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英雄の娘

 私、イヅナ カエデは揺れる機体の中、目の前の男の背中を見ながら考えに耽っていた。


 


 この男は何なのだろう。流し見した程度だが、事前の資料では特筆すべきものは無いような印象だった。


 だが、今は違う。なぜこれほどの異質な存在がこれまで目立ってこなかったのかが不思議でならない。




 これほど揺れる機体の中で平然と操作できることがおかしい。それも手動で。


 現代の乗り物はほぼ全てにクレイドルシステムを搭載している。その原材料となる浮遊石は質にもよるが比較的安価で調達できるため、人員、物資どちらを運ぶにしても有用なこのシステムを使わない理由がないからだ。


 それ故、これほど上下左右に圧力がかかる中で操作できる人間などほぼいないだろう。



 また、手動操作についてもそうだ。そもそも普通の民間人で乗り物を手動で操作すること等ほぼ無い。軍人は特殊な訓練を受けているとはいえ、それは限られた条件下で最低限の動作をするための訓練だ。


 間違ってもそれで戦闘をするためのものじゃない。



 


 飄々として、軽口を叩いていたかと思えば、今は真剣な表情で鬼気迫るほどの戦いぶりを見せている。


 既に戦果だけで言えば勲章ものだろう。


 だが、その戦う理由はよく理解できない。名誉を求めているわけでは無い。死にたがりなわけでもない。


 私の名前を呼んでいいというだけのことにこの男は命を懸けている。


 基地に着くまでは何かしらの思惑があるのかと警戒していたが、それではしゃぐヤツを見て正直呆れてしまった。本当に不思議な男だと思う。


 

 

 


 これまで、私は周りに弱みを見せずに生きてきた。


 父はその腕だけで爵位を得るほどに活躍した英雄。その英雄の子である私は当然期待を背負って生きてきた。


 だが、私の能力は父には比べるべくもない。優秀ではあると思うが英雄の子に見合うほどの器では無い。周りが勝手に期待をし、勝手に落胆するのがとても悔しかった。


 

 母は既にいない。男手一つで私を育ててきた父や叔父夫婦は私なりに生きればいいと言ってくれる。


 それでも、私は尊敬する父のようになりたくて血の滲むような努力をしてきた。周りに負けぬよう、弱みを見せぬようこれまで生き、父の反対を押し切って軍人にすらなった。

 


 誰とも関わる気は無かった。慣れ合う気なんか無かった。英雄の子として相応しくあれるよう全てを切り捨ててきた。


 

 しかし、この破天荒な男には私の拒絶は全く関係が無かったらしい。

 

 名前を教えず、強い口調で威圧し、暴力を振るう。そんな私に軽口を叩き続け、挙句の果てに名前を呼べるというだけで命すらかける。



 これまで無かった距離感に違和感はある。だが、不思議と嫌な感じはしない。


 この戦いが終わったら少しだけ優しくしてやろうと思う程度には私は既にこの男のことを認めているらしかった。






◆◆◆◆◆




 

 

 ムラクモはやり切ったようだ。ついに敵の隊長機を倒した。


 私は見ていることしかできなかったが、正直その戦いに魅入られてしまっていた。


 あのカラーリング、恐らく帝国が誇る銀狼だろう。三小隊編成というのも情報に合致する。



 金獅子と双璧を為すその一角を討った。それがどれ程の功績かわからぬ私ではない。



「ムラクモ、よくやった。これ以上無いほどの戦果だろう。恐らくこれで敵も撤退する。本当によくやった」



 思ったよりも大きな声が出てしまった。私も無意識ながら高ぶっていたらしい。また、軽口を叩かれるかと身構えていたが、ムラクモからの反応は無かった。



「どうした?何かあったのか?」



 シートの固定具を外し、前にいるムラクモの肩を揺さぶる。だが、彼はそれに反応を示さない。



「おい!!しっかりしろ」



 鼻からは血も出ているようだ。恐らく脳に過負荷がかかったのだと思う。


 ムラクモの座席のモニターを操作し、後部座席に操縦権を移すとレバーを握る。



「本当に手のかかるやつだ」


 

 目的地を設定し、逸る気持ちを抑えつけるようにして基地へと向かった。











 



◆◆主人公が聞いていなかった搭乗機体の情報◆◆


機体名:無影


【概要】

 次世代機開発計画の内の一つ。『韋駄天計画』で生まれた超高機動型の高性能機体。


 この計画は、超高機動機体をポイント毎に配備、攻撃を受けた地点に随時防御を集中させることにより少数機体での国土防衛能力を確立することを目的としたものである。加えて、進軍時にはその機動力を活かした電撃作戦を行うことも想定されていた。


 また、操縦者を交代させながら長時間の配備ができるよう大和王国初となる複座式を採用している。


 

 機体自体のスペックはとても優秀で書類上では完璧に近いものができたものの、逆に機体の出力が高過ぎ、パイロットの負荷を鑑みると直線的な動きしかできないことが後に判明した。


 苦渋の末に設定したセーフティーモードについても、それを使用する場合は通常の高機動機とさほど変わらない程度の速さしか出せず、結果的に機体コストに見合った成果を達成できなかったことから計画は凍結された。



 なお、テスト機体として五機が生産されたが、セーフティーモードが設定される前の二機は試験中に大破、パイロットは全員死亡という結果に終わっている。


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