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Mr.DARKER STRANGE  作者: 事故口帝
Mr.Darker Strange
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Mr.DARKER STRANGE エピローグ『プロローグ』


美しい、死体だった。

死に顔は安らかで、慈愛の心に満たされた温かな笑顔は、それが人類全滅の原因である、ということを忘れさせるほどであった。

目元を覆っていた拘束具は、風化して消え去り、纏っていた衣服さえも、今は粉塵となって消え去っている。

一糸纏わぬ姿、生まれたままの姿、そんな扇情的な美貌と肢体であるが、不思議なことにそこに肉欲を抱くことすら恐れ多く、美しいということ以外には感情が湧いてこなかった。


傷一つない、美しい肌。しかし、その真っ白な肌の中に、たった一筋だけ、赤い奇跡が描かれている。

真っ白の芸術作品を穢すような背徳的な赤は、その源泉を辿っていくと一つの風穴へ吸い込まれ、その奥に眠っているであろう鉛が、酷く昔の物のように思えた。

暗く、黒いだけだった巨大な空間は、いつしか白く、明るい神殿のような様相へとジョブチェンジを遂げており、それが不器用な男の最後の気遣いであったことは想像に難くない。


巨大な十一本の柱によって支えられている天井には、装飾過多な円が描かれており、その周囲で激しく燃え盛っている焔も、浮遊する茨も、数多の弾丸も、その円を引き立たせる舞台道具として刻まれていた。

祭壇のように、階段によって繋がれた高台では、ねじり合うように、絡まり合うようにして最後には一本となる四本の柱が、木の根のようにして天を仰いでいた。

そんな祭壇の中心。主役ともいえる場所で眠る白髪の女は、愛によって生まれたダーカー、セクタは、死んでいる。

間違いなく、死んでいる。

彼女の人類を巻き込んだ心中は、文字通り人類を滅ぼし、この世界から人類を崩滅させた。


【愛する人】のダーカー。セクタは、死をもってプロローグへと進んだ。



不幸の媒介。それは、自分の体に常に病や傷を宿し、それを抱えながら生きないといけないという苦行の末に成すことのできるものだ。並大抵の精神力では成し得ないし、普通の人体でも不可能な所業だ。

それを無表情で遂行することができたのは、当の彼女にその並外れた精神力と、不可解な人体が備わっていたからの他ならない。


爆炎の余韻。それは、世界から完全に消失している。しかし、彼女の、傷だらけの修道女、ナイト・リゲルの耳朶の中でだけは、その残響は絶えることがなかった。

愛する人を間違えた。いや、愛し方が世界から拒絶された。そんな、可哀そうな敵。爆炎の中に消えていき、その後、訪れるはずの眠りすら阻害された、ただただ可哀そうな、敵。

今、この瞬間、その敵が生きているかどうか、怪しいところであった。


いい加減、ここで人を憐れんでいても仕方がない。

自分は、愛するべき、というより、助けるべき人物に手を貸して、その人物の判断を尊重するつもりだ。

もし、この封印施設から這いずり出て、そこに広がっているのが楽園でも天国でも、そこに憤慨だとか喪失感だとかは覚えない。

ただ、その選択を噛み締めて、生きていくことしかできない。


思えば、鮮烈な人生であった。

彼女は、何の変哲もない少女であり、ただほんの少し、医療について知っていただけだ。それが、ナースという願いを背負い、不幸という縛りを背負い、天誅という業を課すのだ。

人生というのはわからない。

いつの間にか神殿のように作り替えられた真っ白な封印施設に立って、そこを己の血液が汚すことに多少の呵責を得ながら、彼女は地上の光を仰ぐ。


【ナース】のダーカー。ナイト・リゲルは、再起でもってプロローグへと進んだ。



ぐちゃぐちゃになった身体。それが主からの命によって成された身体だったとしても、それに対して抱く感情は忌避だけだったろう。

皮膚は服のように内臓を覆い隠しているのに、死に装束の錬金術師はどうにも露出度の高い服で地面にひれ伏しており、そこから覗く命の要は、得体の知れないおぞましさを感じさせるほどに変色して、生きるための運動ではなく、死ぬための運動へと、その役割をシフトしていた。


