第百二十四話……ケードの王、死す
「斬って血路を開け!」
「おう!」
ドンは小集団においても勇ましい指揮を見せた。
追撃を逃れるため、撤退路として街道沿いは選ばない。
よって森林の中、けもの道を進むつらい逃避行であった。
「ぐは!」
だが、魔物たちはきりなく、そして昼夜問わずに現れる。
そんな中、護衛たちは一人脱落、二人脱落し、今や私とドンの二人だけになっていたのだ。
「出でよ、魔界の徒、我の招きに応えよ!」
何度目の召喚だろうか。
ドンを襲うべく次々に現れる魔物に対抗すべく、私も魔物を召喚した。
私の魔力は底をつきかけ、償還できる魔物の数は限られたものとなっていたのだ。
「うぐっ!」
敵の矢が、ドンの膝を捉えた。
すぐに毒を吸い出し、皮と肉を裂き、毒の塗られた鋭い矢じりを取り出し、布で縛る。
「強大な巨人の力を、我に与え給え!」
私は、貴重な非常用の魔力回復材をがぶ飲み。
副作用の強い倦怠感に苛まれながらも、魔力を使い続けた。
「……くそっ、また、現れたか!?」
「グヒヒ‼ ソノ王ヲワタセバ、オマエハ見逃シテヤルゾ!」
現れた不死族の魔物を率いるのはレッサーバンパイア。
ミスリル銀製の武器をもってしても難儀する相手だった。
それに私の魔力は尽き欠け、疲労も着実に蓄積していた。
さらには、負傷したドンを連れていた点も大きい。
……こうなれば、私だけ瞬間移動で逃れようか?
一人ならいざ知らず、負傷してあまり動けないドンを守りつつ敵を相手にするのは、不可能であると思われた。
そう思ったとき、ドンは痛みに耐えつつ苦悶の表情で、私に呟いた。
「私の命運は尽きた。我が娘フィーを頼む……」
ケードの王、ドンはすでに一人では立つこともできない。
だが、決して戦意を捨てることなく、魔物に対して剣を構えた。
その背中には、たくさんのむこの民を率いる支配者としての威厳を感じられたのだ。
「クフフ、巨人ノ力ヲ宿シ者ヨ。オヌシヲ殺スニハ忍ビナイ。去ラレヨ!」
私は逃げようとしていた、先ほどの自分を恥じた。
「逃げはせぬ! 我が首打ち取って手柄とせよ!」
魔物にこう吐き捨てた私は、自分でも変なセリフを言ってしまったと自嘲した。
……イオすまぬ。
慢心ゆえに、十分な準備をせずに戦いに臨んでしまった。
私はきっと生きて帰ることはないだろう。
詫びはあの世ですることになるであろう。
私が死を覚悟した瞬間。
目の前の地面が大きく光り始めた。
その光の中から、見覚えのある影が現れた。
それは、以前から助けてくれるよう要請していた、正真正銘のバンパイアであるバルトロメウス伯爵であった。
「殿、遅くなって申し訳ござらぬ!」
「……アア、皆、逃ゲヨ!」
正真正銘のバンパイアと、レッサーバンパイアでは格の上でも勝負にならない。
レッサーバンパイアは慌てて、部下を連れてどこかへと姿をくらましたのであった。
「……さぁ、これでいくらかましになるでしょう」
敵がどこかへと消えると、バルトロメウス伯爵は魔法でドンの治癒をしてくれた。
だが、度重なる毒矢による影響は大きく、歩くのがやっとの域をでないのであった。
「さあ、いくぞ!」
私たちはバルトロメウス伯爵の部下の護衛のもと、ヘザー盆地にあるラモーラ城を目指した。
その旅程は10日にもおよび、途中の戦闘は20を超える数を数えた。
「城が見えたぞ!」
ドンが歓喜の声を漏らす。
私も極度の疲労で立ち上がれない。
「殿、ここからは聖地であるヘザー。我々は立ち入れませぬ。ここでお別れです」
「とても助かった。ありがとう!」
「礼には及びませぬ」
バルトロメウス伯爵が敬礼をしてどこかへと姿をくらましたすぐ後。
ラモーラ城から迎えの騎士たちがやってきたのだった。
「ドン様、どうぞこちらの馬車へ」
「うむ」
「護衛のそなたも馬車に乗られい!」
「かたじけなし!」
私は馬車に揺られ、神殿を併設したラモーラ城に入城したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴568年9月上旬――。
レビンに対し、大敗北を喫したケード軍は撤退。
執拗な追撃を受けながらも、将兵の多くがデモーラ城に撤退したのであった。
後詰の軍に見放されたルロイ城、グレゴリー城は次々に陥落。
ノエル城だけが、アガートラムの指揮のもと、籠城しレビンの攻勢を耐え忍んでいた。
「魔を打ち払え!」
「おう!」
デモーラ城は、ケード連盟と神聖ノーランド教との共同支配地域。
よって、魔族に特別な効果をなすノーランド教の聖職者たちの助力が得られたのだ。
「掛かれ!」
「石をぶつけよ!」
魔族側も魔法のみならず、投石機なども用いてデモーラ城を攻撃。
だが、なんとか城は耐えきり、輜重隊をもたぬ敵軍が撤退となったのであった。
「勝鬨!」
「えいえいおー!」
デモーラ城には勝利の歓声は上がったが、かといって追撃する余力はない。
あくまでもぎりぎりの勝利、辛勝といった感じであった。
◇◇◇◇◇
デモーラ城内――。
城主の居室にドンの姿はあった。
ドンは治療の効果もなく、衰弱しきっていた。
「ライスター卿。そなたには大変に世話になった。魔族にこの首が奪われなかったこと、いかようにしても感謝しきれぬ」
「もったいないお言葉」
「…で、我が家に伝わる宝剣オーディンをさずける。受け取ってほしい」
「ありがたき幸せ」
私は宝剣を受け取り、平伏した。
「すまんが、もう休ませてくれ」
「はっ」
私はドンの意向により、退室した。
それがドンとの最後の時間であった。
ドンはその後、ラムの地へ戻り逝去。
周辺地域を震え上がらせたケード連盟の大いなる王の最後であった。
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