第百四話……リンゼイ=ウェストバリー
「あの船はなんだ!?」
チャド公爵軍の船が、ハーディー城の包囲を解いた途端。
突如岩陰から、1艘の大型軍船と4艘の中型船が現れた。
軍船の帆には、大きくリルバーン家の紋章が描かれていたのだ。
「上陸せよ!」
リルバーン家の軍船であるリヴァイアサンにて指揮をとるのは、海風に美しい銀髪を靡かせるスカーレット提督。
彼女の船団はハーディー城の海側にある桟橋に接続。
兵員1000名と共に、食料や軍需品の運び込みにかかったのであった。
「急げ! 潮が退くぞ!」
スカーレットの船団は、城に兵員と物資の搬入を終えると、また何処かへ去っていった。
これにより、チャド公爵軍のハーディー城攻略は、振り出しに戻ったのであった。
◇◇◇◇◇
スカーレット提督による物資搬入の十日前――。
私はチャド公爵軍の補給部隊を捕捉すべく、手勢25名を率いてソーク地方の北西部に進出していた。
とある丘に登った時。
眼下の街道に何かを運んでいる馬車を見つけた。
隊商のようではあったが、偽装した補給部隊かもしれなかった。
「アーデルハイト、あれはなんだと思う?」
「……さて? 隊商のように思われますが、偽装部隊かもしれません」
遠眼鏡を駆使して見ると、護衛は傭兵が15名といったところであった。
「よし、襲ってみるか!」
「はっ!」
私はコメットに跨り、手勢を率いて隊商の行列の前に躍り出た。
「止まれ! 止まれ!」
「何者だ!?」
我々が道を塞ぐと、護衛の傭兵達が前に出て来る。
だが、数と装備がまるで違う。
こちらは紛れもない正規の騎兵部隊だったのだ。
「おう、旦那。これは相手が悪い。追加料金を貰っても御免だぜ!」
傭兵の長らしきものが、隊商の主人らしき商人に捨て台詞を吐き、どこかへと去ってしまった。
こうなると隊商の長は怯えて、馬を降りて地面にへたり込んでしまう。
「……あの、お許し願えるなら、積み荷は全てさしあげます」
ちなみに、ここは曲がりなりにもオーウェン連合王国領。
そこの貴族が、自国の商人相手に強盗するわけにはいかなかった。
「恐れることはない。積み荷検めだ! 中を見るぞ!」
商人が運んでいた馬車の幌を捲ると、中は木でできた檻で出来ており、奴隷たちが多数収納されていたのであった。
「これが免許状でございます」
王国において、奴隷商人は免許制で違法ではなかったのだ。
商人は、恐る恐る許可証を私に見せてきた。
「……ふむ」
検めてみるが、よくわからない。
アーデルハイトに見てもらうと、本物であるとのことだった。
積み荷は奴隷が数人で、どう転んでもチャド公爵軍の補給部隊ではなさそうだった。
「御館様、どうします?」
ナタラージャが聞いてくる。
もし正義感に駆られ、奴隷たちを解放すれば、今度は商人が路頭に迷う危険があったのだ。
かといって、今ある軍資金は大切にしたい。
「貴族様、買って頂ければ、きっとお役に立ってみせます。お願い致します」
ある女奴隷が熱心に売り込んでくる。
きっと、皆助かりたいから、必死なのだろう。
「何の役に立つんだ?」
私は、何も期待せずに聞いてみた。
「剣技に優れ、馬が扱えます!」
……意外で面白い反応が返ってきた。
ひょっとして、元は貴族階級の娘だろうか?
今、手勢は25名しかいない。
補給線を襲撃するには、手練れは涎が出るほどほしかった。
「夜伽も出来るか?」
「……、お望みとあらば!」
冗談だったのだが、凛とした回答を頂いた。
……その気概や良し。
「親父! この奴隷たちを全て売ってくれ!」
「毎度あり!」
商人は揉み手をして近づいてくる。
私は金貨が入った革袋から、言い値で代金を支払ったのだった。
「有難うございます! この恩は忘れません」
「もちろん忘れてもらっては困るぞ! お前たちは今から私の貴重な兵士なのだからな」
感謝してくる女奴隷に、私は笑って応えた。
「ところで剣の覚えがあるのだな? どこで覚えた?」
「実は、……」
女奴隷に詳しい事情を聞いてみると、彼女の名前はリンゼイ=ウェストバリー。
ソーク地方北部に縄張りを持つ義賊の親玉だった。
どうやら数日前に、昔からの部下に寝ている時に反乱を起こされ敗北。
その結果として奴隷として売られたらしい。
彼女と一緒に奴隷となった者たちは、彼女の側近であり、同じく剣を扱える者たちだという。
……もしかして、安い買い物だったのかもしれない。
彼女たちは体を洗いたいようなので、我々は小川に向かう。
その移動時間を利用して、彼女にチャド公爵軍の補給線を襲う旨を伝えた。
「あの、もしよろしければ、もっと戦力が必要なのではありませんか?」
「……ん? 当てがあるのか?」
「はい、我が山賊団の統領の座を取り戻していただければ……、部下たちもきっと役に立ちまする」
「ふむう」
話を聞くに、ウェストバリー山賊団は100名を数える大所帯。
手下に加えたら、大きな戦力になるに違いなかったのだ。
「よし、統領に戻ったら約束を果たしてもらうぞ!」
「はい!」
私は一路、ウェストバリー山賊団のアジトへ向かうことになったのだった。
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