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棗ノ怪異物語  作者: 夏野
返魂香ノ怪
15/29

(見張ってくれと言われましても……)

 食えない坊主、西安を見張れと命じられた柚は、陽岳寺に残っていた。しかし表向きは用もないのにいれば、西安に怪しまれるのではと、所在なげになってしまう。玉緒も暇そうに、欠伸(あくび)をした。

「柚さんは帰られないんですか?」

 庫裏(くり)にいたはずの西安に声をかけられて、柚は思わずびくりとした。

「あ、えっと……もう少しここを見学していこうかなって」

「もしかして、私を見張っているように浦野様から言われましたか?」

(ぎくっ……!)

 あからさまに驚いた柚は、それでも取り(つくろ)った。

「ま、まさか……!立派な本堂だなって……」

 西安はそれ以上、問い詰めることなく、冗談ですといった感じである。安心していいのか、それとも西安はわかっていてあえて何も言わないのか。やはり心底の計り知れない男である。

「夜まで待っていただければ、特別なものを見せてあげますよ」

 陽岳寺にいることを許されて、ほっと胸を()で下ろす。

 春太郎が帰ったあとには、すでに陽が沈みかけていた。西安と談笑していれば、あっという間に宵闇(よいやみ)が訪れる。

 夜の寺はどことなく不気味だ。風に揺れて奏でられる葉音が、不安を(あお)っているようである。いつまでも外にいたら怖いので、西安にいいものを見せてくれとねだろうとすれば、ぞろぞろと寺には人が集まってきた。

 集まって来た者たちは浪人か町人で、皆が男である。本堂の中に吸い込まれるように入っていく。

「あの人たちは……?」

「覗いてごらんなさい」

 西安は悪戯(いたずら)そうに笑っている。何かろくでもないことかもしれないと思いつつ、好奇心は抑えきれない。

 本堂の扉の隙間から、恐る恐るといった感じで中を(のぞ)いた。

(なっ……!)

 壺振りに合わせて、威勢良く聞こえる丁半の声。男たちは(さい)の目に釘付けになっている。

 陽岳寺の本堂で行われているのは、紛れもない博打(ばくち)だった。

「博打じゃないですか!早く止めさせないと」

 柚は西安の元にすっ飛んで行った。同心の千蔵の顔が()ぎって、今すぐに密告したい気持である。

「皆さん楽しんでらっしゃるのに、無粋な真似はしたくないですね」

「でも違法ですし……もし見つかったら、西安さんだってただじゃすみませんよ」

「この寺で博打をするのを駄目とは申しておりませんが、よいとも申しておりません。勝手にあの方たちが博打をしているだけで、私に(とが)はありませんから」

 西安は本当に坊主なのだろうか。疑いの眼差しで見るも、西安は堂々としている。本当に食えない人物だ。

 このまま西安を探っていれば、庄屋に出る幽霊の事件に関わっていなくても、博打のように、他にも怪しいことが出てきそうである。

 さて、主はまだ迎えに来そうにない。お腹も空いたし帰ってもよいだろうか。

「柚!何でこんなところにいるんだ」

 聞き覚えのある声に、顔を向けた。

「権助さん!……って、博打もやるんですか?」

「もってなんだよ。最近は大人しく、大人しくしてるっていうのに(ひど)いぜ」

「強調しているところがまた怪しい……」

 権助がするのは可愛い悪事くらいに思っていたが、博打までしているとは何だか哀しい。しかし、権助は否定した。

「俺は博打をしに来たんじゃなくて、人に会いに来たんだよ」

「なんだぁ。おもんちゃんに言いつけようか、迷っちゃいました」

「それはそうと、柚もあいつに会いに来たのか?」

「私は旦那様の仕事の手伝いです。あいつって……」

 柚に博打をするような知り合いはいない。思い当たる人物がいないという顔をすると、権助は口ごもりながらも答えた。

「寅二だよ」

「……?あ……」

 あいつはよく賭場(とば)に出入りしていて、ろくな奴じゃない。お見合いが不成立になって正解だったと、権助に(なぐさ)められたことを思い出す。

 寅二は、お見合いをするはずだった相手である。

「柚のためにも一発くらいぶん殴ってやろうと思って来たんだ」

 いつもは揶揄(からか)ったり調子のいい権助だが、なんやかんやで兄のようにしてくれるのだと、見直した。

「殴ったら権助さんまで悪くなっちゃうでしょ。私はもう、気にしてないから」

「けどよ…………そっか」

 柚の中で解決しているなら余計な真似はしないと、権助は納得する。

 賭場を開いている寺になど、いつまでもいられない。権助と一緒に帰ろうとすれば、西安に呼び止められた。

「特別なものは、よろしいのですか?」


(賭場のことじゃなかったのね)

