第百二十一話……レビンの黒い影
統一歴568年6月下旬――。
ケード連盟軍はギルモアの本拠であるコーデリア城を攻略。
ここにローランド地域全域の支配を確立したのであった。
「サイゼリア城は守るに難しい。よってローランド地方の政庁はノエル城とする。城代はヴェロヴェマが務めよ」
「ははーっ!」
ヴェロヴェマはオヴの年の離れた弟であり、能力と家柄を兼ね備えた男であった。
「ふん、小童が!」
この人事に、副王ドメルはご機嫌斜め。
だが、妬みもあってこその出世争いかもしれない。
「では、全軍引き上げるぞ!」
「はっ!」
ヴェロヴェマをノエル城に残し、ケード連盟軍は潮が退くようにローランド地域から引き揚げたのだった。
ラムに帰った私と言えば、新しく産まれた娘たちにオモチャを買い、港町エウロパから定期的に来る行商人に託したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴568年7月中旬――。
ローランド地方の山々に紅い狼煙が上がった。
それはヴェロヴェマが整備していた信号網であり、敵襲などの緊急事態を知らせるものであった。
「ご注進! ご注進!」
ドラゴネットに乗った伝令が、ラムの領主館に飛び込んでくる。
「どうした!?」
「はっ! レビン蛮地の魔族たちがコーデリア山脈を越え、ロ-ランド地方に雪崩れ込んでまいりました!」
伝令の報にいち早く反応したのは、副王ドメル。
「なんだと!? コーデリア山脈の結界はどうなっているのだ?」
「……そ、それが、何者かによって破壊されていた模様です」
コーデリア山脈の結界とは、魔族が人間たちの領地に入らぬ様、人間たちが共同で作った防御策であったのだ。
そして、その結界の守護は地域領主が行わず、イングラム地方に本拠をもつノーランド教団が直接行っていたのであった。
だが、今回何者かによって、ローランド北部の教団施設が襲われ、結界も破壊されたとの事である。
「ノーランドの施設には魔族は立ち入れぬぞ!」
「まさか、人間がやったというのか?」
「しかし、ノーランドの神官たちも、まさか野盗どもには負けはすまい」
ドンの館での家臣たちによる会議は紛糾。
途中、様々な情報が入ったこともあって混乱の極みとなった。
「静まれ!」
ドンが低く響き渡る声で皆を一喝した。
「皆には色々な思惑もあろうが、我等の支配地が脅かされたとあっては、兵を出さぬという方はない。皆あらん限りの兵を集めよ! 出陣じゃ!」
「はっ」
ケード連盟とは、その名の通り中小領主たちの集合体である。
そして、加盟した領主の領土が襲われれば共同で事に当たるという掟がある。
……侵入者には死を!
これはケードの絶対的な掟であったのだ。
さらに、今の棟梁であるドンに至っては、皆から絶対の支持を得ていたのだ。
よって、今回の相手が強大な魔族といえど、この出陣の命に背けるものはほとんどいなかった。
◇◇◇◇◇
ケード全体が出陣の準備に勤しんでいる頃。
兵を預からぬ私は、フィー姫のお見舞いに来ていた。
「姫様、お加減は如何ですか?」
「おう、ライスター殿か? この頃は先生の薬がよう効いてな。不治の病気がウソのようじゃわ」
確かに姫様の血色は良く、その言に嘘はないようだ。
「ですが、無理はいけませぬ。ご養生あるのみですぞ!」
「あはは、卿も先生と同じようなことをいうのう。わかっておる、わかっておる。養生に励むぞ!」
「それがようございまする。ではそれがしはこれにて」
「うむ」
私は献上品であるゲイル地方の毛皮を侍女に渡し、姫様の御殿を退いたのであった。
その後――。
ラムの地に宛がわれていた屋敷に帰ると、懐かしい老人が訪れていた。
「アリアス老人、ようお越しになられた。お元気であったか?」
「はい、お陰様で。ところでレビン地方の魔族たちと戦われるとは本当にございますか?」
このアリアス老人。
女好きでいい加減な所もあるが、元大魔導士で博識であるのは間違いなかった。
「そうらしいな。私は本隊に従軍する客員参謀だから、さほど危険もあるまいて」
「戦ってはなりませぬ! 奴らは並の魔族ではありませぬ。ヘザーの盆地の聖職者の力を借りるのです!」
「ふむう」
……私のことなどいつもはどうでも良いような感じの老師。
今回に限ってはえらく出陣を止めてきたのだ。
かといって、ここで仮病など使おうものなら、ケードとの友好関係に水を差すであろう。
「危険が迫ったらすぐに逃げる故、心配するな」
「では、せめて殿下だけでも出陣の見合わせを!」
……そうきたか。
確かに、殿下に何かあったら困る。
彼女だけはこのラムの地に留まってもらおう。
「よし、そう致す。殿下の説得はお主に託すぞ!」
「えっ!?」
きょとんとした表情の老師をおいておき、私は出陣の準備を急ぐ。
そもそも私は、怪しげな聖職者の力を借りる気にはならない。
彼等が魔族に強い力を持つのは認めよう。
だが、それは聖なる力とは程遠い気がするのだ……。
「旦那様、お気をつけて!」
「うむ」
私は館のメイドたちに見送られ、コメットに跨ってケード連盟軍の集合地へと急いだ。
沿道のイシュタール小麦畑は青々と茂り、農民たちは手を振ってくれる。
それに対して、私は悠然と手を振り返した。
……そう、これが厳しい戦いの前だと知らずに。
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