扱いづらい機体というパワーワード
モニターに示されたナビを見ると目の前の小さい山を越えて少し行くとようやく基地に着くようだ。
周りもすっかり暗くなり、暗視モードで進む。前の世界と違って視界が昼間のように明るく見えるので技術レベルが相当高いことが窺える。
「伊達にロボットのある世界じゃないってことか」
独り言のように呟くと異世界なのか未来なのかはよくわからないが、全く異なる世界にいるんだなと実感した。
だが、特に前の世界には未練は無い。死に際も簡単に受け入れてたし。
ロボットのある世界に来た。むしろこれだけでお釣りがくるくらいだ。
無駄にレバーやらをにぎにぎしているとなんだかテンションが上がってくる。無性に動きたくなり無意味なシャドーボクシングをしていると後ろから冷たい声が響いた。
「貴様はやはり頭が残念なようだな」
「おはようございます少尉。可愛い寝顔をごちそ……痛い!!」
寝起きの冗談はどうやらお気に召さないらしい。しかし、この人ほんと美人なんだよな。
常に不機嫌だからそれが台無しになってるが。
「今はどこらへんだ?」
「もうちょっとで基地に到着するようです」
体をずらしてモニターのナビを示す。そして、前を見るともうすぐ山頂のようだ。
傾斜が緩やかになり、それを越えるとついに反対側が見えるようになった。
まだ離れた距離であるため良くは見えないが目の前では戦闘が行われていた。しかも、味方は劣勢らしい、本来の防衛ラインを下げて戦闘している。
「くそ!ここまで敵に押されていたのか?奇襲が失敗した時点で可能性は考えていたが、味方は何をやっていたんだ!!」
記憶を辿ると、当初この基地の近くには大規模な味方部隊が展開していた。そしてそれと戦っている敵に対して俺たちの部隊が奇襲をかけるという筋書きだったようだ。
だが、奇襲は失敗、そしてこの様子を見ると味方部隊は壊滅、もしくは大損害を受けて後退したのだろう。何かしらの敵の動きがあったことは明白だ。
しかし、そんなこと考えていてもしょうがない。今は目の前のことをしないと。
「どうしますか?」
「一度基地へ戻る。状況の把握と補給を受けねばどうにもならん……だが、位置取りが悪いな。基地までの行程にどうしても戦闘地帯に入らねばならん。あまり時間はかけている余裕もないのだが」
「了解!じゃあ、突っ切りますんで掴まっていてください」
俺は機体をステルスモードに移行、操作をマニュアルモードに戻し、ブースターを点火した。
「なに?おい、待て………」
加速の勢いで座席に押し付けられる。あっという間に戦場が近づき、モニターに敵と味方が映し出される。ご丁寧に味方には識別番号が出ているので助かる。
あっちもこちらが味方だということは気づいているだろう。ステルスモードだと近距離のレーザー通信しかできないので交信はできないが。
敵もこちらに気づき、振り返ろうとするが間に合わない。
「遅い!背中ががら空きだ」
ライフルを二発撃ち、一発外したが一機撃破。
左側からのロックオン警告、前方のブースターを全力で点火、急制動により避け反撃。二機目を撃破。
立て続けに二機がやられたことで動揺する敵に急接近。敵を一体掴み盾にしながらもう一体に近づく。
そして、接触の瞬間、勢いをつけて掴んだ敵機体を投げつけ衝突させた。重量のあるものが速度を乗せてぶつかったので二つのスクラップが出来上がる。
敵の数が減り、味方も勢いづいたようだ。この付近の戦闘は優位になったように見える。
とりあえず、味方に手を振ると、基地に向かった。
「…………貴様、本当に覚悟しておけよ」
どうやら、少尉の三半規管は耐えきったらしい。もしかしたら何も食べてなくて吐くものがなかっただけかもしれないが。
後は怖いが、爽快感とともに飛んでいると基地が目の前に迫ってきた。
そして、スピードを落としてハンガーに着地、停止後に片膝を付かせると機体を降り、その後に少尉も続けて降りてくる。
整備員だろうか味方の兵が機体に近づいてくるのを眺めていると遠くから大きい声が響いた。
「カエデ!!無事だったか」
誰だろう?将校用の制服を着たダンディーなおじ様(略:ダンおじ)がこちらへ速足で駆けてくるのが見える。
「おじさま!ただいま戻りました」
どうやら少尉殿はカエデという名前らしい。俺の時とは打って変わって笑顔でその声に応えている。