己が生み出した、人生の最高傑作。唯の砲撃によって成されたとは思えないほどの破壊力の塊。それがこの封印施設に与えた影響は恐ろしいほどに大きい。しかし、まるで最初からそうであったかのように作り替えられた神殿の装いのせいで、彼女の痕跡というものはほぼ残っていないといってよかった。


それに喪失感を抱く脳すらないことが悔やまれるが、悔やむ身体すら死体として不出来なのだ。もはや救いようがなかった。

最期の瞬間、彼女は、何を思ったのだろう。何を願って、何を自分の人生としたのだろう。

陶酔とまで揶揄される彼女の敬愛は、きっとその命を激痛に苛まれ、蝕まれ、ゴミのように吐き棄てられたとしても不変であり、彼女はそれを絶対的な幸せだと感じていたはずだ。

爆炎に消える寸前の哄笑は、きっと、愚かな自分ではなく、崇高な主に手向けた、最後の献身だった。


もし、彼女の次があるとして、その人生に、続きがあるとして、彼女は、どんな道を歩むのだろうか。

彼女は、どのようにして死ぬのだろうか。

きっと答えは決まっている。きっと死に方は決まっている。一度体感して、絶叫したとしても、彼女は喜んでその道を選ぶだろう。


【錬金術師】のダーカー。レベリリオン・サブレリアは、正解でもってプロローグへと進んだ。



ただ一人、壊れていることを許されなかった少女。

魔法を夢見て、魔女を嫌って、少女である部分を誇示し続けた少女。魔法少女であった少女、アヌビス・メーデンは、許されなかった。

彼女は、間違いなく正解を見つけた。最適解を導き出した。そこに、何者でも割り込む余地はなかったし、誰かが唾棄していいような下劣なものでもなかった。

それは、覚醒と呼んでもいい。それほど、神聖な産声だった。


けれど、少女は少女であることを許されなかった。

彼女の本物は、本物であることを許されなかった。いや、正確には、本物であることを認められたうえで、叩き潰された。それはもう、完膚なきまでに。


誰もが狂っていた。誰もがそれを容認した。誰もがそれを押し通した。

それなのに、自分だけは、それを押し通すことも、貫くことも、許されなかった。

誰もが許されたそれを、彼女だけは、許されなかった。


誰かになろうとした少女の物語は、最後には、誰にもなれなくなって終わりを迎えた。

誰かになることも、誰かという偶像に縋ることも、自分という数多を認めることも出来ずに。

身体が死んだわけではない。精神が死んだわけでもない。

ただ、認められなかっただけだ。


だから、少女は許される誰かになろうと画策するのだ。

結局、一番最初の願望へと、回帰してしまうのだ。

自分に降りかかる不幸は、不利益は、全て、自分が自分であるから起こることだ。自分が自分でなくなれば、誰かが自分であったなら、自分は美しく、かっこよく、頼りがいのある人物になれる。

舞い戻った願望は、再び彼女の心根を捻じ曲げる。


【魔法少女】のダーカー。アヌビス・メーデンは、回帰でもってプロローグへと進んだ。



研究で肉を割かれ、実験で内臓が爆ぜて、好奇心で貞操が弄ばれた。

しかし、それは紛れもなく自分を構ってくれるという『喜び』への道であった。自分を見つけてくれた、自分を認識してくれた、自分を知ってくれた。

関心というものを向けてこられなかった実験動物の少女には、痛みも、凌辱でさえもが、喜びであった。


だから、少女は嬉しかった。

全力で自分に向かってきてくれる黒い刃が、惰性であっても突き立てられる異能の数々が、それによって享受される痛みの数々が。

だがしかし、一つ誤算があったとすれば、それを殺してしまうほどに、彼女の愛情表現というものは激しかったということだろうか。


喜びに、嬉しさに、幸せに、満たされて、どうしようもなくなって、それを伝えたくて、少女は己を張り巡らせた。数多の己で、くれた幸せを返した。

幸せを与え合った。愛し合った。

それなのに、幸せをあげた後、幸せをくれた優しい人たちは、もう動かなくなっていた。

黒いタトゥーから煙を滲ませる少女に至っては、四肢をもがれて転がっており、見開かれた眼球は一心に少女を見つめていた。


その視線だけが、今自分に向けられている関心。それが酷く心細くなって、しかし嬉しくて、少女はその眼球を抉り取って握りしめた。大切なものを守るように、大事なものを、慈しむように。

