1
香月よう子様主催の「春にはじまる恋物語企画」参加作品です。
完結済連載小説『防犯シャツが強過ぎて誰も近付かなくなったけど、何故か長身イケメンが私に頻繁に接触を図るようになりました。』の後日譚ですが、本作単体で読めるようにしております。
『防犯シャツ〜』は読む必要ありません。
終着駅到着のアナウンスで、私は目覚める。
遠い。
空港って何でこんな遠いの?
私、木下かすみは国際空港に到着した。
海外渡航未経験なので、訪れるのは初めてだ。
私の格好は、とても軽装だ。
トランクを持っていない。
斜めがけのミニショルダーバッグだけ。
理由は、出発ではなくお迎えの為に来たからだ。
■■■■■
何度もチャット画面を見る。
『予定通りの時間に着けそうだよ』
この言葉を信じて、私は国際線到着フロアへ向かう。
高富雅人が一時帰国する。
マサトは私と同じ大学の法学部生で年齢も同じ。
2回生の夏からオランダで留学している。
会うのは半年以上ぶりだ。
現在私はマサトの母親が所有するマンション一室に住んでいるけど、その前は女子学生向けアパートに住んでいた。
しかし私含め、そのアパート入居者達は、詐欺まがいな形で不正な契約をさせられていたことが判明した。
私達は不動産会社を訴えて、契約を無効にしたのだ。
その時、力になってくれたのが、マサトの母親で弁護士の大迫さん。
マサトは起訴側入居者の取りまとめをやってくれたのだ。
私の部屋に皆集まり、マサトが指揮を取って打合せした。
お互い連絡も頻繁に取っていた。
マサトの留学を機に、彼が住んでいた部屋を、私に貸してくれることになったが、これも彼からの提案で流れるように決まった。
大迫さんも私の親も快諾した。
マサトがオランダに行く時、私は心の底から応援した。
けれど、寂しい気持ちが無いと言えば嘘になる。
私とマサトは、何度もチャットやカメラ通話をした。
スマホの向こうに広がるオランダの景色を、私は好奇心旺盛に眺めた。
マサトが一時帰国することを教えてくれたことも、私が迎えに行くことも、ごく当たり前の感覚だった。
「でも私達、付き合ってないよね……」
一言も「付き合おう」とか「好きだよ」と交わしてない。
会話の中で肩や腕に触れることはあった。
でも意図的に手を繋いだり、身体を寄せ合ったりはしたことない。
マサトは紳士だった。
詐欺被害に遭った女子大生の裁判を手伝うのに、その女子大生に手を出してたら駄目だもんね。
私は彼に、旅のお守りをつけた鍵を渡した。
私の新しい部屋の鍵だ。
彼はあれをどう思っているのだろう?
母親の所有で、元自分の部屋だから、当然と思ったかな?
そもそも私は、何故彼に鍵を渡したのかな……?
■■■■■
左右にどこまでも伸びているような空間。
トランクを引きずる人々が行き交う。
皆、疲れたような印象なのは、ここが到着フロアだからだろうか。
マサトが利用してるという航空会社のマークを探す。
ドアの向こうから、大きなトランクを手にした人がポツポツと出てくる。
私の隣には『ようこそ、日本へ』と下に別の言語が書かれた紙を持ったスーツの人が立っていた。
ツアー会社の人だろうか。言語はオランダ語かな。
部外者のような気分で、私はひたすら待った。
やがて背の高い、モデル体型の男性が出てきた。
遠目から見ると、顔の小ささと首の長さと肩幅の広さがよく分かる。
「マサト……!」私は声をかけた。
「かすみ!」
マサトは微笑んだ。くっきりした目元が優しく垂れる。
綺麗な顔をしているなぁと改めて思った。
12時間位飛行機に乗ると聞いていた。
だから彼も少し疲れた様子だった。
前髪や後頭部の髪が少し乱れている。
服装も部屋着っぽい。
ゆったりしたシルエットのグレーカーディガン。
中は白のTシャツ。
パンツは紺色のジョガーパンツで、履き込んだスニーカーを合わせている。
それでも清潔感があって、お洒落に見える。
恵まれた容姿とはお得だなぁ。
「どうしたの? ジッとして?」
マサトの声に私はハッと気付く。
「な、何でもない!」
慌てて返した後、不思議に思う。
マサトの周りに、トランクが無い。
「マサト、トランクは? もしかして行方不明?」
「持ってきてない。
一時帰国だし。荷物そんなにないから」
マサトは背中の黒いリュックを見せた。
「電車に乗る前に、お蕎麦を食べたいんだけど」
マサトのお願いに、私は「いいよ」と返した。
■■■■■
私達はレストランフロアに行く。
日本食を中心にチェーン店が並んでいた。
普段は選択肢に入れないような、お蕎麦屋さんに入る。
マサトはかき揚げ蕎麦とまぐろ漬け丼セットを注文した。
私は、ざる蕎麦とかやくご飯セットを頼む。
「和食が恋しかったの?」
私は温かいほうじ茶をすすりながら尋ねた。
「ここのかき揚げ蕎麦が好きなんだ。
向こうのスーパーでうどんとか普通に売ってるし。
自炊は割と和食中心だった。
てか、現地の味付け分かんないし」
私には、彼が異世界から戻って来た人のように見える。
だけど、彼にとっては実家に帰るのと同じ感覚らしい。
あまりにも自然体で余裕たっぷりに見えるから、私は気後れしてしまう。
頼んだ料理が運ばれてきた。私達は黙々と食べる。
久しぶりのざる蕎麦は、とても美味しい。
「かすみ、今日は時間ある?」
軽快に啜る音と共にマサトは尋ねる。
「うん、バイトもないし」私は返す。
「じゃあさ、展望デッキに行かない?
