『女性の名前呼び』>『敵部隊殲滅』の公式
機体に見惚れていたらいつの間にか話は進んでいたらしい。
「おい!何をぼさっとしているんだ。早く貴様も来い」
いつの間にか目の前にカエデ少尉が立っていた。彼女は搭乗用のワイヤーに足をかけるとコックピットに上がっていく。
あれ?また座席の後ろに行く気か。と思い俺も同じくコックピットに行くと理由がわかった。
この機体は複座式だったのだ。確かに前乗っていた機体に比べて少しだけサイズが大きいとは思ってたんだよな。話を聞いていなかったのでいまいちどういうコンセプトの機体なのかわからないが。
操作形式は前と変わらないらしい。スイッチで増えているものはあるが、ペダルとレバーには変わりがない。これなら大丈夫そうだな。
しかし、新しい機体に乗るってワクワクしてくるぜ。
「今回、私はお前のお目付け役だ。必ず指示に従え。なんとしてでもここを守らねばならん」
カエデ少尉は気迫に満ちた表情でそう言い切った。
「何かこの基地にあるんですか?」
「貴様は知らなくてもいいことだ」
何かはわからないが大事なものがここにあるんだろう。というかわかっちゃいたけどこの人隠し事下手だな。
「しかし、カエデ少尉はまた俺と乗って大丈夫なんですか?ゲロゲロゲロッピーは困るんですが」
座席が離れていて攻撃を食らわないという安心感から少し軽口が出る。
「貴様に私の名前を呼ぶことは許可していない!これまで通り少尉とだけ呼べ。この機体には通常に比べ遥かに高性能なクレイドルシステムが搭載されているらしいからな。大丈夫だ」
なるほど。じゃあ思う存分暴れていいってことだな。
だが、ダメと言われると呼びたくなるのが俺の性分だ。特に思うところはなかったのだが無性に呼びたくなってきた。
「じゃあ、この戦いに俺が勝てたら名前呼びオッケーとかどうですか?今回の戦闘は既にかなり劣勢だし最悪死ぬんでしょう?上官っぽく部下に生き残るための餌を下さいよ」
彼女は葛藤しているのか、長い沈黙の末口を開いた。
「…………いいだろう。この戦に勝てたならば名前を呼ぶことを許可してやる」
俺が前を向いているので顔は見えないが、かなり不機嫌な顔をしているだろう。声色からそれが分かる。
そういう性癖はなかったはずだが、不機嫌な女の子が嫌々ながらもオッケーを出す。そういうシチュエーションになんか滾ってきた。
「ありがとうございます!よっしゃー!!なんかテンション上がってきました」
後ろからため息が聞こえる。
「まったく貴様というやつは。死地に赴くというのに……本当に不思議な奴だな」
若干の苦笑するような雰囲気とともにカエデ少尉はそう呟いた。
◆◆◆◆◆
地上への搬出用のエレベーターに乗り込む。機体が固定される音がした後、上に上がっていくような感覚がある。クレイドルシステムの影響なのか全く振動は感じられないので不思議な気分だ。
そして、すぐに地上が見えた。戦闘は相変わらず続いており、闇夜の中に光が瞬いている。
固定が外される音がし、機体の動作を少し確かめるためレバーを深く握る。
そうすると、モニターにアイコンが出てセーフティーモード、通常モード、手動モード、ステルスモードと出た。
それぞれの横に簡単な説明が出ている。
・セーフティーモード(推奨)
出力の制限をし、安全性を確保するモード
・通常モード
動作へのシステムの介入を最大限に入れる通常のモード
・手動モード
動作へのシステムの介入を最小限に入れる手動モード
・ステルスモード
レーダーに反応が無いレベルまで電子機器類をシャットアウトした状態での手動モード。
前の機体は量産機だからか知らないがセーフティーモードと手動モードは無かったはずだ。今回の戦闘は特にステルスモードはメリットが無い。味方を混乱させるしな。
だったら選択肢は一つ。俺は手動モードを選択した。
確認のため、危険のアイコンが出るがもう一度それを選択する。
そうすると、どこまでの機能を別の座席にも介入させるかが出てくる。全て、動作、計器・レーダー類といった選択肢が出てくるが別に動作は俺がすればいいのだし、計器・レーダー類だけをそちらにも送る。
後ろの座席でモニターが立ち上がる音が聞こえてきた。
そして、機体を動かしながら武装をチェック。
右手に高周波ブレードが一本、左手にライフルが一丁、後は腕部にワイヤーと近距離戦用のレーザー式ナイフ、脚部にも同じく近距離戦用のレーザー式ナイフか。
よし、だいたいわかってきた。
「少尉、では行きます」
「ああ、わかった。お前の腕は出鱈目だが一応の実績はある。認めたくは無いが私ではあれほどの戦果は出せんだろう。今回は無茶も認める。…………頼んだぞ」
