軍隊にパワハラという言葉は無いようです
酸っぱい空気に包まれたコックピットを掃除し、何とか一息つく。勝利のいい気分が台無しだ。
「どうせなら甘酸っぱい空気がよかった………痛っ!」
少尉に殴られる。小突くなんて可愛いレベルじゃない。前世ならパワハラで訴えるところだ。
「痛いじゃないですか少尉」
「お前がふざけたことを抜かすからだ!!」
少尉はすぐに怒り出す。もしかしたらあの日なのかもしれない。
「痛い!!何も言ってないじゃないですか」
「貴様が吐き気のする目線を向けてくるからだ。それより、ここはどこだ?」
とりあえずステルスモードを解除、現在地座標を照合する。
モニターに座標が表示される。そして、その横を見ると機体の各関節部に警戒アラートが出ているのが見えた。
無茶し過ぎたかも。ブースター燃料もかなり減っているみたいだし。
「ふむ。まだ基地までは少し距離があるな。とりあえず、取り出せそうな敵機体から燃料を補給しろ」
「あいあいさー……痛っ!!だから殴らないでください。了解ですってば」
ナイフで倒した敵機体の方に近づくと燃料タンクを取り外す。そして、給油ケーブルを差し込むと補給を開始した。
「しかし、貴様のあの出鱈目な動きはどこで覚えた?クレイドルシステムの限界を超えてコックピットまで圧がかかることなど早々無いぞ」
「みんなあんな感じじゃないんですか?無我夢中でやってたらなんかああなってたんですが」
とりあえず違う世界にいたなんてのは言えないので曖昧な感じで誤魔化しておく。
「普通のパイロットがあんな動きをしていたら最悪気絶するぞ。お前の個人記録は読んでないがどういう環境で育ったらああなるんだ。やはり辺境育ちは野蛮だな」
確かに記憶を辿ると俺は辺境育ちの孤児らしい。逆に少尉殿は都市部育ち。生活環境はまるっきり違うみたいだ。
そんなことを話しているとどうやら補給は終わったらしい。満タンとはいかないがかなり良いところまで補充できた。
「燃料補充が終わったか。なら、このまま低高度を維持しつつ基地へ迎え」
「了解」
通常モードで索敵しつつ低高度を維持しながら進む。しかし、ある程度機械が自動でやってくれるので暇だ。
設定を入れた後は高度の維持、障害物の探知、回避までの一連の流れがほぼ手出し不要で別にしたいことがある時だけ手を加える形になっている。
暇なのでわからないところを少尉に質問する。俺は新兵で一通りの操作技術等は教え込まれているようだが、情報量が多いわけでもないようなのでそこらへんを補完しておきたい。
「そういや、マニュアルで操作しない場合、さっきの動きはできると思いますか?」
俺と会話するのを迷った様子だったが、少尉も暇だったのか少し考えて口を開いた。
「あらかじめデータを入れておけばできるかもしれんが、まず無理だろうな。地形や敵位置を詳細に入れていかなければあんな動きはできん」
なるほど、たしかにこの機体のシステムはあらかじめインプットされた動きを基に補助しているだけで、人工知能のように自分で考えているわけでは無い。
まあ、兵士の能力を可能な限り均一化するという意味ではとても有効だろう。システム介入が多すぎて俺には扱いづらいくらいだが。
「機体が自己判断しているわけじゃないですもんね。あと、システムの介入がかなり入ることを考えると新兵もエースもそれほど動きに変わりはないってことですかね?」
特に気になるのはそこだ。先ほどの戦いではどの機体もある程度似たような動きをしていた。
流石に全てが全てでは無いが、共通点は多かったように感じる。
「いや、それは違うな。システムには学習機能があり、パイロット独自の戦闘パターンを都度記録していく。それ故新兵と熟練兵、そしてエースにはその蓄積に明確な差異が生まれる。
先ほどの相手は定石ばかりで教本通りの動きをしていたように見えた。恐らく戦闘経験はそれほど多くなかっただろう」
なるほど。正直さっきの戦いで楽勝だったから今後も強者ムーブをエンジョイできると調子に乗ってた。
おそらくチュートリアル的な敵だったんだろう。危ない危ない。
天狗になってると一瞬で狩られるというのを肝に銘じておこう。
「ちなみに、少尉は今回が何回目の戦闘なんですか?」
無言で睨みつけられる。なるほど、どうやらあまり言いたくないらしい。
初陣ではないだろうがそれほど多くないと見た。
「いえ、やっぱり大丈夫です。なんとなくわかりま……痛っ!!殴らないで。せっかく部下が気遣った…痛い痛い。なんでもありませんって」
ボコすか殴りやがってー。今のはシステム補助が無ければ墜落してたぞ。
「やはり貴様には上官を敬う気持ちが欠けているようだな」
「いえいえ、ちゃんと敬っておりますよ?しっかりお守りしたじゃないですか。貴方のために撃墜二桁するくらい頑張ったんですから。しかも初陣で」
とりあえず楽しかったからとは言わずにポイントを稼ぐことにする。
「…………ふん。口の減らん奴だ」
彼女はこちらから視線を外すともはや定位置になった座席の後ろに入り込み目を瞑ってしまった。
今のはギャルゲーならポッてなるところだったのに。異世界のギャルゲーは選択肢が違うのか?解せぬ。