ギャルゲ世界に転生した俺は聖地巡礼することにした
「お、ここだここだ」
電車に揺られて小一時間。着いた街のハズレに存在している公園の中心に存在している目的のオブジェを見て、俺は悦に浸っていた。感動しているといったほうがいいかもしれない。
このなんの変哲もない大木を見るために240円の切符を買ってここまできた甲斐があったというものだ。俺はさっそくスマホを構え、撮影を開始した。
もちろん様々な角度から撮ることも忘れない。被写体のウエストは100をゆうに超えるだろう。BもHも俺の目には同一寸法に見えた。所謂ドラム缶体型だ。チラチラと張り付いているピンク色の花びらがなんともセクシーである。
いや、ただの散りかけの桜の木なんだけどね!
「いやー、しっかし来てよかったわ」
俺は独り言を呟きながらもシャッターを切る手を休めることはなかった。
これは別に俺がやべーやつだからというわけでも、極まった樹木マニアってわけでもない。
ごく一部のオタクならわかってもらえると思うが、俺がやっているのは聖地巡礼というやつだ。
この何の変哲もないただの公園で、とあるギャルゲの主人公とヒロインが想いを通じ合い、やがてキスを交わすのである。
その時のCGにはこの巨大な木がバックに描かれており、夜のライトと舞い散る雪がいい感じに幻想的な雰囲気を醸し出していた。
ゲーム屈指の一枚絵となったそれはネットの評判もよく、雪桜とも言われるそのシーンを見て涙を流さないものはいないだろう。
BGMも最高に切なく感情を揺らすものであり、俺もプレイしていて号泣したものだ。
俺が話しているとあるギャルゲー、『その愛に名前はない』は高校生の男女が織り成す群像劇がメインの恋愛ゲームだ。
複雑ながらも息を呑む展開やキャラクターの心理を緻密に描写しきったシナリオ、名クリエイターによる秀逸なキャラデザ、美麗なOPに心を動かす繊細なBGMと、その全てが美少女ゲームとしてはかなりの高水準でバランスよくまとまっており、多くのプレイヤーを虜にした名作だった。
通称あいなま。ファンの間ではサブキャラでありながら人気NO.1ヒロインの棗奏芽と、主人公の幼馴染であいなまメインヒロインの神宮寺まひろのシナリオのどちらが至高かとしばしば論争になるほどである。ちなみに俺は奏芽派だった。泣けるんだよこれが…
ここまで語った以上、もうわかってもらえると思うが、俺ももちろんあいなまの大ファンである。
バイトした金をつぎ込んで、特典やグッズも購入して部屋に飾るほど熱を入れていたのもいい思い出だ。タペストリーに抱き枕までいろいろ買ったなぁ…
ん、アニメ?そんなものはなかった。いいね?
閑話休題。とにもかくにも今の俺は忙しかった。
これからまだ商店街と映画館、ファミレス、遊園地と回らないといけないからだ。かなりタイトなスケジュールだけど、この任務は必ず遂行しなくてはならないだろう。
なんせ俺はあいなま世界に転生したんだからな|。
数多くのあいなまを愛するファンの代表として、彼らのためにも俺がやらなくてはいけないのだ。誰だってそうする。俺はそうした。
なんで俺があいなまの世界に転生したのかはわからない。死んだ理由すら覚えていないのだ。痛かったとかあいなまの世界に行きたいと神様に願ったのかすら分からない。あるいは現実の俺は寝たきりになっていて、この世界は俺の妄想が生んだものかもしれないが、それはどうでもいいことだった。
俺の意識はここにある。息を吸って、心臓は動いている。
なら俺はとりあえずここで生きているということなのだろう。舞台がギャルゲーだろうと現代日本に転生できただけで御の字というのものだ。ファンタジーとか無理無理ムリポ。俺はウォッシュレットがないと生きられない。
以前の記憶を取り戻せたのは、ただ家が近いという理由でなんとなく受験したのが「愛染高校」という、あいなまの舞台になった高校の名前であったことに入学式で気付いたのがきっかけだった。
「あ、なんか聞いたことある」という、某ゼミの付属漫画みたいな連想ゲームをした結果記憶が蘇ってきたのだ。この結果から、俺は別にこの世界で為さなければならない使命とか大業な理由を背負わされているわけではないことを確信した。
ファンディスクも出たゲームだが、ファンタジー要素は幽霊がせいぜいだったと記憶している。世界観が共通した伝奇バトルなんてものも出していないメーカーのはずだ。とりあえず世界が崩壊するとかはないだろう。あ、でも友人キャラとのマッスルエンドはあったかも…ヤバい、ちょっと怖くなってきた。
まぁなにはともあれ、好きなゲームの世界にこれたならやることはひとつ。
実際にキャラクターが存在している世界を見て回る。当然のことだろ?
