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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼女の話
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2.佐藤てるの日常-B面-

「はいじゃあ今週もお疲れー!かんぱーい!」


かちん、と小気味いい音が鳴る。

ごくごくとアルコールを飲み干すと、高温多湿で火照った体に冷気がしみて気持ちがいい。


「かーーーーっ!しみるーーーー!」

「てるちゃん、最初っからオヤジ全開過ぎー!でもビールは苦手なんだっけ?」

「そうですねーやっぱり苦いんで。でも甘いお酒と料理っていうのも微妙なんで、最近はハイボールにハマってます!」

「・・・それはそれで、なかなかのものだと思うけど・・・」


最初からかなり飛ばしているのはてるの常。仕事中は無駄話もせず、見た目もアレなものだから【地味で面白みのない子】と判断されやすいが、実は結構おっちょこちょいだったり、仕事外では突然アホなことを言い出したりと、見ていて飽きない面もある。

多佳子はそんなてるが気に入っており、時々こうして二人で飲む。それはてるが営業二課に来た1年ほど前から続いていることだ。年齢は10ほど離れている二人だが、とても気が合い、酒の席では敬語が崩れるてるを多佳子は許容してくれている。


今日も早速・・・。


「多佳子さん、いかわさ頼んでもいいですか?おいしいですよね!イカはやっぱり、わさわさしたところが美味ですよね!」

「・・・てるちゃん?頼んでいいんだけど、『わさわさしたところ』って何?」

「え?やだなー多佳子さん!いかわさって、イカの、あの、ほら、三角のところ!あれを使ってるから、『いかわさ』って言うんですよ?」

「いやいや、そんな『常識ですよね?』って目で見ないでくれるかな?イカの三角のところは『エンペラ』って名前だからね?」

「・・・え!?」

「その理論で言うと、『たこわさ』や『いたわさ』はどうなるのよ」

「んー、たこのわさわさしたところは・・・あ、足ですね!いたわさ・・・板のわさわさ・・・あ、カンナで削ればいいんじゃないでしょうか!?」

「それ食べ物じゃないじゃん!」


こんな調子で、仕事モードオフのてると話していると、漫才風になる。自分にはツッコミの才能があるかもしれないと思うほどだ。多佳子にとっては、このギャップがたまらなくて、てるといると言っても過言ではない。


『いかわさ』についての誤解を解いたところ、今度は「なんでワサビの略が『サビ』じゃなくて『わさ』なんだろう・・・?」と真剣に考えるてるをいい加減いかわさから解放しようかと、他の話題を投げかける。


「てるちゃんは明日の休みは何するの?」

「今実家に、甥っ子ちゃんが遊びに来てるので、構い倒してきます!」

「あー、赤ちゃん可愛いよねぇ」

「本当に、あの兄の子とは思えないくらい可愛いですね!でも、あの義姉の子なら納得です」

「お義姉さん、綺麗なんだ?」

「ええ、兄にはもったいないくらいに。ほんと、美保みほ義姉さんが嫁に来てくれてよかったー!」

「実家どこだっけ?」

「隣の県ですよー。電車で1時間ちょっとですかね?」


昨年、てるの兄夫婦のところに、待望の第一子が生まれた。10月末生まれだったから、今7か月くらいだったろうか。会う度にいろいろなことができるようになっており、最近のてるの一番の癒しなのだ。

赤ちゃん可愛い。最強に可愛い。目に入れても痛くない。入れて持って帰ってもいいだろうか。


「入れたらさすがに痛いと思うよ?」

「あれ?口に出してました?」

「うん。てるちゃんは飲むとだだ漏れになるからね。明日も暑いみたいだから、気を付けて」

「そうですね。梅雨って言うのに、蒸し暑いばっかりで」

「ね、今日も暑かったー。課長、よくマスクしてられるよねー」


見てるほうが暑くなっちゃう、そう言う多佳子に、てるはふと沸いた疑問をぶつけてみた。


「多佳子さん、課長って、いつからマスクしてましたっけ?私が異動してきたときは、していなかったような気がしたんですけど」

「お?てるちゃんが課長の外見を気にするなんて珍しいね?ようやくフォーリンラブかな?」

「あ、いえ、マスクしようがしまいがどうでもいいんですけど、疑問は解決しておこうかと」


あっさりと興味ない発言するてるに、多佳子は呆れ顔だ。

イケメンな赤家の外見に惹かれる女子社員は多い。確かに、仕事中に見惚みとれてもらっては業務に差支えがある。だがまったく興味がないのは、それはそれでどうなんだと思う。


