第百十六話……アルル砦奪取
ハルダーが山を降りる二日前――。
私と殿下は囮の輜重部隊を率いていた。
アルル山の山頂の敵軍に、はっきりと見えるように街道をゆっくりと行軍。
「ライスター卿、敵は降りてくるのかな?」
「殿下、安心してください。敵は降りてきますよ、必ず!」
私はわざと荷車をひっくり返し、貴重な物資をこれ見よがしにばら撒いた。
慌てて皆で、散らばった物資を拾う。
ちなみに我が輜重部隊は300名。
このうち殿下が率いるのは、戦闘部隊を偽装した200名だ。
残りの100名は本職の輸送部隊である。
その日の夕方――。
「ここに幕舎を張るぞ!」
私は部下に陣を張る様に命令。
水を汲みにいかせ、食事の準備などをさせたのだった。
「ライスター卿、敵の傍で陣を張るなど正気か?」
「はい。味方の騎兵隊が向こうの茂みに隠れておりまする。ここは如何様にも敵をおびき出すべきです」
かといって、殿下を危険にさらすのは愚策だ。
殿下の休む幕舎は、敵から最も遠い場所に配置することにしたのであった。
その晩――。
食事が終わり、兵士たちは警戒しながら休むふりをしていた。
「御館様、敵が降りてきませんな」
「なあに、飢えた雑兵を統率することなど、どんな名将も出来はしないさ。明日の朝には敵は降りて来るだろう」
「左様ですか……」
ケードが付けてくれた副官が心配そうだ。
……だが、相手は必ず降りて来る。
私が敵の兵卒だったら、こんな部隊を襲わない訳が無かったからだ。
翌朝――。
朝食の準備を部下にさせていると、アルル山の方から野鳥が飛び立った。
「敵が来るぞ!」
「はっ」
私は味方に警戒するように命令。
部下たちは、あたかも油断しきったように擬態していた。
それぞれ、地面で昼寝するふりをしたり、賭博をしたりしていたのだ。
「掛かれ! 奴らを追い払って、物資を強奪しろ!」
「おお!」
凡そ15分後。
案の定、敵が山を降りてきた。
騎兵が25騎、歩兵が450兵といった感じだった。
「皆、逃げろ!」
とりあえずは、軽い荷物を引きずりながらに後退する。
そして、ワザと銀貨や宝石などを、少しずつ撒きながら逃げるのだ。
「そこの荷車を運べ!」
「はっ!」
敵兵が荷車を持ち去ろうとするが、車輪に工夫がされており、安易には動かせない。
「こら、その銭袋をおいていけ!」
敵が逃げる我々を追って来る。
「おい、深追いをするなよ!」
敵将はそう命令するが、敵兵たちは我々を追って長い距離を走ってきていたのであった。
「掛かれ! 一兵も逃すな!」
「おう!」
十分に敵が深入りしてきたのを見て、四方に伏せていたケードの部隊が一斉に敵に襲い掛かる。
砂煙をあげて、竜騎士や騎兵が敵兵めがけて一直線に突っ込む。
その後ろに、百選錬磨の徒歩戦士たちが続いた。
「……い、いかん! 退け退け!」
ここに来て、ようやく敵将が撤退を命令。
だが、それは遅きに失した。
アルル山の防衛部隊は我に返り、逃げようと試みるが、砦への退路を竜騎士や騎兵に阻まれる。
そして、ほとんど戦闘することなく、ケード連盟軍に包囲されていたのであった。
「命が惜しければ、武器を捨てろ!」
「……わかった、降伏する」
こうして敵軍は武器を捨てて降伏。
アルル山の砦は、ケード連盟軍の手に落ちたのであった。
◇◇◇◇◇
ケード連盟軍本営――。
「リルバーンの姫君、此度のことは見事である!」
「はっ、有難き幸せ!」
殿下がドンに砦奪取の戦功を認められ、褒美として栄誉の宝剣を授かった。
諸将も殿下に一目置いたようであった。
「さて、アイアースよ。ノエル城への攻撃は任せたぞ!」
「はっ!」
ケードの名将アイアースは、周辺の農民をも動員して、アルル山の山頂に巨大な投石器を運ぶ。
それに対してノエル城からの迎撃に関しては、ヴェロヴェマの騎士隊がそれにあたった。
「槍隊を前に出せ、防御円陣だ!」
「……は? はっ!」
ノエル城からの迎撃部隊は、ケードの騎士隊の騎馬突撃に蹂躙され壊滅。
ほうほうの態で、城へと逃げ帰ったのだった。
◇◇◇◇◇
五日後――。
アルル山の山頂に大型の投石器が20基ほど配備された。
「投石開始!」
「放て!」
攻城責任者のアイアースの号令一下。
投石機がうなりを上げて、次々に石弾を発射した。
無数の石弾は空気を切り裂き、鈍い不気味な音を立てて飛翔。
アルル城の高くそそり立つ城壁に次々に直撃していった。
石弾には魔法が付与されているのもあり、みるみるうちに城壁が破損していく。
「避難しろ! 逃げろ!」
「修復班はまだか!?」
ノエル城の防衛部隊は大混乱。
堅牢な石造りの防御塔も崩れ、櫓などの防御施設も次々に壊滅していったのだった。
「戦え!」
「逃げるんじゃない!」
意外なことにノエル城の指揮官たちは勇敢で、兵士たちの混乱を最低限に収めた。
そして、瓦礫の中に兵士たちを潜ませ、ケード連盟軍の攻撃を待ち受けたのであった。
「こまったな」
ケード連盟の棟梁ドンは困っていた。
投石器で城壁を壊せば、敵はすぐにでも降伏してくると思っていたのだ。
「リルバーンの姫君、いい知恵はないか?」
「ございます!」
殿下は胸を張ってそう答えたのであった。
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