第百七話……エクレアと登る尖塔
統一歴567年11月中旬――。
王宮から各領主へ向けて早馬が飛んだ。
それはクロック公爵が女王シャーロットの養子となり、王位を譲られる事が正式に決まったという通知であった。
その式典は大々的なものとなり、多くの地方領主が出席するところとなったのであった。
「……ふむう」
「どうなさいますか?」
「欠席だな」
私は、その知らせをゲイル地方で受け取った。
ここから王都シャンプールまでは遠く、私は王宮から見れば、陪臣の地位であることからも出席を見送ったのであった。
そして当日――。
リルバーン公爵家としては、イオが領主代理として出席したとのことだった。
こうして統一歴567年11月。
こうしてオーウェン連合王国の王は、紆余曲折を経てニコラス=クロックとなったのであった。
代わりにシャーロット=オーウェンは、公爵となり臣下の列に降った。
だが、先の王であるということから、呼び名は一代限りの大公爵となり、他の王族や貴族家とは一線を画すところとなったのであった。
◇◇◇◇◇
ゲイル地方、政庁に立つ私の眼下のエンケラの港町は活況を呈していた。
船の増加により漁獲が増え、さらにゲイル地方特産である海獣の毛皮の価格の高騰が町の市場を活性化させていたのだ。
この毛皮の持ち主である海獣はマモルと呼ばれ、古くから魔物と分類されているモノであった。
マモルは可愛い見た目であったが狂暴で、よく船乗りたちを襲うほどであったのだ。
だが、エンケラの港町が整備されたことにより、マモルの捕獲の安全性が向上。
さらに、その毛皮の毛並みの良いことが王都シャンプールの貴族達に知られるようになって、価格が一気に高騰しているのであった。
「うまくいってますな?」
「……ん、何がだ?」
私はアーデルハイトの問いに、不機嫌な答えをしてしまったことをすぐさま反省した。
「すまん、先の女王様のことが気になってな」
「そ、そうですね。とても気になりますね」
私は他の仕事を頼んでいたエクレアを、急ぎエンケラの政庁に呼び寄せていた。
「お呼びでございますか?」
「ああ、先の女王様であるシャーロット殿下の状況について調べてくれ」
「はっ!」
私はエクレアの出立を見送った後、政庁の執務室に戻った。
そこには山と書類が積まれていたが、それは一方で税収の増大を意味していたのだ。
「さあ、やるぞ!」
「はい、ご領主様!」
私はその後、数日間。
事務補佐としても雇っていたパーシバル少年と共に、書類の山と格闘したのであった。
◇◇◇◇◇
六日後――。
諜報員であるエクレアが戻ってきた。
「どうであった?」
「それが……」
彼女が言うには、シャーロット殿下はクロック派により王城の尖塔に幽閉されているとのこと。
また、二週間前に毒殺未遂にあったそうだ。
だが、その犯人は分からない。
そして、毒の影響か眼を患っており、政争の疲れもあって一日中伏せているらしい。
「……ふむ」
「殿下をお助けになりますか?」
「ん?」
陰に徹するエクレアが珍しく口を開いた。
「里を救って頂いた恩が我等にはありまする。救出となれば、里の者は皆、御館様に命を預けまする」
「……そうか」
王城へ忍び込み、失敗すればタダではすむまい。
高貴なもののプライドを傷つけるほど、危ないことは無いのだ。
「わかった。シャンプールの王城に忍び込むことにする。決行は10日後だ」
「はっ」
私は鏡を見て、顔全体を覆う火傷を確認する。
万が一に捕まった時に、死しても素性がバレてはならないのだ。
そして一月に一度飲む、声変わりの魔法薬を口にしたのであった。
◇◇◇◇◇
10日後の夜――。
空からミゾレが降り、手がかじかむ。
だが、月には厚い雲もかかっていて好都合であった。
私はエクレアとその従者たちと、王城の北側の郊外に待機していた。
王城の南側は街が拡がっているが、北側はそれが無く、外壁から宮殿に近い。
その分濠が深く、壁が高かったのだが。
「では、行くぞ!」
「はっ」
我々は木製の浮きにしがみ付き、粛々と水堀を泳いで渡る。
もう暦は12月。
水の冷たさは、骨の髄に染みるものがあった。
濠を渡り切った後は、手の甲にかぎ爪を嵌める。
石でできた城壁を登るためだ。
「こっちだ、こい!」
「はっ」
見張りの位置を確認し、死角に移動する。
どうしても死角がない場合は、見張りの兵士に眠り薬を塗った吹き矢を使用した。
「よし、登るぞ!」
「はっ!」
我々の総数は、エクレアたちを含め6名。
影働きの手練れだけを集めた、少数精鋭での編成であった。
城壁を登る我々に遮蔽物はない。
よって、塗れた体に吹き付ける寒風が痛かった。
城壁は高く、もし滑落すれば、間違いなく死するほどの高所だった。
到底、男爵のすることではないなと自嘲する。
時折、壁に張り付きながら休み、見張り台の兵士たちの眼を盗みつつ登る。
城壁と格闘すること3時間、握力が抜けきった頃に、シャーロット殿下の幽閉された尖塔へと到達したのだった。
「行くぞ!」
「……!!」
私の合図とともに、雨戸が壊され、皆で部屋に突入する。
中には護衛の兵士はおらず、女中が2名いるだけだった。
2名の女中に猿轡を噛ませ、縄で縛り上げる。
「何者だ!?」
流石に、豪華な寝具にて休むシャーロット殿下に気付かれた。
殿下は眼に包帯をなさっていて、眼が不自由であることが見て取れた。
「殿下、暫し我慢なさってくだされ」
そう私が伝えたところ、思ってもない返事が戻ってきたのだ。
「其方は、リルバーン公爵殿か!?」
「……!?」
何故だ、見た目も声色も違うのに。
何故ばれた?
……私は焦燥感で、一杯になったのであった。
更新日は祝日及び毎週土・日曜日です。
お気に召しましたらブックマークなど頂けると嬉しいです!




