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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼女の話
12/37

12.気付いてしまった自分の気持ち

買い物を終えた夜、家で買ったものをタンスやクローゼットに詰め終え、布団の上に寝転ぶと、昼間多佳子と話した事が頭の中に浮かび上がる。

自分の過去を話したのは、初めてだ。

あの後多佳子は、ドレス姿のてるの写真を撮ってしまったことを詫びた。

多佳子が彼らのように悪用することは考えていなかったが、自分の姿を写真で見ることはまだ抵抗があると伝えると、その場で多佳子は写真のデータをてるのスマホに送った。


『今は見る気にならないだろうけれど、いつか自信がついたら見てみてね。どれも似合ってると思うよ!』


そう言って、自分のスマホの画面を見せ、てるの写真が一枚も残っていないことを確認させた。


『本当に嫌だったら消せばいいよ。そしたら、私と利佳子の脳内だけにドレスてるちゃんが残るから!』


どこか優越感を含んだ物言いについ笑ってしまった。

自分にそんな価値はないだろうに、多佳子はとても大切にしてくれている。

それが嬉しくて、つい、多佳子に抱きついてしまった。


『あー、課長に恨まれそう』

『何か言いました?』

『ううん、何でもない。じゃ、帰ろうか』


そして例のデータは、てるのスマホの中。

見る勇気はないが、すぐにでも消去したいとは思わなかった。

ひとまず保留にして、その日は眠りについた。




・~*~・~*~・~*~・




見える部分は、今までと何も変わっていない。

しかし多佳子が言うように、下着を可愛いものにしただけで、なんとなく気持ちが引き締まるというか、やる気が出るというか、そういう高揚感を味わった。

そう言えば、仕事でここぞというときにも勝負下着を着用する人もいると聞いたことがある。その気持ちが、少し分かったてるだった。




11月の新月。

食事をしていると、向かいの席に座る赤家から言われた。


「佐藤さん、最近、雰囲気変わったね」

「え?そうですか?」


てるには特に自覚はない。


「うん。どこがどう、と言われてもうまく言葉にできないけど・・・いい方向に、変わった気がする」

「そう、ですか」


にこりと笑う赤家も、今では珍しくなくなった。

それでもてるは毎回、この笑顔を見る度に心臓がドキドキしてしまう。


本当はもう、気付いている。

いや、とっくに気付いていたのだ。

認めたくなかっただけで。




てるは、赤家に恋している。




そして赤家もまた、誰かに恋をしている。

だから、てるのこの気持ちは、報われることはないだろう。


分かってはいても、再確認する度に、ずきずきと心が痛むのだった。




「さすがに寒いですね。あ、暖房入れますから、少しお待ちください」

「俺は大丈夫だよ。でも、佐藤さんが風邪引いたら困るかな。営業二課うちが回らなくなる」


家のドアを開けると、誰もいなかった部屋は冷え切っていた。

エアコンで暖房を入れ、いつものように玄関に立っている赤家には、温風機を持って行く。


「じゃあ、今月もいただきます」


両手を合わせて言う赤家に「どうぞ召し上がれ」と少しふざけて言うと、微妙な顔をされた。

ふざけすぎてしまったらしい。


「佐藤さん、他の人にはそんなこと言っちゃだめだよ?」

「はぁ・・・言う機会もないと思いますが」

「危機感がないからなぁ・・・あぁ、心配だ・・・」


ぶつぶつと言いながらも、赤家は吸う準備を始める。

息が首筋にかかって、くすぐったい。


「ふふっ、あの、課長、くすぐったい、です」

「・・・何だこれ、何の我慢大会?」


てるにはよく分からないことを言っていたが、黙ったので、どうやら吸血を始めたらしい。

今ではてるもリラックスして、吸われることができる。


そういえば、とてるは思い出す。

先月はこの後、何故か抱き締められたんだった。一瞬だったから、よく分からなかったけど。


そう思った矢先、そっと腕が背中を回り、ゆるく抱きしめられた。

体を硬くしたてるに気付いたのだろう、背中をポンポンと、宥めるように軽く叩かれる。


先月と違うのは、一瞬で終わらなかったことだ。


どのくらい時間が経ったのか、好きだと気付いた上司に抱き締められるという状況にてるが耐えられずに声を掛けようとした時、ブーっというバイブ音が聞こえた。