「・・・んーと、そうだね、マスク付けてなかったね。あれ?いつからだろう?気づいたら、常時マスクになってたからなー」

「やっぱり、顔隠しですかね?」

「隠す気ならもっと前からつけるとか、他の方法とらない?結局、食べるときは堂々と素顔さらしているわけだし。・・・まあでも、女子社員に苦労したからっていうのはあるかもね。課長になる前から大変だったみたい。二課への入り待ち出待ちとか」

「芸能人みたい・・・」

「同じエレベーターに乗りたかったんじゃない?そのうち課長、二課のある8階まで階段で行くようになったらしいよ。あとほら、課長の下についた女子社員がいびられたり。てるちゃんのところにも来たでしょう?」

「ああ・・・」

「それで、気のある素振りを見せる女子社員に『迷惑です仕事してください邪魔です』ってぶった斬って、10人以上断ったんだっけ?で、【女嫌い】の異名が付いたの」


多佳子に言われて思い出した。てるが二課に異動して間もなく、見知らぬ女子社員が数名、訪ねてきたことがある。呼ばれて出ていくと、てるの姿を上から下までざっと見分された後、「ふっ」と鼻で笑うような態度をとって、颯爽といなくなった。

後で知ったのだが、以前、赤家課長の下についた独身の女子社員が他の女子社員にいじめられて退職したらしい。

しかし、現状、てるは全く攻撃されていない。きっと攻撃するほどの価値もないと見なされたのであろう。人事課もそれを見越しててるを二課に異動させたに違いない。多佳子は既婚者だから、攻撃対象外だ。

営業二課に、ほかに女子社員がいないのは、こういうわけらしい。


「はっはっは!自分の地味な見た目が得したことって初めてでしたよ~」

「でもさーてるちゃん、今が一番いい時期なんだからさぁ、もう少し華やかな格好しようよ。隣の佐藤さん見習ってさぁ」


てるの格好はいつも変わらない。

気候に合わせて、ベストがカーディガンになったりセーターになったりするが、それだけだ。

化粧っ気もない。一応、日焼け止め代わりにファンデーションだけは塗っているのだが、それだけで「化粧しました」とは言えないだろう。


「多佳子さんは飲むといっつもそれですねー。ダメですよ!ああいう可愛らしい恰好は、選ばれた女子しか着てはいけないのです!」


『隣の佐藤さん』こと営業一課の新入社員、佐藤麻里瑛さとうまりえは、いかにも『女の子』と言う見た目をしている。

ゆるく巻いた茶色い髪をいつも可愛らしくおろしていて、ふわっとした可愛らしい服装でいることが多い。服装に規定のない内勤者は、華美でなければ何を着てもいいので、麻里瑛はワンピースやスカートをよく着ている。

そして実は社長の親戚だという噂があるが、真偽のほどは確かではない。

同じ『佐藤』でも、てるとは大違いなのだ。


「そんなことない!てるちゃんは確かに佐藤さんとはタイプは違うけど、絶対可愛い服も似合うから!」

「ふふふー多佳子さんありがとうございますー。でも別に、見せたい人もいませんしね。今のままで十分っすー」

「いないの?好きな人とか。っていうか課長は?」

「いやですよ多佳子さん!課長は憧れの方です!私は課長みたいにガンガン仕事ができるようになりたいのであって、それ以上でもそれ以下でもないです!あ、弟子になりたいです!師匠ってお呼びして、仕事について何日間でも徹夜で語り明かしたいです!そして恋愛なんて要素はいりません!」

「・・・うん、てるちゃんはそういう子だったね」

「今日の采配も素敵でした!E社は昔からの取引先だから、大切にしたいという気持ちがありつつも、それだけになあなあで済ましてきた案件にズバリと斬り込んで・・・」


多佳子は語り始めたてるを見ながら、残りが少なくなった酒を仰ぐ。

熱く語るうちに、酔いが回ってきたのだろう。てるの呂律が怪しくなってきた。


「きいてますか?たかこしゃん!」

「はいはい、聞いてますよー」

「わたしはぁー、ほんとうにしあわしぇなんですよぉ。あのかちょうといっしょにおしごとできて・・・」

「うんうん、ちょっとお茶飲もうね、てるちゃん」

「だからぁー、いっしょうけんめいがんばるんれすぅ。おやくにたちたいんれすぅ」

「健気だねぇ、てるちゃんは。・・・こんなに慕われているのに、あの課長はどうしてああいう態度かな・・・」


少しいらだちを含んだその呟きを、拾う人は誰もいなかった。

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