もしや、これがパパ活……と考えていると、もはや慣れ親しんだゴミムシを見るような目で彼女が俺を睨んでいた。
いや、エスパーかよ。なんで考えていることわかるの?しかし、今回は流石に目の前のダンおじの対応を優先したようでそちらと話している。
話を聞いていると二人は親戚、カエデ少尉のお父さんがダンおじのお兄さんらしい。しかも、このダンおじはどうやら技術将校のようだが、この基地の指令も兼ねているようで思ったより大物らしかった。
「叔父様、いえ少将閣下。話はまた後でゆっくり致しましょう。戦況はどうなっているのですか?」
「そうだね。君の無事はわかったんだ。現在、この基地は帝国の襲撃を受けている。敵はかなり前から戦略を練っていたみたいでね。味方部隊は奇襲で全滅、情報が伝わらないようにしつつ、ゆっくりと進撃していたようだ。主力機体のハスタリスが基本戦力、そして後衛に対空装備の狙撃部隊、遊撃部隊として新型らしき高機動型が確認されている」
「味方と敵の戦力はどの程度なのですか?」
その言葉に少将は少し苦笑いする。
「こちらは五十、敵はその三倍ってとこかな。修理中の機体も合わせて出せる機体は全部出してそれだ。逃げるにも包囲をされているのに加え、対空部隊が厄介で空路も使えないんだよね」
「三倍の戦力差なんて……なぜここにそれほどの敵が。この基地はそこまで戦略的価値はないはずですが」
盗み聞いていると色々と知らない情報が出てくる。なるほど、ここってそんな重要じゃないんだ。まあ、防衛網もガチガチというよりはそれなりって感じだったしな。
「実はね…………………」
「そんな!?それでは何としてでも負けられないではないですか!!」
小さい声で少将が何かを言った途端、カエデ少尉が目を大きく開いて驚く。そして、大層な剣幕で少将に声を荒げた。
「そうなんだよね。なんとかしなきゃいけないんだけどジャミングもされてて増援も呼べずほとほと困ってたんだ。そしたら、何故か君たちが外から来たっていうじゃないか。僕的にはそこに期待してるんだけど」
「いえ、私達の方法は使えないでしょう。やろうにも恐らく機体ももう持たないと思いますし」
あー。確かにここについた時はもうアラート鳴りまくりだったしね。流石に無茶な軌道をしすぎたらしく、着くや否や後ろから重い拳骨を頂いた。
「そうか、残念だ。では、あまり似合わないが華々しく戦うとするか」
「私達も戦います。他に機体は本当にないのですか?どんなものでもいいのですが」
周りを見渡してもスクラップとなった奴しか見当たらない。本当に出せるだけ出したような様子だ。
「いや、本当に出せるものは全部出したんだ。それこそ作業用もね。もうこの基地には残ってる機体は無い…………いや?あるか、一機。でもあれは動かせないしなー」
少将は一瞬思いついたような顔になるも、すぐに諦めたような様子になる。
「あるならなんでもいいんです!それに乗せて下さい」
「いや、本当に動かせないと思うよ?もし動いたとしても歩く棺桶みたいな動作になると思う」
「それでも生身で戦うよりは戦力になるはずです。時は一刻を争います!早くその機体のところへ」
カエデ少尉が少将を強い力で揺さぶる。かなり力が入っているようで段々と青い顔になっていく。
「わかったから!そろそろ放してくれ」
カエデ少尉が手を放すと少将は近くのエレベーターに俺達を案内し、下向きのボタンを押した。
そして、しばらくしてエレベーターが止まり、扉が開いた。
「僕が言ってたのはこれのことだよ。でも、この機体は少々特殊でね。機体スペックは目を瞠るものがあるんだが、じゃじゃ馬に過ぎる。今まで乗ったパイロットたちはとてもじゃないが乗りこなせなかった。無計画に作られた失敗作だよ」
「失敗作ですか?それはどういうことでしょうか」
俺の前で二人は話し続けている。だが、俺の耳には何も入ってこない。
関節部までも黒く塗られた細いメインフレーム。
脚部・肩部・背部にスラスターが付いている。特に背部の物は小さな羽のように広がっており、生物的な美しささえ感じさせる。
そして、バイザー型のメインカメラを持つ頭部。一本の角のように生えたアンテナが力強い印象を与えている。
それを見た時、俺の鼓動はこれ以上無いほど高鳴っていた。何も周りの声が聞こえないほどに。
めちゃくちゃカッコいいやんけーーーーーという心の叫びと共に。