第百十八話……ルロイの地方豪族バークワース家
統一歴568年4月上旬――。
澄み渡る空に、緑の大地。
ローランド地方は、いくつかの小さな盆地の集まりではあったが、どこにも特色があり、旅人を飽きさせない情緒があった。
私はポコリナとクママを連れ、ルロイの城下町に入った。
城下町からは、険阻な崖にそびえ立つルロイ城が見える。
「旦那様、お宿はお決まりですか?」
「いや、決まっていない。貴方のところへ寄らせてもらうよ」
「はい、ありがとうございます」
私は気の良い宿屋の呼び込みに応じ、その小規模の宿に泊まることになった。
二階の部屋に入るなり、どこからともなくエクレアが入ってきた。
「御館様、お申し出の事案、調べが尽きましてございまする」
「うむ、ありがとう。……で、どうだった?」
「はい……」
エクレアに調べさせたこととは、先日の戦いでのルロイ城での恩賞の配分であった。
ルロイ城の防衛にあたった兵士はおよそ三千。
そのうち、ピーター=バークワースという地方有力者が、最も多い一千名を集めてきたらしい。
だが、小国王ギルモアは、バークワースたちにはあまり恩賞を与えず、仲の良い地方貴族達に多く恩賞を分け与えたらしい。
そして、今回の釣り餌であるミルリル鋼の退魔宝剣は、一つもバークワースたちにわたっていなかったのだった。
そのため、バークワースは部下たちに恩賞が出せず、とても困っているらしかった。
彼の部下たちもタダ働きできるほどお人よしではない。
そもそもローランド地方は魔物が多く、退魔の剣の需要は他地方に比べて極めて高い。
よって、リルバーン本国から取り寄せさせたのであった。
「よくやってくれた」
私はエクレアに、経費として金貨の入った小袋を渡す。
「いえ、再び調査に参ります」
「頼んだぞ!」
私は彼女を見送った後、宿の一階で昼ご飯にしたのであった。
◇◇◇◇◇
昼時――。
宿屋一階の食堂。
「クマー!」
「ぽこ~!」
麦パンとボイルした羊肉を頼んだところ、ポコリナとクママが肉を巡っての争いが勃発した。
私も久しく食べてない羊肉。
食べ盛りの彼等にとって、垂涎の品であることは間違いなかったのだ。
「お客さん! 暴れるならでていってくださいな!」
「は、はい。すいみません!」
ここは敵地だ。
万が一、治安維持の衛兵に捕まっては事だ。
私はポコリナとクママを抱きかかえ、逃げるように宿から飛び出したのだった。
「ポコ?」
「クマ~♪」
肉は取り合いにあるので、通りにあった出店で麦粥を3杯購入。
軒下で食べることにした。
二体は先ほどのことが無かったように仲良しになり、私はなんだか不思議な気分になったのであった。
その後、私はバークワース家の屋敷目指して、ルロイの街をでて、東へと歩を進めたのであった。
◇◇◇◇◇
街道を進み、二つの集落を抜け、山を一つ越えたところで、バークワース家の砦が見えた。
砦の周りには小さな町もあり、その外周には豊かな麦畑も拡がる。
町に入り砦の近くに行くと、大きな屋敷がたっていた。
「ここがバークワース様のお屋敷ですか?」
「そうだ、貴公はどちら様かな?」
私は名を名乗り、そして、屋敷を守る衛兵に、リルバーン公爵家からの紹介状を手渡した。
「これは恐れ入りました。どうぞお入りくださいませ」
「ありがとう」
屋敷の中は侍女に案内される。
王宮とまではいかないが、屋敷は調度品などに高貴な雰囲気を漂わせるものであった。
「こちらでございます」
私は領主の間に通され、バークワース卿のもとへと案内された。
「ようこそ、ライスター男爵殿。まずは一献いこうではないか?」
「あはは、ご馳走になりまする」
バークワース卿は豪胆な雰囲気で、酒好きそうな明るい男であった。
侍女たちが、葡萄酒と肴を運んでくる。
「山深い地の酒で、お口に合うかどうかはわからぬが……」
「いえいえ、おいしゅうございます」
私とバークワース卿は暫し歓談。
主に酒の話で盛りあがった。
「……で、ご用件は何かな?」
適当なところで、バークワース卿から話を切り出してきた。
「実はですね。先の戦いでの恩賞が偏っていると聞きまして……」
「ほう、つまり公爵家が、私が部下に払う恩賞を肩代わりしてくれると?」
「左様にございます。但し……」
「……但し?」
とたんにバークワース卿の目が鋭くなる。
「ケード連盟側にお味方頂きたい」
「断る!!」
私の申し出に、間髪入れずに怒声が戻ってきた。
バークワース卿は口を真一文字に結んだまま、眼を閉じていた。
「……」
だが、すぐに私を追い出さぬのを見ると、彼には彼なりの事情があって、逡巡しているようにみえた。
「お気持ちはわかりました。では、お土産だけおいていきます。また伺いまする」
そう言い、私は4本のミスリル製の退魔の聖剣を、目の前の机に静かにおいて、部屋を後にしたのであった。
私はその後、再びルロイの街へと戻った。
そして、宿をとり、宿屋の二階の部屋で深夜、再びエクレアからの報告を聞いたのだった。
「……で、バークワース卿はどうであった?」
「はい、御館様のお土産が効果を現しました。彼は戦功の主だった者たちに退魔の剣を授けた様にございます」
「……ほう、だが寝返らぬと?」
「左様にございます。理由としては、彼の妻と子がサイゼリア城にかくまわれているせいかと」
「……ほう、ではそれを解決すれば?」
「そうであっても、なんともいえませぬ……」
とりあえず、次はサイゼリア城か……。
私は静かに準備を進めたのであった。
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