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10 お出掛け②

 食べ歩きを終えてからは、歩いている途中で目についた雑貨屋さんに入ったり、大道芸をやっていたので見て楽しんだりして過ごした。


 その後は少しお茶をしながら休もうということになり、通りにあったカフェに入って美味しいお菓子とお茶をいただいた。

 マティアス様は甘いものが好きなようで、注文したスコーンに果実のジャムをたっぷりと付けて美味しそうに食べていた。


 さっきはお代を払ってもらったから、カフェの代金は私がと思っていたが、気付かぬうちに支払いが済んでいた。

 いつの間に……。スマートすぎてわからなかったよ。


 カフェでお茶をした後は帰宅予定の時間に近付いてきていたので、二人でゆっくりとそれぞれの従者が待っている馬車乗り場まで歩いていく。


 さて。実は先ほど入った雑貨屋さんで、マティアス様にささやかなプレゼントを買っていた。お礼の気持ちをかたちとしても渡せたらと思い、シンプルな革製の腕輪を選んだ。革が編み込まれているもので、留め具には葉が巻き付けられているモチーフの金のフックが付いている。

 彼に似合いそうだなと思って買ったはいいが、渡す機会を窺っていたら帰る時間になってしまった。


 何気なく渡せばいいんだよね、うん。でも好みじゃなかったらどうしよう……。うー、渡すのってなんでこんなに緊張するんだろう。


 そんなことをぐるぐると考えながら歩いていると、後ろから悲鳴が聞こえ、騒々しくなる。


 「怪我したくなけりゃどけえぇぇぇ!!」


 男が大声で叫びながら、小脇に女もののカバンを抱えてこちらに走ってきている。男の後ろには、道に膝を付いて倒れこんでいる女性が見えた。彼女からカバンを奪って逃走しているのだろう。

 そのことはすぐにわかったが、誰も男を止められない。それくらい男が大柄で、体格も良すぎるのだ。下手に捕まえようとしたところで、こちらが怪我をしてしまいかねない。


 男は真っすぐにこちらへ向かって走ってくる。このままではぶつかってしまうが、咄嗟のことで足が竦んで動けない。


 どうしよう、ぶつかっちゃう!


 気持ちだけ焦っていると、目の前に右腕が伸びてきて、私の体はその人の後ろに守られるかたちになった。


 マティアス様だ。


 私の方に顔だけ振り返り、安心させてくれるような優しい眼差しで、


「大丈夫だから」


 それだけ言うと、すぐに前へ向き直って走ってくる男の方を真っすぐ見据える。


 男は、自分の走る先に立っているマティアス様を見つけると、馬鹿にしたような目を向けてくる。体格差から、勝負にもならないと思ったのだろう。走りを止めることなく、マティアス様に向かって拳をつくった右腕を振り上げる。


「そこの優男さんよお! さっさとどけやあ!!」


 男が振り上げた右腕をそのままマティアス様の左側頭部めがけて右に薙ぎ払おうとした、次の瞬間。


 マティアス様は男の拳を自分の左手のひらで受け止め、そのまますぐ斜め下に流す。男がわずかに体勢を崩したところで男の顎に右手のひらを勢いよく突き上げて、軽い脳震盪を起こさせる。男がよろめくと、マティアス様は身体を捻って左足を上げ、回し蹴りで男を壁まで吹き飛ばした。

 

 その間、たったの2秒。


 あっという間の出来事で、気付いたら男は壁に激突して気絶していた。


 間もなくして、警備隊の人たちが駆けつけて男を連行していった。


 それを見届けると、マティアス様はこちらに体を向けて気遣うように話しかけてくる。


「驚いたよね。怖かったでしょう? 大丈夫?」

「うん……驚いたけど、私は大丈夫。マティアス様こそ大丈夫? 怪我とかしてない?」


 あんな大柄な男を相手にしたのだ。何か怪我を負っていないか心配になり、体をあちこち見やる。

 マティアス様はそんな心配を吹き飛ばすように、カラッとした笑顔で答えてくれる。


「怪我はまったくしていないよ。サラに何もなくて良かった」

「それなら安心だよ……。マティアス様、守ってくれて本当にありがとう」


 しっかりお礼を伝えておかなければと言葉に出して伝えると、マティアス様は目をぱちくりした後、ふわっと微笑んで応えてくれる。


「それにしても、マティアス様って強いんだね。あんなに大きな体が簡単に飛んでいっちゃった」


 男が壁まで飛んでいった光景を思い出しながら言うと、マティアス様もああ、と思い出しながら話す。


「私が住んでいる国……リベルは、魔法が使えるだろう? でも、魔法が使えるのは国内だけで、リベルから一歩でも出たら魔法が使えなくなる。魔法に頼らなくても立ち向かえる強さが欲しくて、小さい頃から鍛えていたんだ」


 魔法だけに頼らない強さが欲しいなんて、小さい頃からそんな考えができるのか。凄いなあ。


 尊敬の念を抱いていると、ハッと気づく。


 今が腕輪を渡す絶好のチャンスなんじゃない? よし、勢いで渡してしまおう!


 そうと決まればと、カバンの中から贈り物の袋に包まれた腕輪を「これ……」とマティアス様へ差し出す。


 マティアス様は不思議そうに袋を受け取る。


「これは?」

「あの、学園での件、本当に感謝しているから、何かかたちでもお礼をと思って。今日雑貨屋さんに行ったでしょう? そこでこっそり買っておいたの」


 開けても? と聞かれたので、こくんと頷く。


 マティアス様は袋から腕輪を取り出すと、何も言わずにそれをじっと見つめている。


「あ、あのね! なるべくシンプルなものを選んだつもりなんだけど、マティアス様にも好みってあると思うし! それは重々承知してるから、無理につけたりとかしなくていいから! 本当に!」


 彼の反応がないので、両手をぶんぶんと振りながら焦って早口でまくしたてる。


 マティアス様はすっと腕輪を自分の左腕に付けると、こちらに見えるように胸の前まで腕を上げた。


「どうかな。似合う?」

「うん、似合ってるよ。あの、でも、本当に……「すごく嬉しいよ。ありがとう」


 遠慮がちな私の言葉に被せるように、マティアス様が笑顔でお礼を言ってきた。


「サラが、私に似合うものをと選んでくれたんだろう? こんな嬉しいことはないよ。大事にする。本当にありがとう」


 そう言って、心から嬉しく思っていることが伝わってくる満面の笑みを浮かべた。


 彼の笑みを見て、私も緊張していた肩をホッと下ろして笑顔を向ける。


「こちらこそ、受け取ってくれてありがとう」


 こうして、ちょっとした事件を経験しながらも、お互いのことを少し知ることができた一日は無事に終わった。友人としての距離も縮まったと感じる。









 その後、時間というのはあっという間で、マティアス様とアルフレッド様は前半の留学期間を終えて一度リベルへ帰国した。


 これからお互い長期休みに入るので、是非一度リベルへ、とアルフレッド様からのお誘いもあり、エリアーヌと二人で近々お邪魔するとの約束をして。

これにて、ヴィオスティ国立学園編は終わりとなります。ご覧くださり、ありがとうございました!


次回より舞台をリベルへ移します。

そちらもご覧いただけますと幸いです。

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