 てっきり特別なものとは賭場のことであり、西安が面白がっていると思ったが、違ったようだ。

 権助も興味津々(しんしん)な様子で、柚と同席する。

 庫裏に案内された柚たちは、そこで小さい壺のようなものを西安に見せられた。

「この寺に代々伝わる香炉(こうろ)です」

 (てのひら)に収まるくらいの銅製の香炉で、周りは蓮の花の形が(ほどこ)されている。

 素人目には、何の変哲もない香炉に見えた。

「高い香炉だかなんだか知らねぇけど、坊主のくせに自慢しようってのか」

「権助さん……!」

 西安は動じずに答える。

「お値段としては、さほど高価にはなりませんでしょう。この香炉は返魂香(はんごんこう)と申しまして、特別な力を宿しているのです」

「返魂香……」

 柚は名前を(つぶや)いてみる。春太郎であれば知っているのかもしれないが、怪異には詳しくないので聞いたこともない。

「特別な力ってなんだよ」

「香を()けば、たちまち死者の姿を映し出してくれるのです」

「「……!」」

 柚と権助は顔を見合わせて驚く。が、権助は信じられないといった顔に変わった。

「幽霊が()りついてるってんならともかく、そんなけったいな壺があるわけないだろ」

 かつて家神に憑かれたことのある権助でも、鵜呑(うの)みにはできないようだ。かくいう柚も、まさかと思ってしまう。柚はちらと玉緒の様子をうかがったが、不思議そうに返魂香を見ていた。

「柚さん、試しに焚いてみてはいかがですか?」

「え、私……?」

「返魂香で映し出せる死者は、その人の所縁(ゆかり)の人物でなくてはなりません。例えばおじい様を思い浮かべれば、もう一度会うことができるのですよ」

 まるで祖父が亡くなっていることを知っているような口ぶりだが、柚は怪しまなかった。

 半信半疑といったところだが、会ってみたい人が思い浮かんだからである。

「……おとっつあんに会ってみたい」

 物心がつく前に亡くなってしまったという実父を、柚は覚えていない。柚に哀しい思いをさせないためか、それとも自分が哀しくなるからか、母はあまり父の話をしてくれなかった。

 柚の顔は、母には似ていない。柚が生まれる前に亡くなったという祖母に似ているそうだ。だから、父の面影はどこにもなかった。

 父はどんな人だったのだろうと、よく思ったものだ。

「まったく覚えてない人でも、できますか?」

「近い血縁者ならできるでしょう」

 西安が香を焚き始めた。

 香炉の隙間から、白い煙とともに伽羅(きゃら)の香りが立ち込める。

「お父様に会いたいと、願ってください」

 柚は目を(つむ)って、心の中で願い始めた。姿形のわからない幻の人。どんな顔をしていたのだろう。

 なぜか、(まぶた)の裏に定次の姿を思い浮かべてしまった。

(違う……!あの人はおとっつあんなんかじゃない)

「目を開けてごらんなさい」

 西安の声に従った。目の前には、相変わらず白い煙が立ち込めている。

「…………」

 目の前にあるのは、香炉と煙だけ。人の姿などありはしない。

「なんだ、やっぱり嘘っぱちか」

 権助はつまらなさそうに言った。

「……ふふ」

 含みのある笑いを落としたのは、西安である。

 ただのお遊びだったのか。だが、このような意味のないことを西安がするとは思えない。

 返魂香とは、本当に嘘偽りの代物だったのだろうか……

「帰ろうぜ」

 しばらく煙を眺めていたが、結局父には会えなかった。柚も(あきら)めて、権助に同意する。

 すっかり夜になった帰り道も、玉緒と権助が一緒なら恐くない。玉緒は人の姿になりたくて、うずうずしている様子である。

 寺の坂を下りたところで、庄屋の下男ともう一人の男が、血相を変えて走っているのが見えた。

「どうしたんだろ……」

 二人は庄屋へと向かっているようだ。様子からして、ただごとではないのが見て取れる。

 もしや幽霊にかかわりのあることでは、それなら春太郎を呼ぶのではとも考える。暇人の権助が行こうと言ってくれたので、庄屋に向かうことにした。


 庄屋の主人、喜八が夕餉(ゆうげ)を食べた後に倒れた。

 吐き出す素振りはしなかったが、胸をおさえて倒れている。かなり苦しいようで、油汗もかいていた。

 下男は医者の元にすっ飛んだ。それで急いで連れてきたところを、柚たちが目撃したのである。

「容体は安定しましたが、原因がさっぱりわからんのです」

 と喜八を診た医者は、困惑した顔で言った。

 どうも食あたりではないようだ。

 喜八は丈夫な(たち)で、今まで病気一つもしたことがない。落ち着いた喜八が言うには、いきなり胸が苦しみだしたそうだ。

 医者にも見抜けない病の前兆か、それとも……

(幽霊が関係しているとか……)

