第百十話……シャーロットとの旅③
「火を絶やすなよ」
私は先頭で松明を掲げるエクレアに声を掛ける。
ちょっとした遺跡巡りの旅なら何とかなるだろうと私はタカを括っていたが、それは地上部分に限ってのことだ。
地中においては人間の支配する地にあらず。
完全に魔物側の縄張りであったのだ。
暗く狭い通路を二時間ほど進み、途中でゾンビなどの魔物などと複数回交戦。
そして、とある広い空間に出た。
地面には天井の狭い隙間から細い光明が差し込む。
近づいてみると、そこには希少な薬草が一面に生えていたのだ。
「おおう、これはホワイトハーブじゃないか!?」
ガンター先生が薬草に駆け寄る。
彼は、急いで貴重な薬草を採取し、無我夢中に背負い袋に詰め込んでいった。
……だが、その向こうに巨大な影が現れた。
「ギャオオオ!」
「先生! さがって!」
私は先生を背負い袋ごと後ろに引きずっていく。
先生は非戦闘員であるだけでなく、殿下の衛生や健康の貴重な管理係であったためだ。
薄い暗闇の中。
咆え声の主がゆっくり近づいてくる。
それは巨大なクマの形をした魔物であった。
「なんだ! クマ風情か? 余に任せよ!」
殿下が長剣を抜き放ち、魔物へと近づいていく。
「危ない!」
後ろから飛び掛かり、殿下を横に押し倒し、覆いかぶさったのはエクレアであった。
刹那、魔物の口から紅蓮の炎が吐き出される。
一瞬前に殿下のいた地面の薬草が、真っ赤に燃え上がった。
「猪口才な!」
殿下とエクレアはとっさに飛びのき、態勢を整える。
長剣を突き出した構えで、殿下は魔物に突っ込んでいく。
魔物はその長剣を両手の爪で受け止めた。
その隙に、私が短弓で放った矢が魔物の首を捕える。
さらに、ポコリナの魔法の火球も魔物を襲った。
「死ね!」
そして、魔物の背中側に回ったエクレアが、毒の塗った短剣を魔物の脊柱に突き立てる。
その短剣は鋭く刺さり、魔物の脊髄に達した。
人間なら即死だが、相手は巨体の魔物。
魔物は2人を振り払って、未だ頑健なところを見せ、さらに大きく咆えた。
「ガオオオオ!」
洞窟内が振動し、怪しげな共鳴音が耳を劈く。
その音に導かれて地中から這出てきたのは、骸骨の態を成した冒険者たちの成れの果てだった。
彼等はきっとこの地で果て、魔物の僕と化したのであろう。
問題は数がざっと20を超えたことだった。
……残念なことに取り囲まれた。
私は殿下だけでなく、周囲全体に気を配らなくてはならなくなった。
「ぎゃぁ!」
後ろからガンター先生の叫び声が。
先生は左腕に矢傷を受け、手で押さえていた。
……骸骨の中には弓矢を使う者が混じっていたのだ。
これでは防戦一方では、じり貧だ。
此方から攻め掛かる必要があったのだ。
「ポコリナ! ベルチー! 先生を頼む!」
「ポコ~♪」
殿下とエクレアがクマの魔物を抑えている間に、私は骸骨冒険者たちを始末することにしたのだ。
「風の聖霊よ! 我に力を貸し給え!」
魔法の詠唱をしながら、骸骨たちの始末にかかる。
手にした愛剣が魔力含有のミスリル銀であることも手伝い、骨の躯どもを次々に始末していく。
ミスリル銀で出来た刃が触れた魔物の体は、聖魔法の青白い炎に焼かれていく。
「……!?」
瞬間移動の魔法を詠唱し終えた頃には、骸骨の魔物は三分の一を残すばかりであった。
少し余裕が出たところで、クマの魔物の方に目をやると、殿下とエクレアは頑張っているようであった。
「ていやぁ!」
ポコリナたちと共闘し、最後の骸骨を始末する。
そして、全員で手負いのクマの魔物に向き直った。
「……ガオオ??」
不利を悟ったクマの魔物は、あろうことか洞窟の奥へと逃走を試みる。
だが、私は瞬間移動で回り込み、魔物の逃走経路に立ちふさがった。
「死ねい!」
一瞬で現れた私に魔物が怯んだ瞬間。
私は魔物の首に愛剣を突きたてた。
「ギャオオオ……オオン!」
クマの魔物は大量の血しぶきをあげ、青白い魔法の炎に焼かれていく。
だが、流石は巨大な魔物。
息絶えはせず、洞窟の奥へと、重傷の体をずるずると引きずっていた。
「ポコポコ!!」
私が瀕死の魔物に止めを刺そうとすると、ポコリナが制止してきた。
「助けてやれというのか?」
「ポコ~♪」
ポコリナも正しくはタヌキの魔物。
我々には理解できない同胞愛というのがあるのかもしれない。
「わかった」
私はクマの魔物の身柄をポコリナに預けたのであった。
◇◇◇◇◇
「先生、大丈夫ですか!?」
私は矢傷を受けた先生のもとへと駆け寄る。
傷口をみると、毒を帯びた矢じりは骨に達していた様であった。
経験上、放置すれば肉が腐る。
「先生! 我慢してくださいね!」
私は薬草の汁でナイフを消毒。
そのナイフで傷口を拡げ、骨を蝕む矢じりを掻き出した。
「……がああ」
先生はあまりの痛さに苦悶の表情を浮かべる。
「……き、清き聖霊たちよ、わが傷を癒し給え!」
先生は悶絶しながらに、自らの腕を魔法で自己治癒。
そしてエクレアが傷口に薬を塗り込み、布で縛り上げたのであった。
冷静になって皆を見ると、エクレアも殿下もいくらか傷を負っている。
私の服も血が滲みボロボロだ。
それは、我々にとってかなり際どい戦いだったことを証明していた。
「ガオ……」
皆の傷の手当てがひと段落すると、ポコリナがクマの魔物を連れきた。
魔物は身振りで降伏の態を現す。
そして、クマの魔物が差し出しきてきたのは、小さな怪しく赤光る宝箱だった。
「おお、奇麗なものだな!」
殿下が感嘆の言葉をあげる。
そして、その箱をゆっくりと開けると、そこには古代イシュタル時代の白金貨がぎっしりと詰まっていた。
「これはすごい! 古代文明の白金貨など初めて見たぞ!」
「それはようございましたな。ではこの洞窟を早く出ますぞ」
これ以上先に進んだら、命がいくつあっても足らない。
私は殿下の気持ちが変わらぬうちに、急いで洞窟の出口に向かおうとしたのだった。
「!?」
……だがその時、私は何かにズボンのすそを掴まれたのだ。
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