若さ
『若さ』
若さと危うさは相対である。
若さには2種類あって、これは世にはよく知られている
し、私もそれには異論がない。身体的な若さは時間に反比
例することもまたいうまでもないことである。危うさとの
相対にあるのは心の若さである。他人の言い分では身体の
若さは時間に反比例するがその係数は心の若さによって変
動するのだそうだ。私に言わせていただくのであれば、こ
れは偽である。心の若さと身体の若さは決して相互干渉す
るものではない。とはいうものの以前ならそのように考え
もしなかった。この考えに至るのは少々過去に立ち返らね
ばならない。
大井という男がいた。この男は私が高校に上がってすぐ
の頃、自身の持ち前の図々しさをして私に話しかけるよう
になったのである。敢えて大井を友人と呼ばないのは、友
情がなんたるかを理解できずにいる現状であるからだ。飄
飄とこの男との関係を友情という枠に当て込むことは私の
ような人間に許容されるべきではない。なぜならこの男
を、大井を殺したのは私だからだ。
先に述べたように元来この男は快活で明朗であった。故
にいつも人に周囲を囲まれていた。しかし、時折影を落と
した能面のような表情を見せるのである。私はこれを見た
とき不信感や恐怖よりも畏敬を念を持った。そして愚かに
もにも人間の本性を見たような気持ちになってしまったの
である。それはその表情が刹那に見られたからで、私以外
の誰も大井の能面を見た者がいないと確信したからであ
る。私には人の本性を見抜く力があると思い込んだ。それ
からというもの、私はまた能面が見たくなっていた。ある
とき大井はいつものように授業をふざけていた。教科書に
書いているような簡単な答えを間違えて他人を喜ばせてい
た。この頃には私は大井のことを真に理解しているという
傲りがあったのだろう。あろうことか、大井にそのことを
理解してほしいとさえ思うようになっていたのである。し
かし、堂々とそのことを大井に伝えるほどの勇気はなかっ
た。ところがこの日、この授業で突然に言葉にも音にもな
らないような揺れが口からこぼれた。
「わざ…」
私は咄嗟に大井の顔を見た。男の肌色は蒼白だが、その口
元は張り詰めた弓の様に緊張していた。その目には私が映
っていて、そこに映った私は今まで生きてきて目にしたも
の中で最も醜物であった。
この僅かな時間に私は今に至るまで拘束されている。
このときからというもの、大井は私と共に過ごす時間が
極端に増えた。私は他人と会話することが不得手であるた
め学校では阿呆だの電柱だの言われていたから、私と親し
くすることは大井から人気を奪った。しかし大井自身はそ
のことに対した執着を持っている様には見えなかった。む
しろ心の友を得たかの如く関わる様になった。ある雨の
日、傘を忘れた私は学校の玄関口で途方に暮れていた。す
ると大井は傘を貸してもいいが、それよりも家がこの近く
だから雨宿りでもをしに来ないかと私を誘った。私は家に
いる時の雨は好いたが、外出の雨はこの上なく嫌いであっ
たし、この前の一件のこともあって大井の誘いを断るのは
危険な思いしたので渋々行くことにした。大井の実家は地
元では名の知れた政治家であるそうだが、大井自身は下宿
をしていたので、そのことを知るのは高校を卒業したあと
であった。下宿に着くと大井は座布団を私に与えて楽にす
るように言った。部屋には下宿生にしては不自然なほどた
くさんの本が棚に並んでおり、今ほど活字を好まなかった
当時の私には極めて窮屈な部屋であった。ただ唯一私の目
を引きつけたものがあった。褐色の物書き机と丁寧に置か
れた原稿用紙である。大井はそれを隠すように座っていた
が、私はどうしても気になってしまい、聞いてしまった。
「書くのかい?」
大井は少し間をおいて頷いた。そして棚から原稿用紙のま
とまったものを私に与えて、読んでみてくれないか、と言
った。私は好機だと思った。大井という男の本性を知る端
緒になり得ると思ったからだ。しかしそのような愚考はこ
の男の文章の前では、見栄でしかなかった。思えばこれが
きっかけで活字を読むようになったのではなかっただろう
か。それほどこの男の文章には人を惹きつける魔力のよう
なものがあった。
「君は物書きになる。」
この時ばかりはあらゆる雑念を含まずに、言葉になった。
大井は何も言わなかった。
大井とは高校生活の始めの1年しか関わることがなかっ
た。卒業のときに男の顔を見た時には、私の見た刹那の能
面は初めからなかったかのように貼り付けた笑顔で周囲に
微笑を振りまいていた。大井は上京するらしいと大井と同
じ学級の女が話すのを耳に挟んだ。どうやら東京の大学で
文学を学ぶらしい。私が大井の姿を見たのは卒業式が最後
である。
卒業後も大井の評判は常に聞こえていた。大井は上京
後、物書きになってそれ なりに名が売れていたからだ。
私は例の一件のせいで大井を忘れることはなかったが、
どうやら大井も同様であったようだ。というのも手紙を
遣したのある。本当に簡潔な内容で手紙にせずとも葉書
くらいで済ませればよいことが書かれていた。
「拝啓Kー君の言った通りだ。」
この手紙が送られてきて数日後、大井が亡くなったことを
知った。自殺だった。世間は恋愛沙汰が原因だの、薬物で
おかしくなっただの色々な憶測でこの男を脚色している。
ただ私の手元には手紙とは別にまた後日、この男の作品が
送られてきたのである。内容はどうやら大井の生涯をベー
スに書いたものと思われた。なぜ私にこれを送ったのか。
読んだ後は明白であった。これは下品な言い方をするなら
当て付けである。作品の示すところは、大井の臆病さであ
る。彼は一生、他人に己の本性を暴かれるのを恐れた。あ
の一件まで大井はうまくやってこれたそうだ。他人の望む
大井であろうとし、また暴露の危機すらなかったのだとい
う。しかし、私の口から漏れたあの揺れは大井の臆病さを
拡張し、物書きになったあともずっと心を犯し続けた。あ
の手紙の「君の言った通り」とは私が言った通り物書きに
なったことを意味するのではなかったのだと理解した。
私の傲りが大井を殺した。もしかするとそのように考える
ことも傲りなのかもしれない。若さゆえの危うさから生じ
る傲りも不本意ながら自覚せねばならない。そうして記憶
に刻み込まなければ私はいつまでも前に進めない。大井を
殺したのは私だ。