 軽はずみなことを表立っては言えず、柚は心の中で呟いた。

 野次馬のように来てしまって居心地が悪いので、柚は喜八の看病や雑用を手伝った。

 権助の方は気楽なもので、

「飯でも食わせてもらおうぜ」

 と言っている。

「もう、何言ってるの」

「柚だって腹減ってるだろ。握り飯ぐらいもらって……」

 瞬間、権助が真顔になった。柚の後ろをじっと見つめている。

「権助さ……」

 権助は早足に廊下を歩いて行く。後を追いかけると、権助は喜八が休んでいる部屋の前で立ち止まった。彼の隣から部屋の中を(うかが)う。中には喜八と、(かたわ)らには若い男が一人いた。

「すみません、今帰って来たばかりで……」

「大事なかったから構わないよ」

 若い男は、喜八の実子だという利助かもしれない。彼の口ぶりから、外出していて喜八が倒れたことを今知ったばかりだという様子である。

 十数年ぶりに再会したという親子の姿が、そこにあった。

「寅二……」

 利助が(はじ)かれたように権助の方を向いた。すぐに、悪戯が見つかってしまった子どものように、しまったという表情を前面に出す。

「お前、何でここにいるんだ!」

「権助さん、この人は……」

 きっと利助という人物で、寅二ではない。柚にとって苦い思い出のある寅二は、楊枝(ようじ)屋の息子だ。

「彼は私の息子で、利助といいますが、何か勘違いしているのでは……」

 権助は喜八の言葉に迷う素振りを見せなかった。

「ふざけんじゃねぇ!どっからどう見ても寅二じゃねぇか!ガキの頃から知っている俺が、間違えるかってんだ!なんなら、お前の親をここに連れてきてやる」

「利助、どうなんだい」

 喜八には利助と呼ばれ、権助からは寅二と呼ばれた男は、皆から顔を背けた。

「本当に利助なら、何か言ってみやがれ!」

 彼は口を開きかけて、やめた。しきりに目をさ迷わせている。

 つまり……

(この人が、寅二さん……)

 お見合いをするはずだった人。顔も知らないまま、会うことはないと思っていたが、まさかこんな形で対面することになるとは予想もできない。彼はまだ、権助の隣にいるのが柚だとは気づいていなかった。

 寅二は勢いよく、柚たちがいる方とは反対側の部屋から、その場を後にする。

「待ちやがれ!」

 権助が(あわ)てて後を追おうとするのを、喜八が制した。

「放っておきなさい。もうよいことだ」

「息子のふりをしてたってのに、ずいぶん軽いじゃねぇか」

「ちょっと……」

 またもひやひやさせられる口の利き方に、喜八が怒るのではないかと心配したが、喜八は気にしていない様子だった。

「息子でないとわかれば、当家には何の関わりもない」

 冷たい言い方であった。だが、息子だと(たばか)った相手なのだから、無理もない。しかし、柚は喜八の一瞬の表情を見逃さなかった。

 もう身体は大丈夫だから帰りなさいと喜八に言われ、柚たちは庄屋を後にした。その帰り道、柚は気になっていることを権助に打ち明ける。

「あの人、寅二さんが本当の息子じゃないとわかって、ほっとしてたみたい」

 喜八の顔に浮かんでいたのは、呆れや怒り、息子ではなかったという哀愁(あいしゅう)よりも、安堵(あんど)の表情であった。

「いいじゃねぇか。あんな親なら、本当の息子は会わない方がいいに決まってる」

 心の底では利助を邪魔に思っていた。なぜなら、喜八が本当に愛しているのは、亡くなった千代松だからである。

(でも、どこかにいる利助さんだって、本当の息子なのに……)

 ずっと一緒に暮らしていなければ、子どもに愛情などわかないのか。それを酷いと思ってしまうのは、いけないことなのか。

 柚は複雑な気持ちで、帰路に就く。

「まさかあの人が寅二さんだったなんて……」

「ろくな奴じゃねぇと思ってたが、庄屋の息子に成り代わろうなんざ、ある意味たいした奴だぜ」

(でも西安さんが調べて、本当の息子だって裏付けされてたんじゃ……)

 西安はよく調べていなかったのだろうか。

(まあ私には関係ないけど……)

 幽霊騒ぎを調べに来たのであって、庄屋の内情は関係のないことだ。もやもやとする出来事に、早く調査を終えて帰りたい気持ちである。

「助けてくれ……!」

 提灯(ちょうちん)がいらない程の月明かりに照らされた夜道から、男の悲鳴が聞こえた。柚たちが目を()らして見ると、道の真ん中に、寅二が(うずくま)っている。

「ひいっ……!」

 柚は小さい悲鳴を()らした。

 寅二の背後、柚たちから見れば正面に、半透明の子どもが立ちすくんでいた。

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