第百八話……シャーロットとの旅①
「なにを驚くのです? 公爵ともあろう方がみっともない」
「……はぁ」
「余は目の光を一時的に失っていますが、その勇壮な足取りの音、その愛すべき逞しい香りを覚えておりますよ」
眼の光を失ったものは五感後鋭くなるという。
殿下もそのような具合といった事か?
「さすれば、御免!」
私はエクレアたちに目配せをし、シャーロット殿下を横抱きに抱える。
そして、瞬間移動の魔法を唱えたのであった。
風の精霊たちが私達を優しく包み、城外へと誘う。
つむじ風が去った後には、私たちの姿は尖塔には無かった。
後に残ったエクレアたちは、部屋に残る王家の旗などの財宝を接収。
速やかに来た道を引き返したのであった。
◇◇◇◇◇
その日の明け方――。
空がうっすらと白んでくる。
私はエクレアたちを待つ間。
シャーロット殿下と同じ時間を過ごした。
「シンカー、無事だったのですか?」
「あまり無事ではありません。今は姿を変えて、ライスター男爵を名乗っております」
「王宮の為に苦労をかけてすまないな」
「いえ、一度は平民風情を公爵にして頂いた恩、一生忘れることはありませぬ」
「……そうか、嬉しい言葉だな」
私の言葉に嘘はなかった。
出世は私だけの恩恵にとどまらない。
毎月、私の給与から一定割合を、出身の孤児院に寄付することが出来たのだ。
これにより多くの孤児が、最低限の読み書きを得て社会に旅立ったのだ。
「さすれば、余にも何か欲しいくらいだな」
「……いつか、何か恩返しをしたいと考えております」
「抜かせ、今さっき尖塔の狭間より余を救ったくせに……」
その言葉を受けた時。
丁度エクレア達も集った。
すぐにでも出立できる様子、追手がかかる前に出払いたい。
「些細なことです。出発!」
私はコメットを促し、東へと帰路についたのであった。
◇◇◇◇◇
六日後の朝――。
エウロパの領主の館。
救出したシャーロット殿下に対し、正式に臣下の礼を取り、恭しく出迎えたのはイオであった。
ここにきて殿下は、魔法治癒の甲斐もあり、概ね視力を回復している。
「御尊顔を拝し、恐悦至極に存じまする」
「そのような挨拶はよい、いまや余も公爵の身。対等に話そうぞ」
「有難き幸せ」
イオが合図をし、シャーロット殿下との会談のためにテーブルが用意され、南国の珍味である珈琲が運ばれて来る。
周囲に深いコクのある香りが漂う。
「さて、リルバーン家の当主殿には、お願いがあってな」
「なんでしょう? 当主に変わってお伺いいたします」
「さすれば、余がこの地に来たことも無くしてもらう。そして余は各地を旅して、統治者としての見識を高めたいのだ」
「さすれば、再び女王の位に着かれるのですか?」
イオの言を聞き、殿下は「ふふふ」と笑い、否定するようでも肯定するようでもない表情を浮かべる。
「もし、王に相応しきものが世を治めるなら、こんな乱世が100年も続くまいて、さて……、返答は如何に?」
「畏まりました。旅のご用意を致しまする」
「かたじけない」
その後、暫しの雑談を経て、イオとシャーロット殿下の会談は終わった。
リルバーン家としては、殿下の旅の用意を成すために、幾ばくかの軍資金と人員を拠出することになったのであった。
◇◇◇◇◇
その昼――。
私はイオの秘密の部屋に呼ばれた。
「どうかしたのか?」
「お前様、殿下のお付き添いをする気はありませんか?」
「唐突になんだ? 私がノンビリここにいてはいかんのか?」
「それは構いませぬが、お前様は日ごろから王室に幾ばくか恩義を感じているご様子。これは良い機会かと思いまして……」
「……ふむう」
私は、元は傭兵の身の上。
産まれてこの方、宿なしの風来坊である。
旅も好きであり、確かに長い宮廷暮らしは、退屈になりそうな予感もしたのであった。
「わかった。引き受けよう。ゲイルの代官はアーデルハイトを当ててくれ。副官にはナタラージャを……」
「わかっております。我が家の出世を助けてくれた功臣を、私が目の黒いうちは無下にすることはありませんよ。心配することなくお出かけくださいませ」
「……そうか、頼んだぞ!」
私はイオの背中を抱き寄せ、頭を優しく抱いた。
視線を部屋にやると、おもちゃで遊ぶオパールの姿が目に入った。
……私は過分の幸せにある。
もっと謙虚に生きねばな……。
私の脳裏には、若くして戦死した戦友たちの顔が浮かんだのであった。
◇◇◇◇◇
翌日の昼――。
私は荷物を荷馬に載せ、殿下の出立に備えた。
「御館様、こちらも……」
イオの側使えの侍女が、羊皮紙の命令書を持ってきた。
私は羊皮紙を拡げ、中身を確認する。
そこには、リルバーン家とケード連盟の絆を強固にしてほしい旨が記されてあった。
リルバーン公爵家は、王宮を仕切るクロック派閥から、あまりよい印象を持たれていない身の上。
家の安泰の為に、できれば後ろ盾を強固にしてほしいとのことだったのだ。
貴族家として、時には自分をも顧みないお家第一の考え方。
きっと姉のアーデルハイトとの協議のことなのであろう。
私にはあまりよく理解できないが……。
ちなみに、今回のシャーロット殿下は、イオの妹でリルバーン公爵家の名代という立場に扮するとの事。
それは逞しい白馬に跨り、銀甲冑を着こなした出で立ちだった。
「ライスター男爵殿、余はもうすでに話を聞いておるぞ!」
マントを翻すその威容は、まさに生まれながらに王族。
私とは到底比べるものではなかった。
「はっ! さすれば参りましょう!」
私達はリルバーン家の密命を帯び北上。
……だが、見聞を広めたいという殿下のご要望もあり、悠々とした時間制限の乏しい旅となったのであった。
更新日は祝日及び毎週土・日曜日です。
お気に召しましたらブックマークなど頂けると嬉しいです!




