7.魔道具使えないんだけど
俺はシエルと合流してからカウンターに向かい、『転移・転生』という本だけを借りることにした。
カウンター近くにアルタイルがいるか探したが、どうやらここにはいないらしい。これと言って聞きたいことがあった訳でも無いので構わないけど。
シエルは古代魔術に関する本を借りていた。
古代魔術と現代の魔術は何が違うのだろうか?
まぁいいか、シエルに聞いてみよう。
そう思い俺達は旧王立図書館を出て、家に帰ることにした。
「ねぇシエル、古代魔術と現代の魔術って何が違うの?」
俺は帰り道、シエルに気になることを聞くことにした。
「現代の魔術は主に詠唱を使うけど、相当簡素化されたものなの。戦場では、短時間で詠唱出来ないと詠唱中に殺されちゃうからね。その分、使う魔力も威力も比較的低いの。それに対して古代魔術は長い詠唱に複雑な魔法陣を組み合わせたもので、消費魔力も大きい。中には代償が必要な魔術もあるぐらいだから」
「む、むずかしいなぁ」
「帰ったら、古代魔術について詳しく教えてあげるよ」
「よろしく頼む」
俺は魔力量が多いだろうから、古代魔術も使えるかもしれない。この世界で生き抜くための武器は大いに越したことはない。
だが、俺の目的は部員全員で元の世界に帰ること。その目的の過程で魔術や魔道具、剣技が必要になるだけで、もし他に最短ルートがあるのであればそちらを優先させてもらう。
例えばこの『転移・転生』という本に転移の方法が載っているとか……
残念天使はこの世界に部員皆んなが来ていると言っていたが、世界のどこにいるかは言われていない。いや、そもそもまだ来ていない可能性もあるか。
そう考えると、俺は冒険者などになって旅をしながら情報を得て部員のみんなを探すべきだろうか。
「シエル……俺、冒険者とかになって旅に出たいと思ってるんだ」
「冒険者?」
「うん。俺はこの世界に来た部員皆んなを探さなきゃいけないから」
「冒険者になっても、最近は仕事少ないらしいけどね」
「え、そうなの?」
「それにまだ魔道具も魔術も剣も使えないのに気が早いよ」
俺の中の冒険者のイメージは、迷宮の探索とか魔物退治、魔王軍の討伐とかだけど、この国の冒険者は訳が違うらしい。
「じゃあ帰ったら俺の魔道具やら魔術やらの才能を確かめてくれ。それである程度のレベルがあれば俺は訓練して、強くなって旅に出ようと思う」
「才能があっても、半年は訓練が必要だと思うけど。まぁ、頑張ろっか!」
そうこう会話している内に家にたどり着く。こうしてみると結構大きいな。
時刻は正午ぐらいだろう。ヨミジおばさんが食事を用意している。
(ヨミジおばさんに関しては食事の際にしか合ってないなぁ、普段何してんだろう)
そんなことを考えつつ、俺は食事の席についた。日の光の当たった食卓は昨夜の薄暗さを微塵も感じさせない明るい食卓だった。
俺とシエルは、ヨミジおばさんにバベルの塔と旧王立図書館のことを話した。
ギフトの話をした時のヨミジおばさんの反応は思ったより冷静で、少しショックだった。
俺は食事を終えると、シエルに声をかけて庭に向かった。シエルは何やら準備をしているようだ。
俺が魔道具やら魔術を全く使えなかったとしても、俺は訓練して強くなってやる。
そう意気込んでいるとシエルは庭に来ていた。
何やら重そうな箱を持っているが、何だろうか?
