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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼女の話
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7.ルールを決めましょう

ブックマーク、評価、ありがとうございます!

大変励みになります。

そんな不思議な契約(?)に基づき、二回目の新月が近づいた時に、二人は吸血に関する細かいルールを決めていった。


基本的には新月の日に、その日が土日祝日や、出張などで会えない時は、その前の日に吸血する。


場所はてるの家の玄関。しかしこれに関してはなかなか決まらなかった。


行為が行為だけに、人目がある場所はNGだし、だからといって十分ほどで終わる吸血にいちいちホテルに行くのもお金がかかって仕方ないとてるは言った。赤家も「二人でホテルなんて行ったら・・・」と顔を赤くしたり青くしたりしていたので、きっと嫌だったのだろう。カラオケやマンガ喫茶は個室だが、どこに監視カメラがあるか分からない。

結局、一人暮らしである、どちらかの家しかないだろうと結論付けた。

そこでもまた赤家は苦悩していた。ぶつぶつと呟いては、頭を抱えている。さんざん悩んだ挙句、「では、佐藤さんのお宅の玄関でお願いします」という妙な注文を付けてきた。


「あれ?でも、課長のご自宅の方がいいんじゃないですか?そしたら私は定期券内ですし、二度手間にならずに済みますし」


二人は同じ路線沿いに住んでいることが分かった。もちろん、会社に近い立地のいい場所に住んでいるのは赤家だ。


「いえ、あなたのご自宅でお願いします。食事をしてからだと、少し遅くなるでしょう?夜に女性一人で歩かせるわけにはいきません」


遅くなると言っても、多佳子と飲みに行ったときなどは同じくらいの時間になるのだが、せっかくの課長の厚意を無碍にするのもどうかと思い、「分かりました」と頷いた。


「でも課長?玄関ってどういう・・・?」

「ええ、私は靴を脱がず、そこから一歩も入りませんので。それなら多分耐えられると思うんです」

「えぇと、何に耐えるんですか?」

「ああいや、こちらの事情で」


それ以上は聞いてもはぐらかされてしまい、よく分からなかったのだが、課長なりに気遣ってくれたのだろう。

部屋にあげるなら、片付けはもちろん、お茶だのお菓子だの用意しなければと思ってしまう。そういうことをさせないために、【玄関まで】にしたに違いない。


「課長、ありがとうございます」

「はい?何がですか?」

「いえ、いろいろお気遣いいただきまして」


てるは赤家が悶々と悩んでいた理由を知らない。

二人っきりでどちらかの部屋の中にいるなんて、と苦しんでいたことに。




そして二回目の新月の夜。

蒸し暑い夜に、てるおススメのラーメン屋さんで赤家にスペシャルラーメンセット(ラーメン、半チャーハン、餃子、ビール付き)をおごってもらい、レジでもらったミント味の飴を舐めながら、てるは赤家を自宅に案内した。