俺は友人の誘いを断ってまでゴールデンウィークを利用してここにきたのだ。
この休みであいなまの聖地を全て回ると決めている。そしてその選択が間違っていないことを、俺は確信していた。だってめっちゃ楽しいもん。
は?ゲーム世界に転生したならヒロインを攻略しないのかだって?
嫌だよ、だってあいなまのヒロインみんな重いんだもん。確かにめちゃくちゃ可愛いけど、自分が恋愛したいかっていったら…ねぇ?
ちなみに俺は主人公でもない、ただのモブキャラである。
主人公とメインヒロインのまひろ、サブヒロインの奏芽と同じクラスではあるけれど、主人公やまひろとはたまに話すことしかしていない。
席も真ん中後方という、キャラの立ち絵で絶妙に隠れてしまう場所にあった。手を動かしたり、ブンブン振り回すような立ち絵に変化したらもう見えないだろうね。
あれ、お前いたの?ってなるやつ。わかるひとにはわかってもらえると思う。
強いていいところをあげるなら割とイケメンなところだが…あいなまの登場人物って基本みんな美形なんだよね、モブに至るまで。
キャラデザの人がかき分けできていないなんて言ってはいけない。プレイヤーに不快感を与えないための策である。あいなまは純愛ゲーなのだ。
さらに俺が率先してヒロインを攻略する気が起きない理由はもうひとつある。
俺は今年入学したばかりのピカピカの一年生だ。そして季節はまだ5月、高校生活はまだ始まったばかりだが、あいなまの攻略キャラクターには下級生も存在する。
さらに言えば、ゲームが始まる季節は冬だ。つまり『その愛に名前はない』の本編が始まるまで、あと一年半は猶予があるわけである。
これでどうやる気だせっていうんだよ。下手に接触したらルートが変わる可能性があるんだぞ。
俺はあの至高のシナリオをぶち壊したくなんてないんだ。俺は自分が流した涙に嘘は付けない。
だから俺はこのまま聖地巡礼をして高校生活を送り、あいなま本編が始まったらそれを陰ながら見守ろうと心に決めていた。
主人公をストーキングし、黒子として彼が選んだエンディングを見届けるのだ。
そのつもりだったのだが…
「ねぇ、まだ撮影終わらないんですか?」
いい加減鳩に餌をやるのにも飽きたのか、ひとりの少女が俺に向かって近づいてきた。
腰まで伸びた、流れるような青い髪。パッチリとした二重まぶたとそれに見合った大きな瞳。
鼻筋はスっと通っており、薄めの唇はなんとも艶かしい。
胸は大きく膨れ、服の上からもわかるほどなのに、ウエストはキュッと締まった日本人離れしたスタイル。
完璧に整った造形だった。整いすぎているといってもいいかもしれない。
だがそれは仕方ないだろう。なんせキャラデザの人が一番力を入れたと公言しているくらいだからな。造物主がそういうのだから、目の前の少女はこの世界で一番美しい少女といっても、きっと過言ではないのだろう。
その少女、棗奏芽は俺の前で腰に手を当て、不機嫌そうな顔を隠そうともしていなかった。
「あー、もう終わるよ。次は商店街だな。で、その次は映画館。昼はファミレスで最後に遊園地で締めだ」
「キッチリスケジュールを立てているのは嬉しいですが、最初に公園を選ぶのはいただけませんね。しかも私を放置してよく分からない木に熱中するとかドン引きですよ」
