第百二十二話……片翼包囲
統一歴568年8月上旬――。
ケード連盟軍は周辺地域の地方貴族たちの軍を吸収しつつ北上。
サイゼリア城付近に布陣しているレビン軍を目指した。
今回、参集してくる農兵や傭兵たちは多かった。
一つの理由は相手が、人間の共通の敵である魔族ということ。
もう一つの理由は、ケード軍が強いからであった。
オーウェン連合王国では、兵士の動員力をイシュタール小麦の取れ高で計算するが、なにも小麦を食っている民だけではないのだ。
山にて炭を作る者、マタギを営む者、はては乞食や国外からの臨時収入目当ての下級貴族までもが、兵力として計算されるのだった。
こうしてレビンの軍を斥候が捕捉せしめた頃には、ケードの兵力は純粋な戦闘員だけで2万に達していた。
◇◇◇◇◇
そのような時分――。
私はドンの差配により、配置は客将として安全な本陣にあった。
そして、我が方とレビン軍の間には細く浅い川があるのみであった。
ケードの本陣に、馬に乗った伝令が飛び込んでくる。
「ご報告いたします。敵方およそ一万三千名と思われます」
「ご苦労」
この場合の凡そは、本当の凡そだ。
何しろ相手は人ではない。
大小さまざまな魔物の群れと言うべきだったのだ。
「両翼を拡げよ! 鶴翼の備えとなす!」
「はっ!」
ドンの命令に、本陣から十数騎の伝令が散る。
鶴翼の備えとは、いわば軍を左右に横に拡げた横陣であった。
そして、その両翼端の部隊に攻撃力の高い兵種を配置し、敵を両翼で半包囲せしめるのを主な目的としていた陣形であったのだ。
「ご報告いたします。敵方もこちらに合わせて横陣となりました」
「うむ、ご苦労」
伝令によれば敵も両翼を拡げ、こちらに半包囲されるのを防いできたようである。
だが、歴戦で鳴らすドンにとってこれは想定済みであったようだ。
「右翼のヴェロヴェマに伝令を送れ! 敵の左翼を突破し、片翼包囲を試みよとな! それを開戦の合図となす!」
「はっ!」
ケードは竜騎士が有名であるが、馬に乗る騎士たちよる部隊も精強で鳴らしていた。
今回のケード軍は、騎馬兵4000名の殆どを右翼に集中させていたのだ。
何故なら、両翼に分散配置するより、片翼に集中配備した方が効率的だったからだ。
「突撃!」
「掛かれ!」
突撃の合図である銅鑼と大太鼓の音が、山も揺らす轟音を奏でた。
敵軍の前衛は、実は奴隷として参戦させられている人間たち。
鎧も着せてもらえず、片手剣に木製の小さな盾、衣服はボロ布という、みすぼらしい出で立ちだった。
それを後ろで、2mもある二足歩行の豚の化け物であるオークが、人間たちが逃げないよう頑丈な鞭を構えて督戦していた。
「雑兵にかまうな! 駆け抜けろ!」
「はっ!」
騎馬兵4000名ともなれば、その衝撃による破壊力は絶大。
鍛えられた軍馬が雑兵を蹴散らし、馬上の騎士達の多くは、長身のランスでオークを串刺しにしたのだ。
ヴェロヴェマ率いる騎馬部隊は敵の左翼を、まるで絹を裂くが如く突破した。
……が、その時、東の空から黒い影が近づいてきた。
「……グ、グリフォンだ!」
グリフォンとは獅子と鷲の合成獣のような強力な魔物であった。
その巨体はゆうに10mを越え、大空を駆り、そして不味いことに好物は馬であったのだ。
その数100に達しようかという数のグリフォンが、馬を駆るケードの騎士達に襲い掛かる。
当然に馬は怯え、主の言うことを聞かないばかりか、主を振り落とし、多くがどこかへと逃げて行ってしまった。
「退け、退け!」
「退路を確保し、撤退!」
この空からの攻撃に、さしものケードの騎士達も攻撃を止めて撤退。
しかし、敵は逃げる騎士達に群がった。
レビンの奴隷たちは、ケードの兵士を3名殺せば開放してもらえるとの約束であったようで、馬を失った状態で重い鎧を着て動きの鈍いケードの騎士達の多くが、その贄となってしまったのであった。
「弩兵と弓隊は右翼の騎士達を援護! 空飛ぶ魔物を追い払え!」
「はっ!」
ドンの対応は早く、自陣近くまで追ってきたグリフォンたちを追い払った。
だが、さしもの大型で強力な魔物であるグリフォンを仕留めることは難しかった。
そして、ケード側の攻撃が潰えた頃合いを見計らい、レビンの魔物たちが攻勢に出てきた。
怪しげな笛の音に、おどろおどろしい打楽器が打ち鳴らされる。
「敵軍の攻撃が右翼に集中してきております!」
敵軍は馬を失ったケード軍の右翼に攻撃の重点を置いてきた。
これは当然の判断と言えた。
そして、この頃のケード軍は左翼も戦闘に参加しており、全戦域がレビン軍の攻撃に遭っていたのであった。
「やむをえん、予備の竜騎士隊を右翼の援護に回せ!」
「はっ!」
ここでドンは、虎の子の竜騎士たちを右翼の援護に回したのだ。
そうしなければ、右翼が突破され、こちらが片翼包囲されてしまうのだ。
……だが、敵の真意は違った。
「敵軍、攻勢主体を中央正面に切り替えました!」
「なんだと!?」
予備戦力を失ったケード軍に、敵側は予備戦力をケード軍中央に投入してきたのだ。
この中央攻撃部隊は、奴隷の人間たちといった風ではなく、3mを超える鬼族であるオーガや、4mの巨体を揺らす巨人族のトールなど、普段人間たちの支配地では見る事の出来ないような強力な魔物たちで構成されていた。
「逃げるな! 戦え!」
「退くな!」
ケードの前線司令官たちは叫ぶが、ケードの中央部隊は傭兵達の比率が高かった。
彼らは戦いの趨勢に敏感で、勝ち戦に強く、負け戦ではすぐ逃げてしまうという特性があったのだ。
レビン軍の中央攻撃力は凄まじく、前衛部隊はことごとく壊滅。
ドンと私のいる本陣を守るのは、副王ドメルの部隊だけとなったのであった。
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