何度痛くても、何度死んでも、何度消えても。必ずそれは再生する。必ず少女は甦る。


【被験体】のダーカー。ヌクルルは、幸せでもってプロローグへと進んだ。



自分の四肢が引き千切られていく音が、酷く鮮明に脳裏で響いていた。

最初は、たった一人だった。自分は、殺す側だった。

それが、いつしか自分は殺される側になり、一人だった敵は何十もの敵たちになった。

それが途方もない再生力による力なのか、はたまた、知ることすらできない未知の力だったのかはわからないが、自分でも知覚できないほどの数で啄まれるという感覚は、痛みよりも気持ち悪さが先行するということに、最後の最後で気づくことができた。


数の暴力という言葉がある。

実際、それは現実的にまかり通る事実だ。しかし、ここまで圧倒的だというのならば、自分のこれまではなんだったのか、と悲観せざるを得ない。

だが事実、少女が手にしていた力は、何百、何千、何万という戦闘訓練の果て、研鑽の果て、数の暴力によって、数多の強化によって鍛え上げられた、個の力だ。

その実、自分も数の力でここまで生き永らえてきたのだ。それに喰らわれて死ぬというのも、お似合いな結末だったのかもしれない。


だから、たった一つだけ。自分を殺した相手を、自分にそれを教えてくれた相手を、射抜くほど、射殺すほど、抉るほど、見てやろう。

その命が費えるまで、その命が費えても、果てた先で、置いてきた身体に、その役目を与えよう。

そうやって、焼き付けよう。自分が誰に殺されたのか、自分が誰を殺すのか。


思えば、その異能の力は傲慢な力だった。いくら天使といえど、勝手にそこに善悪を付与するのだ。

反動がこれだったなら、おあいにく。


【天使】のダーカー。レンゲル・ライレイは、殺意でもってプロローグへと進んだ。



何度も身体を重ねた。何度も、性を享受した

それでも、満たされることはなかった。満たされたかった、満足したかった、動けなくなりたかった。

依存、したかった。

依存した。依存されたい。

その人を支配し尽くして、その人から支配され尽くして、尽くして、尽くして、尽くして、そして、絡みあって、絡まり合って、蛇のようにねっとりと重ね合って、やがて一つになりたかった。


分かたれることも許さない。離れることも許さない。逃れることも許さない。

自分もそうで、相手もそうだった。だからそれが、恐ろしいほどに心地よかった。

何をしてもいい。

自分の弱いところをどれだけ見せびらかしても、どれだけ自分の中身をさらけ出しても、どれだけ求めても、依存しても、相手は許してくれる。だって、相手も自分に依存しているから。


