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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
二人の話
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6.失敗と相談【勝利】

やってしまった。


勝利は電話を切った瞬間、そう思った。


焦りすぎた。

慌てすぎた。

てるを戸惑わせてしまった。


一緒にいたくて。時間をできるだけ共有したくて。

「おやすみ」と言っててるの顔を見て眠りに就き、「おはよう」と言って朝一番にてるの顔を見たかった。

しかし、長く一緒にいれば、やはり何もせずにはいられない。


近付きたい。触れたい。もっと強く。もっと深く。

そして、もしひとつになれたなら。


そんな下心が滲み出ていたのだろう。

誘ったときのてるの反応は明らかに躊躇していた。


まだ2週間。キスすらしておらず、しかもお互い初めてのお付き合いだというのにがっつきすぎたと猛省する勝利だった。




・~*~・~*~・~*~・




翌日、水曜日。

今日のてるは、ベージュのラップスカートっぽいものを穿いている。上はシンプルな紺のニットだが、首周りにビジューがついていて、華やかだ。

今日も可愛い。


それはいいのだが。


「おはようございます」

「あ・・・おはようございます・・・」


てるにそろりと目を逸らされ、勝利は地味に傷ついた。

昨日の失敗が、まだ響いているらしい。

戸惑いが消えていないだけならまだいいが、いきなり泊まりに来いと言った勝利を軽蔑したとしたら・・・そう考えるだけで、勝利の気分はどんどん沈んでいく。

てるのことだから、仕事には支障がないようにするのだろうが。


その後も、勝利はまったくてると目が合わなかった。

つい2週間ほど前にも同じことがあったと、勝利は意気消沈する。

しかも今回は、自分のせいだ。

・・・しかし、よく考えれば、前回も元凶は自分だったので(久子という余計なファクターはあったわけだが)、勝利はさらに凹んだ。


「あっれー、赤家、元気ないねー」

「・・・田淵」


休憩スペースに座って頭を冷やしていると、手ぶらでぺったぺったと歩いてきた田淵が、勝利の隣に座った。


そういえば、と勝利は隣の男に言うべきことを思い出す。


「お前、うちの姉にてるの情報流しただろ」

「あれー今更?すぐ聞いてくると思ったら何も言わないから、ばれてないのかと思ったー」


悪びれずに否定しないところを見ると、当たりらしい。

以前の飲み会乱入で、姉は田淵の顔を記憶していたのだろう。面白そうと思うことになら、頭が恐ろしくきれるのだ。


「最近てると話してて気付いたんだよ。俺はてるが自己紹介したから名前を知ってると思ってたが、てるは最初から姉には名前で呼びかけられたって言うし・・・。というか、そもそもてるの容姿を知ってるのもおかしいし。あれに情報渡すなんて、どんな報酬もらったんだよお前」

「人聞き悪いなー。香澄さんが『可愛い弟の遅ーーーい春を応援してあげたいの!』って言うから、てるちゃんのことをちょこぉっと言っただけだよー」

「余計なことを・・・!」

「そうでもなかったでしょ?あれがあったから、ようやく勝利君は動いたわけだし?」


そこを突かれると痛い。

もし姉が動いていなかったら、勝利が悩んでいる間に、てるから吸血関係の解消を告げられていたかもしれないのだ。


「それは・・・」

「ま、結果良ければすべてよし、でしょ?でも、『結果良ければ』になってないみたいだけど。話してみる?」

「・・・ここで話すことじゃない」

「オッケー!じゃあ久しぶりに飲みに行こうぜ!仕事終わったら連絡ちょーだいね!」


それだけ言うと田淵は「よっと」と声をかけて立ち上がり、ひらひらと手を振りながら行ってしまった。


田淵に話して解決するわけではないだろうが、このまま一人で考えていても仕方がない。

勝利は残りの仕事を終わらせるべく、営業二課に戻った。




・~*~・~*~・~*~・




「はい、じゃあ悩める青年にかんぱーい!」

「お前・・・やめろよそれ」


ぐびぐびと音を立ててビールを飲む田淵をじろりと睨むが、本人は全く気にしていない。


「で、で、どうしたのさ?ついこの間まで幸せの絶頂!て感じだった赤家君?」

「・・・そんなに外に出した覚えはないが」

「まったまた~。確かに表情はあまり変わってないけどね。てるちゃんを追う目が完全にでろ甘な感じだったよー。まあ確かに、最近のてるちゃんは垢抜けて可愛くなったし。あれは、周りの人ほとんどが二人の関係に気付いてるんじゃない?」