自分の家の玄関に、靴を履いたままの課長が立っている。そして、自分はと言うと、靴を脱いでその前に立っている。

段差があるので、いつもより距離が近い。


「えーと、じゃあ・・・あ!どうしましょう課長!私絶対汗臭いです!ちょっとシャワーでも浴びて」

「却下」

「・・・ええ・・・?」


今日も真夏日どころか猛暑日で、オフィス内は冷房が効いているが、道中は思い切り汗をかいている。

吸血で体を寄せることに今更気付いてのてるの提案は、マスクを取った赤家によりばっさり斬られた。


「じゃあせめて、シートで拭きますから・・・」

「時間がもったいないので、諦めてください。・・・それとも、やっぱりやめますか?」


そう言った赤家の表情は、いつもと同じに見えるのにどこか寂しげだった。

そもそも、自分の血を吸うように提案したのはてるだ。「吸わない」と言った赤家に吸うように勧めた本人が、汗ごときでグチグチ言うのはおかしいだろう。

よし、もうどうにでもなれとばかりに、赤家の目の前に立った。


「女に二言はありません!どうぞぶすっとやっておくんなまし!」


気合が空回りしすぎて、変な言葉遣いになってしまった。

赤家はきょとんとした後ぷっと噴き出した。


「おくんなましって言う人、初めて見た」


そう言いながら、てるの肩にそっと手を置く。


「もう痛くしない」と言われていたとはいえ、一度目の痛みを思い出し、てるの体は勝手に硬くなる。

それに気付いたのだろう。赤家は、大丈夫と言うように肩をポンポンと軽く叩いた。


事前に説明は受けている。きっと痛くない。課長を信じよう。


そしてゆっくり、赤家の顔がてるの首筋に埋まった。

前回が左側だったから、今回は右側だ。てるは、吸いやすいように首をこてんと左に倒している。


ぬぅっと、首筋を濡れたものが通っていく。


「・・・ん・・・」


赤家曰く、吸血鬼の唾液には鎮痛と治癒の効果があるらしく、吸う前に舐め、吸った後に舐めれば痛くもかゆくもなく、跡にも残らないらしい。

とても便利ではあるのだが、覚悟していてもくすぐったい。ただでさえてるは、くすぐったがりなのだ。抑えてるつもりでも、声が漏れてしまう。


赤家はひたすら舌を動かして、唾液を塗りこめるようにしている。

きっと先月のことを気にしているのだろう。


ようやく準備ができたのか、一旦舌が離れた。


「吸います」


その言葉とともに出た吐息が、濡れた肌をくすぐり、てるの体はピクリと震えた。


肩をそっと掴み、顔を寄せられる。

何かが肌に触れた感覚はあるが、痛みは全くない。

正直、牙を肌に当てているだけなのか、吸われているのか、分からない状態だ。


覚悟していた痛みが全くなくて、てるは体の力を抜いた。


吸血鬼の唾液すごい。成分分析したら、現代医療の役に立つんじゃないか?


そんなことを考える余裕すら生まれた。


そうこうしている間に赤家の頭が動き、また首筋を舌が這って行った、ようだ。

くすぐったさも鎮痛効果で麻痺しているらしい。


「・・・終わりました」

「あ、お疲れ様です」


てるがそう言うと、赤家が微妙な表情をした。


「それはこちらのせりふでは?」

「・・・あー、そうですかね?何か、ただ突っ立っていたような気がして」

「きちんといただきましたよ。そんなに飲んでいないとは思うのですが・・・めまいとか気持ち悪さとか、ありませんか?」

「はい、大丈夫です。先程と何ら変わりありません」

「それならよかった」


そう言った赤家の顔をまともに直視してしまい、てるは固まった。

いつも冷静、どちらかと言うと無表情気味の上司が、ふんわりと微笑したのだ。


「では私は、これで失礼します」

「あ、あ、え、と、本当に上がっていかなくていいんですか?」


さすがに玄関と言うのは申し訳なさ過ぎて、てるが声をかけると。


「・・・こんな時間にお邪魔している男が言うのもなんですが、付き合ってもいない男を簡単に部屋に上げてはいけません」

「はぁ・・・」


そう。

赤家とてるは、付き合っているわけではない。

これは不必要な気遣いだったらしい。


「では」

「あ、はい、お気をつけて」


マスクをつけた赤家がドアを開けて出ていくのをぼうっと見送ってから、鍵をかける。

せめて、マンションの入り口まで送った方がよかったかもしれない。


それにしても、今日だけでも、キョトン顔、噴き出す顔、微笑と、初めての表情をたくさん見た。しかも、近距離で。

今まで、『仕事ができる上司』としてしか見ていなかった赤家の、人間らしい一面。


知らぬ間にそれを思い返していた自分に気が付き、追い出すように頭を振る。


これは人助けだ。上司がまっとうな社会生活を送れるように、ほんの少し手助けしているだけ。

それ以上でも、それ以下でもない。


自分に言い聞かせるように心の中で繰り返しながら、てるはいつも通り、風呂の準備をするのだった。

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