はい、デレを頂きました。まあ、今までも無茶苦茶な操作に文句は言っても操縦権を奪おうとはしてこなかったもんな。口は悪いが能力を評価してくれる人なのだろう。
絶対に死なせない。その覚悟をするとともに俺は籠手調べ感覚で軽くペダルを踏み込んだ。
瞬間、景色が瞬く間に替わる。かなり軽く踏んだつもりだったが出力は前の機体の比じゃないらしい。振動はそれほどないがモニターに映る外の映像からその速さが伝わってくる。
レーダーを見ながら敵の多い箇所に向かっていく。この機体のレーダーはかなり高性能なものが使われているようだ。索敵範囲がとんでもなく広い。
だが、端に敵が映ったと思ったら瞬く間に近づいていくのでこれくらいじゃないとお話にならないのかもしれない。
敵はこちらに気づいたようだ。だが、その時には既に両者はすれ違っていた。
こちらの手の中のブレードは降りぬかれており、敵が崩れ落ちる。
そして、敵が反応する前に別の敵機に接近。ライフルを放つがあまりの速さにまだ慣れていないようで当たらない。しょうがなく右手のブレードで再び仕留めた。
ついに敵も反応が追い付いたようで反撃が行われる。だが、その頃には俺は敵と大きく距離を取っていた。
「とんでもなく速い。それに、完全に振り回されてる。でも、少しずつ修正が追い付いてきた」
機体の動作にまだ自分の体が追い付いていない。だが、それがいい。
自分の体に機体が追いつけないよりも可能性が格段に広がるんだから。
「よし、もう一回だ」
カエデ少尉は特に何も言わずに俺の独り言を聞いている。今回は本当に俺に全てを任せるらしい。俺も別に彼女に話しかけているわけでは無く、頭を整理するための独り言を呟いているだけなので正直助かる。
敵はこちらを警戒している。だが、そんなのは関係ない。
ただ倒す、視界に入る全てを。それだけでいい
もう一度ブースター吹かし接近。スピードに緩急を付けながら移動する。相手が銃を放ってくるがこちらのスピードに予測射撃が追い付いていないようで射線がずれている。
こちらもライフルを放ちながらペダルの踏み込み具合と狙いのずれを修正していく。
何度かそれを繰り返していくとようやく直撃、そして命中率が徐々に上がっていく。
後ろからロックオン警報、肩部のブーストスイッチを押した後、右のブーストペダルを踏み込み真横に回避。そして、すぐさま右後方にペダルを動かし旋回。左手のレバーの人差し指を握り込みライフルの引き金を引く。撃破
ブーストペダルを踏み込み加速、すれ違いざまに右手のレバーを動かしブレードを振りぬき撃破。
そして、足を動かすペダルを踏み込み、バネを付け跳躍しつつ、ブースターを軽く吹かし旋回。脚部のナイフを稼働させるスイッチを押して右足のペダルを振りぬくように弾いた。敵を股下から切り裂くようにして撃破。
敵にワイヤーを放つ、固定された後にブーストペダルを踏み込み加速、気絶させるほどの重力をかけ、沈黙した敵にライフルを放ち、撃破。
気づいたら近くで立っている敵機体はいなかった。あまりに集中していたのだろう。全身から汗が流れているのに今更気づいた。
息を吐きだし収納に入った飲料を飲むと少し集中を解く。
その瞬間、声がかかった。
「撃墜数は約三十、といったところか。紛れもないエースだよ、お前は。しかし、かなり高性能なクレイドルシステムと聞いていたんだが。存外揺れるな」
後ろを振り向くと少し青い顔をしたカエデ少尉がいた。もしかしたらかなり揺れていたのかもしれない。
「三十ですか。まだ先は長いですね」
これを後五回というのはなかなか骨が折れる。集中を解いた今、体に大きな疲労がかかっているのが分かってきた。アドレナリンが大量に出て気づかなかったんだろう。
「いや、そうでもないさ。軍隊における全滅の定義は約三割、壊滅は五程度。恐らく全てを倒す前に敵は撤退するだろう」
なるほど、確かにそうだ。本当の意味で全滅するまで戦う軍隊なんてほぼいない。それこそ、逃げ場がない時くらいだろう。
名前呼び獲得まであと少し頑張りますか。
そう考えているとレーダーに敵影が映った。今までは敵の型式が出ていたがそれが無い。『Unknown』とだけ表示されている。
しかもやたらと移動速度が速い。流石にこちらよりは遅いが。
もしかしたらこれが敵の新型かもしれない。数は十二、小隊三つといったところか。
俺は、最後の正念場になりそうだなと心の中で再び気合を入れた。
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