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36話 因縁

※前回までのあらすじ


 ニヴルゲイトを縫う作戦に出た!


 無体物縫製のスキルを使い、ニヴルゲイトを閉じる作戦に出ることにした俺達は、早速準備に取り掛かっていた。



 またいつ、黒怒竜(ニーズヘッグ)が出て来るか分からない。

 ならば、状況が落ち着いている今の内に行動を起こすべきだと考えたのだ。



 そんな最中、俺の指図で動くことが面白くないラルクは終始、不満げな表情を浮かべていた。

 そして遂には、とんでもない事を口にした。



「おい、ルーク。俺と勝負しろ」

「は? 勝負だと? 今はそんな事を言ってる時じゃないってことくらい分かってるだろ?」



 ラルクは不適な笑みを浮かべる。



「ああ、分かってるさ。だから手っ取り早くやって終わらせようっていうんだ」

「……」



 こんな切迫した状況で勝負なんてしている場合じゃない。

 昔から感情的になる部分は多々あったが、こんな時でもお構いなしか。



「そもそも何の為に? 勝負をする理由がない」

「理由? あるさ」

「?」



「俺はお前の指示で動いて死にたくないだけ。だから、この勝負に俺が勝ったら、俺達、蒼の幻狼の指示で動いてもらう」

「なんだと……」



 無茶苦茶な事を……。

 他に最良な手など彼らにあるとは思えない。



 最早、正気の沙汰ではないな……。



 そこでラルクは企みに満ちた笑みを浮かべた。



「これはついでだが……俺が勝ったら、そこにいるお前の奴隷――翼人を俺達が貰う」

「なっ……」



 これにアリシアは体をビクッと震わせ敏感に反応した。

 そこへ、一連の流れを傍観していたエーリックが止めに入る。



「おい、君達、今はそんな事をやっている場合では……」

「あんたは黙っててくれ、これは俺達の問題でもあるんだからな」

「だが……」



 ラルクが鋭い視線を向けると、勘の鋭いエーリックは、俺と蒼の幻狼の間に何か因縁めいたものがあるのではと勘繰り始めていた。



「なあ、ルーク。俺達はもう手を切った者同士のはずだ。だが、未だにこうやって顔を合わせている。ここらですっきりバッサリと断ち切らないか?」

「……」



 それは俺にとっても願ってもない事だ。

 もう彼らとは、あの時に全て終わりにしたはず。



 これ以上、関わり続けるなんて御免だ。



「分かった、勝負しよう。だが手短にな」

「オーケー、大丈夫さ。お前が立っていられるのは数秒だからな」



 未だに俺との実力差に気付いていないようだ。

 だが、まあいい。

 それなら、ここでそれをハッキリと分からせる良い機会だ。



「で、勝負の方法は?」

「互いの攻撃力を先に奪った方が勝ちってことでどうだ?」

「分かった」



 ラルクは背負っていた槍を取り出す。

 普段彼が持っている業物の槍は先の翼竜(ワイバーン)との戦いで折れてしまったので、それは予備である極普通の槍だ。



「俺はこの槍を使う。お前はなんでもいいぜ」



 余裕ありげに彼は笑う。



「もう始まってるのか?」

「ああ、いつでも」

「そうか、なら……」



 俺は糸を伸ばし、ラルクの槍に巻き付ける。

 そのまま構造改変。

 次の瞬間――、



 ボトッ……



 槍の先が切り落とされていた。



「なっ……」



 ラルクは青ざめた顔をしていた。

 見た目では俺は何もしていないというのに、槍が勝手に折れたように見えたからだ。



「攻撃力を奪った。これで勝負ありだな」

「……!」



 ラルクの目の色が変わる。



「ちっ……まだだっ!」



 彼は背腰に手を回し、ナイフを引き抜いた。

 そのまま俺の喉元目掛けて飛び掛かる。



 まるで本気で殺しに来ているかのような動きだ。



 だが、俺にそんなものは通用しない。



 糸をラルクの四肢に絡ませ、動きを止める。



「ぐっ……!? なんで……動かないんだ!?」



 動揺している彼を余所に、ナイフに糸を浸透させ、構造改変。

 今度はナイフがただの鉄球になって地面に落ちた。



「!? そんな馬鹿なっ……!?」



 狼狽える彼に再度確認を取る。



「今度こそ勝負ありだな。今の俺には、お前では勝てない」

「ぐぬぬぬ……」



 ラルクは悔しそうに歯噛みした。

 しかし、すぐに不気味な笑みを見せ始める。



「フフフ……どうやら、お前の実力を認めなくてはならないらしいな」

「?」



 らしくない台詞だ。

 それがまた不気味に映る。



「俺達といた頃とは変わってしまったらしい。その力を見込んで……どうだ? 俺達の所に戻ってこないか?」

「は?」



 何を言われたのか一瞬、理解出来なかった。

 だがすぐに呆れた感情が蘇ってくる。



「今更、何を言う。お前らの方から手切れを要求してきたんじゃないか。ふざけてるのか? 今だって、関係を断ち切りたいと言っていただろ?」



 ラルクは口元だけで笑う。



「フフッ……お前が能力を隠していただなんて知らなかったからな。物凄く舐められた気がしたよ。だが、その力は元々、俺達の為に役立てるものだ」

「勝手な言い分だな。そもそも俺が今更、『はいそうですか』と戻るとでも思っているのか?」

「別に、そうは思っちゃいないさ」



 彼は何かを企んでいるかのように、ほくそ笑んだ。



「?」



 不審に感じたその時だった。



「きゃっ!」



 離れた場所で悲鳴が上がった。

 振り向くとそこには、ゲイツによって取り押さえられているアリシアの姿があった。



「何のつもりだ!」



 思わず声を張り上げる。

 するとゲイツは穏やかさの中に潜む黒い影を滲ませながら答える。



「悪いねルーク。こうでもしないと、お前が戻ってこないんじゃないかと思ってね」

「……」



 何を言ってるんだ?

 そんな事をして何になる。



「牙を持った獣を飼う時は、その牙を抜いておかないと飼い主が噛まれるだろ? この翼人の少女は、お前にとっての牙なんじゃないかと思ってね」

「……」



 おかしい……。

 こいつら完全にどこかネジが外れてしまっている。



「だから、今からこの翼人の隷従契約を解除しようと思う。ティアナ」

「っ!?」



 ゲイツが不穏な言葉を発すると、側にいたティアナが杖を構えた。

 清浄化(クリア)の魔法を唱えようとしているのだ。



 清浄化(クリア)はあらゆる呪いや契約の類いを無効化してしまう魔法。

 白魔導士である彼女にとっては、特段珍しくも無い魔法だ。


 それが行われれば、俺とアリシアの契約は解除されてしまう。



 こいつら……。

 穏便に済まそうと思っていたが、そうはいかないようだな……。



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