第百三話……峡谷での戦い!
満ち潮の為、チャド公爵軍はハーディー城には手が出せない。
チャド公爵は悶々とした日々を過ごしていた。
「公爵、大変です! 後方の補給部隊がやられました」
「なんだと?」
チャド公爵軍はこの辺りの道にも詳しく、毎回ルートを変えるなどして補給物資を前線に運ばせていたのだ。
「……で、相手は王国軍か!?」
「それが……、山賊の様です」
「なんだと!? それはまことか!?」
チャド公爵はすんなりとはその報告を信じなかった。
食料を運ぶ補給隊には、50名もの正規兵の護衛をつけていたのだ。
さらに言えば、補給部隊自体も正規兵。
武器をとれば、山賊相手に後れをとるわけが無かったのだ。
「はい、奴等はこの辺りに出没する山賊です。衣装や武器が、確かにウェストバリー山賊団のものでした」
ウェストバリー山賊団とは、ソーク地方北部のジュリウス城の北部に縄張りを持つ、昔から有名な山賊団であり、現在の頭目はリンゼイ=ウェストバリーという隻眼の女族長であったのだ。
「なぜ奴等が、我々の邪魔をする? 奴らは義賊を名乗っているのではなかったのか?」
「そ、そうなのですが……」
報告する兵士は口ごもる。
ウェストバリー山賊団は重税を課す領主などを襲う賊であり、どちらかと言うとオーウェン連合王国の敵であった。
それが何故、王国軍を助ける行為をするのか。
チャド公爵には、その理由が全然わからなかったのだ。
「よし、補給部隊の護衛を100名に増やせ。それで何とかなるだろう!」
「はっ」
ウェストバリー山賊団は聞くところによれば、多くても数は100名程度らしい。
同数ならば正規兵に勝てるはずはないと公爵は考えたのであった。
◇◇◇◇◇
その晩――。
公爵が眠る幕舎に急使が転がり込んでくる。
「公爵閣下! 再び山賊に補給部隊がやられました!」
「ま、またか!」
チャド公爵の本拠であるファーガソンからは、この地まではさほど距離がない。
それなのに補給線を執拗に襲われるとは考えていなかったのだ。
それゆえ、前線にはほとんど食料をおいておらず、少しでも補給が滞ると、すぐに矢が尽き兵が飢えるような状況であったのだ。
「近くの王国軍は、たしかに引き上げただろうな?」
「はい、オルコック将軍の部隊は王都に帰ったのを確認しておりまする!」
王国軍はこの地にはいない。
やはり相手は山族であるらしかったのだ。
「パン伯爵を呼んで参れ!」
「はっ!」
チャド公爵は寝巻のまま席に着く。
暫し後に、武装したパン公爵が幕舎に入ってきた。
「公爵閣下、何用で?」
「おう、伯爵。補給線を襲う山賊の噂は聞いておろう?」
「はい、小癪な奴らでございまする」
「それを伯爵に排除してほしいのだ。城の方はしばらくこの潮では何もできまい?」
パン伯爵はハーディー城の攻略担当。
皆がやりたがる名誉な前線指揮官であった。
半面、補給部隊の護衛は裏方。
とても大身の伯爵がやる仕事では無かったのだ。
「かしこまりました」
そのような事情で少し躊躇したが、パン伯爵は命を承諾
後方へ向けて、兵500名を率いて向かうことになったのだった。
◇◇◇◇◇
夜分遅く――。
月は厚い雲に隠れていた。
「皆、急げ!」
山賊をいち早く捕捉するために、パン伯爵の部隊は急いでいた。
幾人もの兵士が松明を掲げ、煌々と周囲を照らしながら行軍していた。
そして、狭い峡谷の中を進んでいた頃。
隊列の先頭の前に大きな岩が落ちてきて、たださえ細い道を塞いだ。
「なにごとか?」
「それが落石にございます。除去するまでしばらくお待ちください」
部下の報告を聞き、いらつくパン伯爵。
早く戻らねば、名城であるハーディー城を攻略したという手柄を、他の貴族に奪われかねない。
その時の伯爵は、確かに平常心では無かった。
通路の確保のために、パン伯爵の部隊は完全に停止。
兵士たちは休息をとり、馬に水を与えていたのであった。
ビュッ――。
ビュッ――。
空気を切る鈍い音。
馬上にあったパン伯爵は、右肩に焼けるような鋭い痛みを感じた。
肩を見れば、矢が刺さっていた。
しかも、その矢は黒塗り。
明らかに夜襲用に作られた矢であったのだ。
「……いかん。皆の者! 伏兵だ、退け!」
パン伯爵がそう命令するのと同時に、崖の上から沢山の岩や矢が降ってきた。
狭い峡谷の中、逃げられる場所は後ろのみ。
だが味方が邪魔で逃げられない。
パン伯爵の兵士は、逃げることも出来ずにバタバタと矢に倒れた。
「盾を構えよ! 落ち着け!」
下級指揮官たちが兵士たちを落ちつかせようとするが、暗闇の中、どちらを向けて盾を構えていいのかもわからない。
騎士たちの馬は暴れ、主人を振り落とし、暴れた。
……このままでは全滅だ。
やむを得ぬ。
パン伯爵は愛馬にひと際強く鞭を入れた。
愛馬は味方の兵士たちを蹴り飛ばし、主人の命じるままに走った。
「くそう! 覚えておけよ!」
パン伯爵は素早く判断し、部下の兵士たちを見捨てて峡谷を脱出した。
それに付き従う者は数名。
ほぼ全滅と言ってよい状況で、チャド公爵の待つ陣地に引き返したのであった。
◇◇◇◇◇
「申し訳ありませぬ」
「うぬう」
チャド公爵に作戦失敗を報告するパン伯爵。
しかし、伯爵は更に言葉をつづけた。
「……しかし、公爵。いっそのこと船で補給をしては如何でしょう?」
チャド公爵軍は、城の包囲に三艘の中型船を動員していた。
今は満ち潮なので、その間に船で補給物資を運んではどうかと提案したのだ。
「そうじゃな! 流石はパン殿。相手は山賊だ。海まで手出しできぬわ!」
先ほどの敗戦を公爵は忘れたようだ。
それを見て伯爵はホッと胸をなでおろした。
なにはともあれ、補給作戦は三艘の船が担当することになったのだった。
……だが、その後。
「しまった! そういうことか!?」
パン伯爵は海の方を向いて悔しがったのだった。
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