第百二十話……ローランドの勇将ギルモア
「バークワース殿! お味方いたす!」
ルロイ城で内紛が起きたのを見計らったように、ケード連盟の将ヴェロヴェマ率いる軍勢が現れた。
彼の率いる軍勢は、ルロイ城の混乱に乗じて門を突破し、城内に雪崩れ込んだ。
「ギルモア様、敵です!」
「何をいうか! 敵はバークワースの奴だ!」
「それが、ケードの奴等も現れたのです」
「なんだと!?」
伝令の知らせに、豪胆でなる将ギルモアの顔が青ざめる。
「くそう、これまでだ! 皆の者、退却だ!」
「はっ!」
ギルモアは素早く、ルロイ城での戦いを不利と見て逃走。
だが、その知らせは味方にはあまり届かず、多くの兵がケード連盟軍の捕虜になったのであった。
「お味方、感謝いたす、というべきかな?」
「こちらこそ、お味方感謝いたす」
救出されたバークワースの困惑する表情に、ヴェロヴェマは笑って手を差し伸べた。
この二人の将でさえ泥と汗にまみれ、返り血で真っ赤であり、このルロイ城の戦いがいかに凄惨であったのかが伺い知れたのであった。
何はともあれ、ケード連盟の攻撃に耐え続けた堅城ルロイはこうして落城した。
それは、ケード連盟がほとんどのローランド地方の制圧に成功したことを示した。
そのため、ローランド地方で、ギルモアとケードどちらに味方しようかと悩んでいた地方豪族たちが一斉にケードに靡いた。
さらには、ギルモアについていた地方領主のいくらかも、ケードに帰順した。
そして、彼等の多くが、ケードの本拠地ラムを訪れ、献上品と人質を差し出したのであった。
余談ではあるが、このルロイ城の攻略の軍功第一は、ライスターという無名の男だったらしい。
彼はこの功績で、ケード連盟の上級男爵に任じられたとのことが、史書に記録されている。
◇◇◇◇◇
統一歴568年5月下旬――。
小国王ギルモアは居城サイゼリアで、次々に入って来る味方の裏切りの報を聞いていた。
それだけにとどまらず、サイゼリア城内の防衛兵でさえ、日々どこかへと消えていく始末であったのだ。
「殿、このままでは、戦いどころではありませぬぞ!」
「左様、何か手を講じねば……」
重臣たちが異口同音に悲鳴に似た言上をする。
ギルモアはいくらか憔悴した顔をしていたが、すぐにあることを思いだし、顔に血色が戻る。
「そうだ、レビンの奴等を頼ろう!」
「殿、それはなりません!」
「もうお忘れになったのですか? 奴らは人ではないのですぞ!」
「あんな奴らを頼るなら、ケードに降伏した方がましです」
重臣たちは慌てて、主人の言を遮った。
このレビンという勢力。
ローランド地方の北部の山脈の向こう側に位置するする勢力であり、かつ魔族の支配する国である。
ただそれを治める女王は、人と魔族のハーフであると言われていた。
それはともかく、以前にギルモアたちはケードを追い払うために、レビンの勢力を頼っていたのだ。
その見返りは、多数の領民の生贄に留まらず、多くの耕作地や水源が魔毒に犯され、疫病が流行り、地獄のような飢饉となったのであった。
「いや、死んでもケードの奴等には降らぬ! もしケードに降ったとて、ワシに限らずお前たちの家族も無事では済まされぬぞ!」
「そ、それは……」
「……うむ、そうかもしれぬ」
ケード連盟は降伏するものに寛大だが、何度も抵抗した敵には、残虐な方法での報復が行われていたのだ。
それは当人に限らず、家族や関係者をも辱めて残虐な方法で殺すのだ。
その一つがノコギリ引き。
土に首まで埋め、彼等に仕えてきた奴隷などに、首を少しづつ鋸で引かせるものだった。
こういう手法で、ケードは敵を恐怖に陥れ、敵にさしたる抵抗もさせずに降伏させていたのだ。
さらにいえば、裏切り者にはもっと凄惨な処罰を行うのだが……。
「では殿、レビンへの使いは誰を差し向けまするか?」
老いた宿将がギルモアに問うた。
ケードも嫌だが、魔族であるレビンも嫌なのが、重臣一同の総意であった。
「そう恐れるな。安心せい。ワシ自らが行ってくるでな……」
ギルモアも多くの者を実力で統率し、ケードに抗してきた将。
魔が支配する地域へ、家臣たちに自ら行くことを宣言したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴568年6月上旬――。
ケード連盟の首都ラムは、戦勝ムードに沸き返っていた。
今やケードの支配する地域は、本拠地のラム盆地、ジフ地方、ネヴィル地方、ヘザー盆地、ローランド地方の概ねに広がり、イシュタル小麦の取れ高は100万ディナールを超えると言われていたのだ。
ちなみに、かの統一王朝でも100万ディナールを越える領地をもつものは、大公ディナールただ一人であり、イシュタル小麦の取れ高100万ディナールというのは、今でもそれだけの名誉ある数字だったのである。
「おめでとうござる!」
「いやいや目出度い!」
私も戦勝祝賀会の末席にて参加していた。
ただ、もちろんリルバーン家のメインは殿下である。
私は、宴席があまり得意でない故、適度なところで中座したのであった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「おう、ただいま!」
ちなみに、上級男爵に任じられたこともあり、私はいくらかの俸給と小さな屋敷をあてがって貰っていた。
そのために使用人もいくらか雇っていた。
屋敷の自室に帰ると、エクレアが待っていた。
「何かあったか?」
「はい」
どうせ、あまりいい知らせでないと思っていたが、
「アーデルハイト様と、ナタラージャ様が、どちらも女児をご出産なさいました」
「…ぇ!? 私の子か?」
「間違いありませぬ」
「おお!!」
私は歓喜した。
そして、アーデルハイトの娘をルビー、ナタラージャの娘をサファイアと名付けたのであった。
更新日は祝日及び毎週土・日曜日です。
お気に召しましたらブックマークなど頂けると嬉しいです!