8.黒龍召喚しちゃった
「魔王様、緊急事態です」
世界最西端にある魔王城の一室にて、扉が勢いよく開けられ、下っ端とみられる一人の兵士が入ってきた。
部屋には大きな椅子に座る異質な雰囲気を放つ人物が一人と、その大きな椅子の手前に置いてある長机の椅子に座る人物が数名いる。そう、いまこの部屋では魔王軍の幹部と魔王によって幹部会が行われている。
ここ魔王城で定期的に行われる幹部会は、魔王も出席する。本来下っ端の兵士が幹部しか会話することが許されていない魔王に、しかも会議中に話しかけるなど処刑は免れられない。
しかし幹部も魔王も何も言わなかった。よほどの事態であれば、どのような状況下でも伝達するように言われているからである。
「どうしたのだ」
魔王が語りかける。兵士にしてみれば恐怖で頭がいっぱいだろう。
魔王軍では、魔王を神として扱う者達もいる。
それを考慮した上で幹部達は兵士たちに魔王に対する親密感を持たせない為に、魔王はあまり兵士の前に姿を現さない。
また、魔王に無礼を働いたものは罰するというルールを決めて魔王に威厳をつけている。
「はっ!我々の領土で最も東に位置するフェアラート王国のスペロに黒龍が現れたそうです」
「黒龍が!?」
幹部の一人が動揺する。そんな中でも魔王は堂々と聞いている。
「黒龍か、最上位種の龍種が現れたと」
「龍種……、この世界で未だに観測されたことのない種族ぅ、それが突然現れるなんて、興奮しますねぇ魔王様!!」
幹部達がさまざまな反応を見せる。中には興奮するものも、戦の準備をしようと考えるものもいる。
「召喚魔術によるものかこの世界に生息していた自然の黒龍かによって対応を変えろ」
魔王がそう一言放つだけで、ざわついた会議室は一気に静まり返る。
「召喚魔術によるものなら術者を、自然に生息している黒龍ならば龍本体を気絶させて連れて来い」
「それじゃあ俺が言ってきますよぉ〜。スペロは俺の故郷なので」
黒髪が特徴的なその青年は楽しそうにそう語った。
―――――
「ノア、どうしよう。あのドラゴン王都の方角に飛んでっちゃったよ……ってノア!」
シエルは振り向くと、心配そうに俺の方へとやってくる。
それもそのはず、俺が突然倒れたのだから。
俺はあの魔術を使った後、数秒後に突然力が抜けて倒れてしまった。
意識はあるけれど、体が重く、動ける気がしない。
このまま庭で何もかも忘れて寝たい気分だ。
「シエル、もう無理。ギブ」
「大丈夫?」
「いや無理。残念だがあのドラゴンのことは諦めて放置するしかないな」
「分かった。ノアはここで待ってて!私が何とかするから!」
「ちょっ、待って俺も行くから〜」
流石に戦犯である俺が行かないで、シエルにだけ行かせるわけにも行かない。
重たい体グッと力を込め、死に物狂いで立ち上がる。
どうにか立つことはできたが、歩くだけで精一杯だろう。走る余裕なんてない。
「なんだ、なんでこんなに体が重いんだ」
「私が聞きたいよ!何で古代魔術を詠唱だけで唱えられるの!」
「いや、分からないけど唱えたら勝手に魔法陣ができた」
「無意識に魔術を、魔法陣さえも操ったってこと?もしそうならすごい才能だよ」
「あっ、どうも……って、そんなこと言ってる場合か!」
「でも、その体じゃ行けな……」
シエルの言葉を遮るように黒龍の雄叫びが上がる。
王都方面へと進んでいた黒龍は旧王都森林辺りで立ち止まり、口から黒い炎を出し、森林一帯を焼き尽くした。
俺たちはその光景に圧巻され、しばらく声も出なかった。
「……俺たちが行って、何かできる?」
「いや……無理かな」
我ながら恐ろしい生物を召喚したものだ、広大な森林一帯を焼け野原にしてしまうなんて。
もう帰りたい。帰って寝たい。あんなのに勝てるわけないじゃん。
魔道具もろくに使えない、体も思うように動かない俺に何ができるっていうのか。
「召喚魔術って……危険だね」
「本来、召喚した魔物には服従の魔術をかける場合もあるけど、かける暇もなかったね」
「そんな便利な魔術あるなら言ってくれよ」
「だから少し待ってって言ったのに、自業自得だよ」
「すみませんでしたぁー!」
俺は前世で習得したスライディング土下座をかまして謝る。
俺が魔道具を全く使えなかった自分を嫌悪し、いうことを聞かず勝手な行動をしたことが悪かった。
俺のせいでこの街は……終わりだ(終わってません)
そうこう会話している内にも黒龍は森林の近隣を焼き尽くしている。
「被害がすごい大きいんですけど……」
このままでは死人まで出てしまう。どうにかして止められないだろうか。
俺が半分諦めた様子で黒龍の破壊を眺めていると、王都の方角から物凄い速さで白い光がやってくる。
その白い光は黒竜めがけて飛んでいき、黒龍がその存在に気づいた時にはその白い光は黒龍の腹をタックルしていた。
その勢いに負けて、黒龍は俺たちの方へと向きを変えて飛んでいく。
白い光はその機を逃さず、黒龍の頭上へと高速で移動し、そのまま下降して黒龍の頭にぶつかり地面に叩きつけた、そう俺の目の前に。
砂埃が舞い咄嗟に目を瞑る。そのせいで前が見えない。
「黒龍ねぇー、こんなもんかぁ最上位種は。まぁ人格を持ってねえみたいだからなぁ、龍種の中でも下位の存在かぁ」
砂埃が収まり、その声がする方を向くと、そこには気絶した黒龍とその上に乗る1人の青年がいた。
青年は黒髪に整った容姿に、シエルに似た紅の瞳、生前の俺よりも遥かに高い身長、勇者のような黒い鎧が特徴的である。
青年は、剣を黒龍の肩の辺りに突き刺し、退屈そうに頭をかいている。
俺はその青年と目が合う。力強く美しいその目は俺を捉えて離さない。
「……兄さん!?」
反応したのは俺の横にいたシエルだった。
シエルの声を確認すると、青年の目は力強さではなく、愛情を感じされる優しい眼差しへと変わる。
「お〜、シエルかぁ、久しぶりだなぁ」
青年は楽しそうに笑い、そう言った。