飛行機を見たいんだ」
「いいけど。さっきまで乗ってたのに?」
「飛行機は、空港で見るのが良いんだ!」
そう語るマサトの目はキラキラしていた。
保育園で、ずっと飛行機のオモチャを持っていた男の子を思い出す。
■■■■■
展望デッキはレストランフロアの上階だった。
ウッドテラス風になっていて、花壇や植込みで、欧米のガーデンのような雰囲気だ。
暖かい日差しと優しい青空。
少しひんやりする風は、目の前の景色から噴き出しているようだ。
キーーーン
遠く地平線と繋がる辺りで、飛行機は音と共に姿を空ヘ溶かしていく。
国内旅行で飛行機に乗ったことはあるけど、展望デッキから離着陸の様子を見るのは初めてだった。
飛行機ってこんなに沢山並んでいるんだ。
「次は○○航空かな。
あのマーク、カッコいいよね」
フェンスを掴み、マサトは動物園の動物を見る子どものように、飛行機が遠くで移動する様を観察している。
私もフェンスの隙間から飛行機を見る。
何だかラジコンが動いているように思えてくる。
ちらちら動く小さなそれは、ヘルメットを被った人間だ。
模型の人形にしか見えなくなる。
マサトが○○行きは直行便だとか、経由するとか、色々言ってるけど全然頭に入ってこない。
ただキーーーンと音がなる時は、あの大きな物体が飛び立つんだと、少しワクワクした。
隣には三脚付きのカメラをじっと構えたおじさんがいる。
後方から小さな子どもとその親らしき声が聞こえてきた。
「ひこうきー!」「走ったら危ないよ」
皆、飛行機好きなんだなぁ。
「あ、ごめん、飽きてきた?」
マサトがこちらを見て言う。
「まぁね。何回か見たら充分かなぁ」
私は実にデリカシーに欠けた返答をする。
「じゃあ、あっちのカフェでお茶しようよ」
マサトはガラス張りのカフェを指さした。
■■■■■
私達は滑走路がよく見える窓際の席につく。
紙カップに入ったカプチーノを飲みながら、引き続き外を眺める。
ぼやけた空から飛行機がくっきり形を現す様子はちょっと面白かった。
あんな大きいものが着陸出来るんだ。
当然だけど。
「はぁ~、やっぱり飛行機は良いなぁ」
マサトのため息をつく。
「そんなに好きってことは、航空会社に就職希望なの?」
私の問いに、マサトは目を丸くする。
でもすぐに笑う。
「就職は考えてないなぁ。ただのゆるーい趣味だから」
「そうなんだ。英語も出来るのに。
パイロットとか目指せば良いのに」
「僕、機械オンチだから、操縦は無理だよ。
車の免許もギリギリ取れたって感じ。
仮免のペーパーテストは、余裕で満点だったのに」
「へぇ〜」
意外。完璧そうな彼にそんな弱点があったとは。
「僕は現物を扱うよりも、扱う為のルールを勉強するのが好きなんだ。
空には目に見えない沢山のルールがあって、人間はそれに基づいて飛行機を飛ばす。
世界中どこもそうだ。
さっき着陸した飛行機も、膨大なルールと手順とそれに携わる人々によって無事にここに辿り着いた。
人間は一人ひとり違うから『決めたルールを守る』この一点だけを共通させることで、空を安全に飛ぶことを成功させている。
凄いことだよ。
ルールや法律は、人間達が何かを成し遂げる為に欠かせないものなんだ」
マサトの表情が、子どもから大人に変わる。
私はドキッとしてしまった。
その横顔はガラス越しに空を見ている。
あの眼差しを自分に向けられたら、私の心臓は飛び出してしまいそうだ。
そうならないように、私も空を見上げる。
今、同じ空を見てるはずなのに、マサトと私が見る空は、きっと違うのだろう。
※2022/09/10
志茂塚ゆり様から頂いたかすみイラストをオープニング位置に掲載しました。
※2023/02 マサト挿絵追加しました。