「お待たせ、とりあえず魔道具と魔術本を何個か持って来た」
「ありがとう」
「別にいいよ。よし、早速やろっか。魔道士カード出して」
「分かった」
俺はカードを取り出し、シエルに渡した。
シエルは持って来た箱の中から一つ魔道具をとって、カードに何か打ち込んでいる。
「はい、登録完了。とりあえず私が持ってたレベル0の魔道具登録しといておいたから。
登録はカードの魔道登録ってところで魔道具の名称を打ち込むの。あとは、登録した魔道具ってところから一致率とかの詳細は見ることができるから」
「名称打ち込んだだけでいいんだ。楽だな」
「魔道具を製作したら魔道具協会の本部で、レベル審査を受けてから登録する必要があるの。だから名称を打ち込んで出てこない魔道具は登録されていない非公認のものってこと」
「それか伝説のレベル神の魔道具だったりすることもあるって事か」
「そうね。いずれにせよ登録されてない場合は登録にせよ一致率の確認にせよ本部に行く必要があるから、覚えておいて」
「本部ってどこ?」
「フェアラートより遥か東、海を挟んだ結構遠くの国だね。魔道具協会は国際的な機関で、本部はフェアラートじゃないけど支部はフェアラートにもあるわ」
「でもフェアラートって魔王軍に支配されてるんじゃないの?」
「表面上は支配されていないことになっているの。まぁ、支配されていることにはどの国も気付いてるだろうけど」
「って事は支配されてない国たちが秘密裏に連合軍を組んでるかもしれないな。いつ魔王軍が攻め込んでくるか分からないし」
「その辺の話は今度って事で、とりあえず魔道具の訓練に移ろっか」
いつの間にか話が脱線してしまったが、シエルが話を戻す。シエルは俺にカードを返し、一致率を確認するように言った。
俺は登録された魔道具一覧を開き、先程シエルが登録した魔道具を選択した。
俺は表示された魔道具の一致率の欄を見て、驚愕した。
「どれどれ、えっ……0%?」
シエルがそう呟いた通り、そこには0と表示されていた。100%マックスで0%、そんな夢のような話だが、間違いなく事実だった。
「0%って、どういう事だ」
「待ってノア!一応他にも試してみようよ。魔道具はレベル関係なく相性があるから偶然かもしれないし……ね!」
シエルに言われた通り、オレ達は家にあった全ての魔道具を登録し、確認したが、レベル関係なく結果は予想通り全て0%だった。
重い空気が流れる。沈黙が続く。
「おい、ちっと待てくれ、俺…………魔道具使えないじゃん」
「……うん」
「俺って何?何ができるの?」
「……」
人は極限までありえない現象に遭遇すると壊れてしまうらしい。俺は少し壊れた。
シエルは黙っていたが、ようやく喋り出し、最初に放った言葉は。
「レベル0なら赤子でも10%は超えるはずなんだけどなぁ」
困った顔をしてそう言った。煽ったわけでも、誇張したわけでもなく、ただ事実を述べた。
「ノアって……ほんとに人間?」
苦笑いしながらそう聞いてくる。
まさか人間かどうかさえ疑われるなんて、魔道具恐ろしい。まぁ、おそらく人間じゃないんだけど。
「ひどいなぁ……俺は人間だよ。たぶん」
「これまでにレベル0の魔道具で10%超えなかった人っていないんだよね……」
「いや、でも相性が、」
「レベル0なら相性関係なく全ての魔道具で10%超えるよ、どんな人でも例外なく」
知りたくなかった現実だ。俺が赤子どころか全人類に劣るなんて。俺はギフト持ちなのに。
全ての人間が必ず10%超えるのに俺は0%ってことは……
「ノア、多分だけど……レベル関係なく全ての魔道具使えないんだと思う」
「んなぁ!?」
分かっていたさ、でも言われたら終わりなんだよぉ、俺にはもう使い方の分からないギフトに、無駄に多い魔力しかないのかよ。
「俺にはもう魔術しかないのかよぉ!」
俺は、手からカードが滑り落ちたのを確認すると同時に、足元に散らかっている魔道具の中に魔術本があることに気づいた。
俺は魔術本を取り出して適当なページを開き、そこに書かれた魔術を唱えることにした。
時代の波に乗れなかった俺は、一時代前の魔術しか残されていないんだ。
「ちょっと!何やってんのノア!?」
「ごめんシエル、俺は魔術師になる」
「それは魔道具使えないなら魔術しかないけど、片付け終わるまで待ってよぉ」
俺はシエルの言葉を無視して、本に書かれた詠唱を唱え始めた。
何の魔術かも分からないが、今はこの失望感をどうしても拭いたいので、構わず俺は手を前に出して詠唱を唱えることにする。
「混沌とした世界よ、理すら壊れた世界よ、呼び覚ませ闘いの時は来た、黒き太陽よ、世界を漆黒に染める者よ、白き月よ、世界を希望に照らす者よ、我の前に顕在せよ、神の戦を、世界を破壊し、彼方から舞い降りろ、世界に絶望を与えし者よ、世界に希望を与えし者よ、その気高き龍の力を見せてみよ」
俺が詠唱を終えると、俺の右手の先から俺の体より遥かに大きい魔法陣が出現する。淡い光が俺の手、魔法陣からは放たれる。
詠唱を始めた途端から、快晴だった空に一気に雲が押し寄せる。
魔法陣は周囲に風を放ち、暴風が吹いている。
凄まじい暴風に体を持ってかれそうになる。
まずい。何か物凄いことが起こりそうなんだけど、止める方法とかないのかなぁ。
「……なに……これ」
シエルが愕然とする。それはそうだ、いきなり大きな魔法陣が現れたと思いきや天気が突然曇り暴風で片付けていた魔道具が飛んで行っちゃうんだから、驚かないわけがない。
「グゥゥゥゴィグゥアー」
猛獣の雄叫びが魔法陣から聞こえる。
もしかして召喚魔術だったの。
雄叫びが上がるとともに魔法陣から巨体が現れる。
真っ黒な鱗がいくつもついた、その身体。
人間では到底敵わないその大きさ。
そして、真っ黒な鱗がついたその翼。
間違いないドラゴンだ。それも俺のイメージ通りのドラゴンだ。
その黒いドラゴンは魔法陣から召喚されて出てくると、先程より高い雄叫びをあげて、バベルの塔の方角へと飛んでいった。
もう何がどうなってるの……