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僕の純文学作品集

甘じょっぱい 酸っぱじょっぱい しょっぱ苦い

作者: Q輔

 私は、スナック菓子メーカーで働くサラリーマン。5年間の製造ラインでの実務を経て、今年から商品開発部に配属をされた。我が社の業績は、ここ数年下降の一途を辿っており「ヒット商品の開発が急務だ。商品開発部は総力を挙げて、まだ誰も食べたこともない新感覚のスナック菓子を開発するように」と上層部に尻を叩かれている。一年目の私も、重度のプレッシャーのなか、日夜、新商品の開発に努めている。


 誰も食べたことのない新感覚のスナック菓子……まったく上層部の連中ときたら、言うのは簡単だよ、だったらそのアイデアを下さいよ、アイデアを。最近すっかり愚痴っぽくなった私は、いつものように開発室の机で新商品の発案に頭をひねる。


 さて、そもそも「新感覚」という言葉は、三つのニュアンスに分類されると、私は考えている。それは「新しい見た目」「新しい食感」「新しい味覚」だ。今回は、そのうちの「新しい味覚」に着目して開発を進めてみる。


 新しい味覚でヒットした商品で記憶に新しいのが「柿の種チョコ」だ。塩味の効いた粒状の米菓に、チョコレートをコーティングしたお菓子。私が試食した時期には、巷には類似する商品が溢れていて「甘じょっぱい」というキャッチフレーズをよく耳にした。少なくと、もそれまで「甘じょっぱい」などという難解な味覚の表現は無かった。ハッピーターンのように、「甘じょっぱい」に該当するお菓子は既にあったものの、それを言い表す適当な言葉が存在しなかったのだ。


 ここまで考えて、私は、ある仮説を立てた。


「甘じょぱい」お菓子とは、ひょっとして言葉先行で開発された商品ではないか? 


 つまり、商品を開発した後に「甘じょっぱい」というキャッチフレーズが生まれたのではなく、先ず「甘じょっぱい」という消費者が興味をそそるような新しい造語をひねりだし、その後、それに該当する商品の開発を進めたのではないかという説である。


 そうだ。きっとそうだよ。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。新しい味覚とは、それを言い表す新しい言葉なくして成立しないのだ。よし、この説に基づけば、新しい味覚の商品開発など容易いぞ。


 さあ、斬新な切り口で商品開発を始めよう。準備するものは、メモ書き一枚だけだ。そこに「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」「うま味」という五味を記す。ついでに五味には該当しないけれど「辛味」という言葉も書いておく。あとは、それらの言葉を漏れなく組み合わせ行けばよい。既成の言葉は除外して、新しい味覚を言い表す表現のみをピックアップしてみる。


 甘味 + 酸味= 甘酸っぱい → もうある。


 甘味 + 塩味 = 甘じょっぱい → これも、もうある。


 甘味 + 苦味 = 甘苦い → ビターチョコとか。


 甘味 + うま味 = 甘うまい → ありそうで聞かない。でも、いまいち。


 甘味 + 辛味 = 甘辛い → 昔からある。


 酸味 + 塩味 = 酸っぱじょっぱい → うおおお、新味覚発見!


 酸味 + 苦味 = 酸っぱ苦い → フルーツに抹茶ソースをかけたデザートを食べたことがある。


 酸味 + うま味 = 酸っぱうまい → ありがち。いまいち。


 塩味 + 苦味 = しょっぱ苦い → ぬおおお、新味覚発見!


 塩味 + うま味 = しょっぱうまい → ふん。つまらん。


 塩味 + 辛味 = 塩辛い → 使い古されている。


 苦味 + うま味 = 苦うまい → ゴーヤとか。


 苦味 + 辛味 = 苦辛い → つまらん。


 うま味 + 辛味 = うま辛い → 使われ過ぎている。


 ひゃっほ~い! 新しい味覚、発見しちゃったああ! 大ヒット間違いなしの新商品のアイデア、見つけちゃったよ~ん!


 酸っぱじょっぱい。


 しょっぱ苦い。


 あとは、この造語に該当する商品の開発を進めればよいのだ。さっそく開発室の調理台で試作を始めよう。


 無味のポテトチップに、絞ったレモンの果汁をたっぷりと染み込ませ、その上に、ゴリゴリとすり潰した岩塩を、まんべんなく振り掛ける。やったぞ! 試作①「酸っぱじょっぱいポテトチップス」の完成だ。期待に胸を膨らませ、その一枚を試食する。


…………馬鹿みたいに不味い。


 こんなに不味いお菓子を食べたことがない。酸っぱじょっぱいとか、そんな流暢な次元じゃない。食べたチビッ子のトラウマになる。ああ、不味い。怒涛の不味さだ。


 諦めるのはまだ早い。アイデアは、もうひとつ残っている。試作を続けるのだ。


 梅干し風味のポテトチップに、ニガウリのパウダーをまぶす。やったぞ! 試作②「しょっぱ苦いポテトチップス」の完成だ。「南無三なむさん!」と叫び、その一枚を試食する。


…………親の仇のように不味い。


 慌てて水を飲むが、舌先に残った猛烈な嫌悪感が拭い去れない。許せない。こんな食べ物がこの世に存在してはならない。

 

 開発室の窓から外を見ると、色とりどりの光が大空にぶちまけられている。赤、青、黄色、オレンジ、紺、さまざまな光が複雑にまじり合った、まるで嘔吐物ような夕暮れ。


 ああ、新商品開発への道は長い。


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― 新着の感想 ―
[一言] 苦じょっぱいはどっかで聞いた覚えがあるな
[一言] 途中まで上手く行っているように見えるところが面白い笑
[良い点] 主人公の試行錯誤ぶりが面白かったです。 考えた末に生み出した「新味覚」ですが、やはり美味しくはなかったようで…。 斬新かつ皆にウケるものを生み出すことの難しさがよく分かりました。
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