だから、きっとこの広すぎる世界であっても、少女は彼を離さない。彼は少女を離さない。

絶対に離れないし、分かたれない。

絶対的な愛で、変態的な愛で、たとえ誰に批判されよと、誰に貶められようと、その絆は固い。

たとえ一方的な依存が脆かったとしても、互いに互いを思い合う依存がどれほど結束の強いものか、人は存外知らないものだ。


今、この世界で、たとえ、この世界ではなかったとしても、きっと自分はそれ以外要らない。

それ以外を必要としない。その関係以外に、魅力を感じない。それ以外に、幸せを見出せない。

そんな縛り合う関係性を、彼だけと育みたい。

それが、それだけが、再び青年の胸の中に抱えられた少女の、たった一つの願いだった。


【淫魔】のダーカー。フェルモアータは、愛でもってプロローグへと進んだ。



結局来なかった迎え、結局達成できなかった誉れ、結局得られなかった答え。

どれほど超常の力を操っても、どれほど破壊を尽くしても、どれほど演算を繰り返しても。彼女は、結局出来ないことばかりだった。


これまでの行動の中核にあったのは、その全てが自分のエゴ、欲求だ。

だから、それが誰かの助けになっても、世界のためになっても、逆に、誰かを殺しても、世界を壊しても、どちらでもよかった。

感情をせき止めることができない、性質だったのだろう。


淫靡を感じれば慰め、怒りを感じれば殺し、恐怖を感じれば震えた。

だから、悲しみを感じたから、泣いた。ただ、ただ、泣いた。

本当は、求めていた。何もかもが上手く行って、全部が全部まとまって、そして、彼が自分の手を取って、そんなハッピーエンドを、彼女は求め続けていたのだ。


それなのに、現実はどうだろうか。

何もかもが上手く行かなかった。何もかもが、自分の感情の真逆を走った。何もかもが、嫌になった。

だから、こうして泣き喚ている今も、地面を掻きむしっている今も、涙を止めようとする掌も、ずっと求めている。

安寧を求めている。平穏を求めている。普遍を求めている。


誰かの腕の中で眠ったり、優しいキスを貰ったり、ロマンチックな再開をしたり、あどけない笑みを向けてみたり、腕を抱え込んで幸せを実感したり、それを求めるのが、なにか可笑しいだろうか?

イカれたダーカーがそれを求めるのは、許されていないのだろうか。

ずっと、ずっと、求め続ける。

研究所の隅で蹲って、泣いて泣いて、泣いて。

求め続ける。


【魔女】のダーカー。ジャンヌ・マレフィスは、渇望でもってプロローグへと進んだ。



ずっと、少年が一番だった。

弟のように可愛がっていたのに、身を挺して守ってくれたり、無自覚な愛を囁いてきたり、ずっと育まれてきた愛情は、どうしようもないほど大きくなって、その愛が永遠に続くことを、疑わなかった。


脳が混濁していた。

体中が痺れているようで、そこに腕がある。そこに足がある。そこに、肉体というものが存在している。そんな実感を、視覚で、感覚で、じっとりと認識を深めてなければ、痛みですらも感じることができない。

しかし、そんな生の実感を求めようとして、やっとのことで己の身体の欠損に気付いた。

腕が、足が、脇腹が。肉を抉られて、千切り取られて、爆ぜて、笑いすらこみあげてくるほどのどうしようもない満身創痍に、もう我慢なんてしないで思いっきり笑ってやった。

もちろん、身体に実感がないのだから、笑えるはずがない。


本当に、救いようがなかった。

次第に、思考力すらも無に帰していく。

考えが生まれては消えていき、というより塗り替えられていき、たった一つの思考に没頭することすらできなくなっていった。本当に、末期の症状だった。

だからだろうか。

脳裏で再生されるかつての映像は、己の根源である少年のことだけ。


彼が欲しい。彼と一緒に居たい。

彼に嫌われたくない。彼を、自分と一緒に、居た。彼が、ただ、彼を彼が、彼。

愛させてほしい。

ただ、それだけでいいから。その器に、少しでも自分の要素を入れてほしい。何もかもは、かつての少年のためだから。

その声を、憶えている。その表情を、憶えている。


【キョウシュウ・ヒューマ】のダーカー。アングレット・エーデルパリィは、思い出でもってプロローグへと進んだ。



どうして自分の意思がまかり通らない世界を、案じてやらないといけないんだ。


僕を救ってくれない人類を、どうして僕が救ってやらないといけないんだ。


【科学者】のダーカー。ふう 隣杯りんはいは、探求を変わらずプロローグへと進んだ。

      のダーカー。             は、       プロローグへと進んだ。



「これで満足?別に、君が描きたかったのがそれだったなら、いいんだ。


けど、こうしてプロローグを始めたってことは、きっと君は満足していない。


まだ、僕たちを酷使する気だ。


簡単には、殺してくれないんでしょ?


じゃあ、僕たちも好きに暴れることにするよ。この世界で。


君の頭の中で、心の奥底で。


もう、僕たちはただのはけ口じゃない。意思を持って、意志を持った。


次の世界で、僕たちはどんな姿になるのかな?」



「そろそろ分かれよ馬鹿。精々考えろよ孤独で。」


「どうやって僕たちを、終わらせるのかを。


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