「・・・何も言ってこないが?」

「そりゃあ、部下たちは気を遣ってくれてるんだろうさ。別に仕事に影響出てるわけじゃないだろうしね。まあそれは置いといて。どしたのさ」


勝利はテーブルを見つめた。どう話そうか、その答えがそこに書いているかのように見続けたが、いい考えは浮かばず、結局ありのままを話すことにした。


「てるを、うちに誘って、泊まらないかって言ったら、ものすごく躊躇われたから自分から取りやめた。そしたら、てるの様子がおかしい」

「ぷぷっ!相変わらずストレートだな赤家。ふーん。お泊りはダメだったかー。あれ?ホテル泊まったんじゃないの?」

「・・・お前に話した事はなかったはずだが?」

「やだなぁ勝利君。情報は常に漏洩すると考えておいた方がいいよ?」


にこにこと笑いながら物騒なことを言う田淵を睨むが、無駄だということは勝利も分かっている。

田淵はそう言うやつなのだ。


「泊まったけど、手は出してない。ツインだったし、てるは話の途中でぐっすり眠ったし。俺も、寝不足だったから寝た」

「・・・はー、なんとも健全なことで」

「まあ前回はそうだったが、今回はそうする気はなかった・・・っていう下心が伝わったんだと思う。・・・嫌われたらどうしよう・・・」

「本当、赤家はてるちゃんが絡むとポンコツだね」

「・・・」


勝利が黙ると、田淵はこれ見よがしにため息を吐いた。


「赤家はさ、てるちゃん泊まらせて、抱きたかっただけ?」

「は!?そんなわけないだろう!できるだけ長く一緒にいたかったんだよ!」

「分かってるよ。一応確認。それならさ、一個ずつ、天秤に乗せていけばいいんだよ」

「・・・どういうことだ?」


言わんとしていることが分からず首を傾げる勝利に、田淵は出来の悪い生徒にゆっくり教えるような口調で続けた。


「だからね。んー分かりやすいところで言えば。【自分の性欲解消】と【てるちゃんの気持ち】どっち取る?」

「そんなもの、決まってるだろ!?てるの気持ちの方が大切だ」

「うんうんそうだね。じゃあさ、【一緒にいられる時間の確保】と【てるちゃんの気持ち】は?」

「・・・それでも、やっぱり、てるの気持ちが一番大切だ」

「ふんふん。じゃあ次。【我慢しなくていいけど一緒にいられない時間】と、【悶々とするけど一緒にいられる時間】どっち?」

「・・・一緒にいられる方がいい・・・」


少し逡巡したが、やはり、一緒にいられる時間に変えられるものはない。


「はい、終わり。赤家が今からやることは、てるちゃんと話す時間を作って、『一緒にいたいから泊まってほしい。絶対何もしないから』って言うことだね」

「絶対何もしない・・・」

「その自信がないなら今回はやめときな。まあ、そう誘ってもてるちゃんが拒否したら、今回は無しだ」

「そう、だな」


第三者に冷静に分析されて、ぐちゃぐちゃだった気持ちが整理された。


そうだ、もう絶対に、てるの気持ちをないがしろにするようなことはしない。

だけど、こちらの気持ちは言葉にして伝える。それでてるがどう思うかで、泊まりの件は終結するだろう。


「明日、てると話す」

「うんうん、そうしな」

「田淵・・・ありがとな」


素直に礼を言うと思っていなかったのか、田淵が持っていた焼き鳥の串をポロリと落とした。


「ちょ!勝利ちゃんが素直にお礼を言うなんて!お母さん感激!!」

「誰が勝利ちゃんだ気持ち悪い呼び方すんじゃねぇ!」

「ま、頑張りな。早くしないとてるちゃん、他のやつに掻っ攫われるぞ」

「・・・何だって?」

「今一番社内で注目されてるよ?パーティの時のドレス姿、壇上に上がったからほとんどのやつは見てるし。その後、いつものスタイルに戻ってたから騒がれなかったけど、今週に入って可愛くイメチェンだろ?あちこちでヤローの視線に晒されてるぜ?本人、気付いてないだろうけど」


グラスを握る手に力が入る。

確かにてるは可愛い。が、それは今に始まったことではないというのに。


外見なんかに左右されてるような奴が、てるを幸せにできるわけがない。


違う。自分が幸せにしたいんだ、てるを。


「勝利ちゃん?お顔が怖いわよ?」

「その呼び方やめろ。情報だけありがたく受け取っておく」


やはり、早くに周知しよう。


勝利はそう決めた。




・~*~・~*~・~*~・




木曜日。

いよいよ明日は新月だ。


今日は時間を作っててると話そうと思ってはいるが、仕事の具合があまりよくない。

会議に打ち合わせ、今週中に済ませておきたい仕事がかなりある。明日のことを考えると、ぎゅうぎゅう詰めに仕事をしなければならなそうだ。


少しでも、てると話したい。


そんな気持ちをずっと抱えながら、会議が終わって二課に戻ると、てるの姿はなかった。


「多佳子さん、佐藤さんは?」

「ああ、てるちゃんなら、総務に書類を提出しに行っています。すぐ戻ると思いますよ」

「そう・・・」


つい気落ちした返事になってしまうのを見て、多佳子が苦笑いしながら言った。


「課長、顔に出過ぎです。いいですよ、迎えに行ってあげてください。そろそろ戻ってくるはずだから」

「分かりました!いってきます!!」


走り出すのではないかという勢いで出ていった勝利を、二課の面々は生暖かい目で見ていた。


「課長、キャラ変わりすぎだろ・・・」

あねさん、見事な采配です!」

「まあ、二課の平和のためには、この方がいいって」

「はい皆さん、仕事しましょうね?」


にっこりと告げた多佳子を見て、皆は慌てて仕事に戻るのだった。

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