どうやら、赤家のかばんの中からしているらしい。


「あの、課長・・・お電話では・・・?」


バイブ音は断続的に続いている。

赤家は携帯を憎々しげに見てから、一つ息を吐き、「じゃあ、またな」とてるの家を出ていった。


「あの、お気をつけて」


てるが声をかけると、右手を軽く上げて応えた。

玄関のドアを開けたまま、その背中を見送る。

どうやら、電話に出たらしく、話している声が所々聞こえる。


「こんな時間にかけてくるなよ!・・・は?そんなの本人に聞けばいいだろ。・・・じゃあ田淵に相談しろよ。・・・」




・~*~・~*~・~*~・




翌日、総務部まで備品を取りに行くように頼まれ、廊下を歩いていると「佐藤てるさん」と呼び止められ、振り返ると、『隣の佐藤さん』こと佐藤麻里瑛が立っていた。


「はい?」

「ちゃんとお話するの、初めてですよね。一課の佐藤麻里瑛です」

「あ、二課の佐藤てるです」

「回りくどいの苦手なんで、単刀直入に言いますね。あなたみたいなのじゃ、赤家課長と釣り合いません」

「・・・え・・・?」


言われた内容が、頭に入っていかない。


「あなたみたいに女捨てたような格好している人と、赤家課長が一緒にいるなんて信じられないです。今すぐ離れてください」

「・・・あの・・・」

「要件は、それだけです」


言いたいことだけ言って、麻里瑛は去っていった。


てるの頭には、麻里瑛の言葉がリフレインする。


『赤家課長と釣り合わない』

『女捨てたような恰好』


そう、自ら望んでこういう格好をしているのだ。

釣り合わないなんて、自分が一番よく知っている。

そもそも、赤家だってこんな女、相手にもしないだろう。

それに、そう、彼には好きな人だっているのに。


自分で分かっていることでも、他人から言われるのは辛い。

好きになることすら許されないのだと言われたような気がして、てるは落ち込みながら総務部を訪ねていった。




備品を受け取り、二課のあるフロアまで戻ってくると、自動販売機がある休憩コーナーに久子の姿が見えた。

声を掛けようと近付くと、あちらに気付かれる前に会話が聞こえてしまった。


「昨日はごめんね、夜遅くに電話して」

「全くだ。それで、何とかなったのか」

「大体目星は付いたかな。それより、そっちの話の方が興味あるんだけど?」


低く響く声に、てるは体を固まらせる。

耳がすぐに拾ってしまうのは、好きな人の声だからなのか。


「誰から聞いたんだよそんなこと」

「ヒ・ミ・ツ。今夜、楽しみにしてるわね~」

「ったく・・・」


てるがいない方に、久子は歩いて行ってしまったらしい。カツカツというハイヒールの音が遠ざかる。

てるはそっと、自動販売機の陰から覗いてみた。予想通りの人物が、休憩用のソファに座っている。

その顔を見てすぐ、てるはその場を離れた。


今まで見たことのない、照れたような、はにかんだような顔の赤家が、そこにいたから。




息を切らして戻ってきたてるを見て、多佳子は驚いた。


「大丈夫?てるちゃん。そんなに急がなくてよかったのに。・・・顔色、悪いよ?」

「いえ、大丈夫です。他の仕事が溜まってたので、急いじゃいました」


あはは、と笑いながら席に着く。

頭の中は、今聞いた会話と、赤家のはにかんだ表情でいっぱいだった。


今夜会うんだ、久子さんと課長。

昨日の電話もきっと、久子さんだったんだ。

あんな表情するなんて・・・課長、久子さんのことすごく好きなんだな。

そっか・・・久子さんなら、課長と並んでもお似合いだし、誰から見ても素敵なカップルだよね・・・。


「・・・るちゃ・・・てるちゃん!てるちゃんってば!」

「えっ?は、はいっ!」


肩を揺さぶられ、ようやくてるの意識は戻ってきた。


「大丈夫?やっぱり調子悪いんじゃない?さっきから進んでないよ」

「多佳子さん・・・すみません。何でもないんです」

「佐藤さん、具合が悪いなら、無理しないでくださいね」


いつの間にかデスクに戻ってきた赤家に声を掛けられ、てるの体はびくっと震える。


「いえ、本当に大丈夫です。申し訳ありませんでした」


赤家の方を見ずに、早口でそれだけ言うと、てるはパソコンに向き合った。

集中して、頼まれていた仕事を、ひたすらこなす。

ただただ黙々と、余計なことなど、考えずに済むように。

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