り始めていたのを覚えているかな? その花びらたちを地面へ落ちる前に風ですくい上げて、サラの周りに運んできたんだ」
そう言うと、私の周りを舞っていた花びらたちは一気に私の頭上に集合し、パッと綺麗に降り注いできた。
急に降ってきた花びらのシャワーに嬉しくなり、両手を広げながら全身で受け止める。
私が楽しそうにしている姿を優しい笑みで眺めながら、マティアス様が教えてくれる。
「ご覧の通り、私は風魔法が得意なんだ。花びらのおもてなしは気に入ってくれたかな?」
「ええ、とっても! ありがとう、マティアス様!」
素直に嬉しく思ったので、すぐにお礼を伝える。
それを微笑みで受け止めたマティアス様は、私の髪の毛にすっと手を伸ばし、触れてくる。
いきなりの行動にドキッとしていると、彼の引いた手の先には花びらが摘ままれていた。
なんだ、花びらが付いていたのね。突然だったからびっくりしちゃった。
一人で勝手に赤くなっていることに恥ずかしく思っていたが、気付いていないマティアス様は摘まんだ花びらをフッと風に乗せて飛ばしている。
その後、エリアーヌとアルフレッド様に合流し、メイドたちが準備を終えた場所で楽しいティータイムをしながら、ゆっくりとしたひと時を過ごした。