やれやれと首を振る奏芽は、そういうわりにはどこか嬉しそうに口元をほころばせていた。
集合場所に来たときもやたらおめかししていたが、なにを期待しているのやら。
そもそもこの木はお前のシナリオのトリを飾る重要な舞台装置なんだぞ。なんて言い草だ。
「俺はひとりで行くっていってたのに、棗が無理矢理着いてきたんじゃないか。スケジュールがきついのもお前を待っていたからなんだぞ」
「幼馴染がひとりで遊園地に行くなんて言うからついて来てあげたのに、ひどい言い草ですね。京介くんはもっと私を労わるべきだと思いますよ。あといい加減棗ではなく、下の名前で。奏芽と呼んでください」
うっさい、誰にでも敬語ヒロインが。他人行儀なのはお互い様だろ。
そんなんだからメインヒロインに常に一歩先を行かれるんだよ、わかってんのか。
「今なにか失礼なこと考えてませんでしたか?」
「そんなことないっすよ」
やべぇ、そういや奏芽は勘がいいんだった。
チラホラ忘れている設定がある。気を付けよう…
ここまでくればわかると思うが、なんの因果か俺とサブヒロインである棗奏芽は幼馴染であるらしい。
主人公と幼馴染なのはメインヒロインのまひろだし、サブヒロインの棗に関しては、まだ本編開始前だから設定が煮詰まってなかったともとれるが、こんな設定があったとは俺も当初寝耳に水だった。
人気No.1ヒロインに異性の幼馴染がいたとか、ファンが知ったら炎上確定案件だ。
ただでさえギャルゲプレイヤーとは繊細な生き物なのである。今のご時世NTRの可能性を生んだだけでアウトだ。
お蔵入りした設定なのかもしれないな…俺は製作陣の闇を身を持って体験しているのかもしれない。
「じゃあ行きましょう。今日は楽しみにしていたんですからね」
そう言って棗は笑顔を見せる。
ゲームで見せたどこか儚い笑顔ではなく、心から楽しそうな笑顔だった。
(そういう顔は主人公だけに見せて欲しいんだけどなぁ…)
モブに見せていい顔じゃないだろ、それ。
俺をまた惚れされる気か。意地でも惚れないけど。
「じゃあ行くか。観る映画はもう決めてるからな」
「京介くんが選ぶ映画ですか…不安ですが、楽しみにしておきます」
どっちなんだよ、やっぱ素直じゃないんだなぁ。
俺は苦笑しながらも、スマホを仕舞って歩き出した。
奏芽も隣に並ぶが、何故か距離を詰めてくる。近い。
「離れてくれない?」
「嫌です」
…やっぱり面倒くさいな、この子…
俺はやっぱり攻略なんてしたくない。恋愛なんてゲームの中だけで充分だ。
「やっぱギャルゲーって至高だわぁ…」
「むぅ、京介くんは手ごわいです…私はこんなに好意を顕にしてるというのに」
俺はゲーム世界を巡ると決めたのに、決まってこいつがついてくる。
これは一種の呪いなんだろうか。だけど俺は負けはしない。
(俺は俺の為すべきことをやると決めたんだ!)
それは聖地巡礼。絶対に譲れない!
俺は次の聖地を巡礼すべく、被攻略ヒロインとともに街へと繰り出すのだった。
「絶対私があなたを攻略してみせますから!」
アーアー、聞こえない聞こえない。
思いつきで書きました
長編もありかなと思いましたがとりあえず短編です