第百二十三話……副王ドメルの最後
陽が傾くころになると、レビン軍は全面攻勢に転じ、全戦域でケード連盟軍を押しまくっていた。
「首領に今のうちに逃げよと伝えよ! しんがりはこのドメルが承るとな!」
副王ドメルは伝令にそう怒鳴る。
彼の部隊は精鋭だった。
竜騎士たちがのるドラゴネットの毛並みは良く、末端の歩兵たちの装備も良い。
だが、それでもレビン地方の魔物たちの攻撃を耐え凌ぐのには、力不足だったのだ。
「ドメル様も早くお逃げを! 敵がすぐそばにまで迫っておりまする!」
「ならぬ! 義兄上が安全な場所に逃げるまで、踏みとどまるのだ!」
実は、副王ドメルとドンは幼馴染。
両方ともケードの貴族家の生まれで仲が良く、若い頃に義兄弟の契りを結んでいたのだ。
ドメルは時に貪欲で狡猾な性格の側面を見せたが、ドンの言うことには素直になるという変わった男であった。
戦にも強く、とくに防戦での働きは、ケードの諸将の中でも特筆するものがあったのだ。
だが、その防戦の指揮技量においても、レビンの猛攻は凌げない。
レビンの魔物たちは、それだけ強かったのである。
◇◇◇◇◇
「首領! お逃げを!」
「……」
戦況の悪化を見て、側近たちがドンに撤退を勧める。
ドンは暫し逡巡したが、すぐに撤退を決意した。
「よし、退く! 撤退は要請通りドメルに、各隊は前線指揮官に従えと伝えよ!」
「はっ!」
本陣から最後の伝令が前線指揮官へと向かう。
そして首領のドンは、家宝の旗を側近に収納させ、撤退という名の逃走にかかった。
「ライスター卿! 其方も余と共に逃げるのだ!」
「はっ!」
このようにドンに声を掛けられたのもあって、私はドンと逃げることになった。
首領であるドンはドラゴネットに跨り、私も同じくコメットに跨る。
ドンの護衛や側近たちもドラゴネットに操っていたこともあって、逃走はスムーズだった。
◇◇◇◇◇
陽が夕日となり傾くころになると、ケード連盟軍の劣勢は露となっていった。
全軍撤退となったケード軍の中で、ドメルの部隊は味方の撤退を助けるべく奮闘を続けていた。
「首領様におかれましては、無事にご撤退の模様!」
「うむ!」
伝令の話を聞いた副王ドメルは深く頷いた。
だが彼の部下の多くが死傷し、彼の周りにも敵が迫る。
「ガウウ! ガルル!」
屈強なオーガが護衛を剛腕で跳ね除け、ドメル目掛けてつっこんでくる。
しかし、ドメルはオーガの足を払い、態勢を有利なものとした。
「怪物め、死ねい!」
ドメルはその愛剣でオーガの首を刎ね、返り血で真っ赤に染まる。
さらには間髪入れず、長めの太い槍をもったオークが挑んでくる。
「猪口才な!」
歴戦の勇者ドメルの太刀筋は、迫りくる魔物たちを次々に血祭りにしていった。
だが、疲労は着実に積み上がり、その動きも緩慢に、そして衰えて来る。
「ギャカァァ!」
小兵である小鬼のゴブリンの矢を受け怯んでいたところ、オーガの斬撃をようやっとのことで躱すドメル。
だが、彼にも最後の時が訪れた。
矢を膝などに数本受け、ついに立ち上がれなくなってしまう。
そこに槍を構えたオークの集団に囲まれ、槍の穂先が腹に6本めり込んだ。
「まさか、わが首が魔物などに奪われようとはな……、ぐふっ」
フレッチャー共和国に恐れられたケード連盟の名将ドメル。
彼はドンの撤退を助け、42歳の若さで魔物たちに食われた。
◇◇◇◇◇
陽が暮れ、暗闇が空を支配するころ。
私はドンの護衛達と小川の畔で休んでいた。
「これをどうぞ」
「ありがとう」
皆がそれぞれ持っていた保存食を融通し合い、腹を満たす。
だが、一息つけたのもつかの間。
追手は意外な所から現れた。
我々の周りの地面や茂みが、怪しげな鈍い音を立てて盛り上がる。
地面から這い出てきたのは、骸骨剣士や腐ったゾンビ達であった。
「殿をお守りしろ!」
「防御円陣を形成!」
たしかに夜、魔物に出くわすときはある。
だが、この時の不死族の魔物の数はゆうに100体を越えたのだった。
いや、この暗闇の中だ。
視認できる範囲以外にもっといるはずであった。
やはりこの数は、レビンの魔物との戦いと関係があるのだろう。
こちらはドンを入れて14名。
かなり分の悪い戦いであったのだ。
「ここを死に場と思って戦え!」
「皆、怯むな!」
ドンの護衛は少数だが、いずれも手練れ。
装備も良く、いくらかの魔法を操る者もいた。
我々は魔物と激しい戦いを開始したのであった。
「ガウウ!」
「……ゲウ!」
だが、魔物たちの狙いは我々だけでは無かった。
暗闇の中、魔物たちは我々が乗ってきたドラゴネットたちを襲った。
その結果、ドラゴネット達は狂乱状態に陥り、どこかへと逃げ去ってしまったのだった。
「しまった! 奴等の狙いはそこだったか?」
我々は死闘を演じて、魔物たちを確かに追い払った。
多数の傷を負い、負傷したものもいたが、勝利には違いない。
だが、結果として、我々は素早く逃げ延びるための術を失ったのであった。
「見張りを怠るなよ!」
「おう!」
我々は激闘で疲れ切っていたが、交代で見張りを継続。
夜明けとともに、南への撤退を再開したのであった。
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