1.佐藤てるの日常
新連載、始めます。
途中で止まったり、修正入ったりするかもしれませんが、最後まで頑張ります!
この会社には、有名な課長がいる。
赤家勝利31歳。
有名私立大学卒。新人研修後、配属された営業二課でその手腕を発揮し、30歳にして営業二課の最年少課長になったという経歴に加え、赤家はとても整った顔立ちをしていた。
長すぎない髪をいつもきっちり固め、すっと伸びた鼻筋に程よい暑さの唇、一重の目はいつも鋭く細められており、それが硬派な印象を強くする。身長は180cm近くあり、スーツを脱いだらかなり筋肉質なのではないか、と言うのは社内肉食女子代表の言。
しかし赤家勝利、ただのイケメン若手課長ではない。
赤家が有名な理由はもう二つ。一つに、極端な女嫌いであること、そしてもう一つは、必ずマスクをつけて出社することである。
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打ち合わせが終わり、会議室から営業の社員が戻って来ると、次々にとある女子社員に声をかけていく。
「てるちゃん、あの資料どうなった?」
「木田さんの机の左端に置いておきました。添削済みです」
「俺が打ち込み頼んだやつは?」
「終わっています。指示通りのフォルダに入れてあるので、あとでご確認お願いします。それから、A社の山本さんからお電話がありました。折り返しをお願いします」
「B社の見積書は?」
「作成済みです。いつもの場所にありますのでお願いします。あと、以前も後から、旧式の場合の見積もりと比較したいと仰られていたので、前もって作っておきました。不要かもしれませんが」
「てるさん、この書類の書き方がよく分からないんです・・・!」
「本橋さん、前回も同じことを言ってました。フォーマットがパソコンにあるから、まずはそれを見て書いてみてください」
全ての受け答えにはきはきと答えるのは、鳥の巣のようなもさっとした黒い癖っ毛の小柄な社員だ。
黒い縁取りの大きな眼鏡はやぼったく、首まできっちり詰まったブラウスにだぼっとしたパンツスーツ、これまただぼっとしたサマーニットのベスト姿は、遠目で見ると小学生の男子に見える。
こんな格好だが、これが佐藤てる25歳(れっきとした女性)である。
営業からの様々な指示を半分以上引き受けてさばいているてるは、入社4年目。事務処理能力に定評があり、普通なら入社3年目で異動するところを、2年目の4月に営業二課に引き抜かれた。
営業事務というてるの仕事は多岐にわたる。客先に行く営業さんのサポート、と言ってしまえばそれまでだが、書類管理やファイリング、顧客管理に受注・出荷管理、電話やメールの応対など、営業を支える重要な仕事だ。「売り上げ」という、良くも悪くも分かりやすい結果が出る営業を支えるこの仕事が、てるは気に入っている。
それに、二課には憧れのあの人がいる。
「木田君、先程の打ち合わせの件ですが」
静かなのに、マスク越しでも通る低音に、てるは反射的に耳を澄ます。
ちらりと課長のデスクを見ると、今日も安定のマスク着用である赤家勝利が目に入った。
6月も中旬、梅雨に入り、最近では気温も湿度も高い日々が続いている。いい加減、あのマスクは暑くないのだろうか。体調が心配である。
この上司と一緒に仕事をするようになって1年以上が経過したが、素顔が見られるのは何かを飲み食いする時のみ。と言っても、上司は昼食を外で食べてくることが多いため、一度も素顔を拝めない日も多いと、赤家ファンの別の課の子が話しているのを聞いたことがある。
そう言われてみると、いつの間にかマスクを常に着用するようになっていた。確か、異動した初日の挨拶の時はマスクを外していたはずだ。妙に整ったその顔を拝見した覚えがある。
てるにとってはどうでもいいことだが。
手元では、頼まれた仕事が猛スピードでパソコンに打ち込まれていく。
キリがいいところまで終わると、一度伸びをし、肩を回した。
てるがひと段落つくのを待っていたのだろう。隣に座る先輩、佐藤多佳子が小さい声で話しかけてきた。
「てるちゃん、今日の夜は大丈夫?」
「大丈夫ですよ、多佳子さん。一緒にご飯なんて久しぶりですね」
「ね。ダンナが休みの時を逃すと、なかなかできないからね」
多佳子は結婚していて、小学2年生になる娘もいる。
今日はダンナの会社が創立記念日で休みのため、家にいるというのだ。そこを狙って、前々から多佳子と一緒に夕飯に行く計画を立てていた。今日は金曜日。少しくらい遅くなっても、お互い大丈夫だとふんでのこと。
ちなみにこの部署には佐藤は他にもう一人(男性のため、年上の人からは『佐藤君』と呼ばれているが、てるより年上なので、てるは『佐藤さん』と呼んでいる。ややこしい)、会社全体だともっとたくさんいるため、佐藤姓の人はかなりの確率で、下の名前を呼ばれる。特にてるは、珍しい名前から、多くの人に『てるちゃん』または『てるさん』と呼ばれる。
たまに、例外もあるのだが。
「てるちゃん、C社の担当に連絡を取りたいんだけど」
「あ、それ終わったらこっちもお願い」
「てるさん!書類書けたんで、見てもらっていいですか?」
「はい、少々お待ちください。今行きます」
呼ばれて席を立つ後輩を、多佳子は見送る。
てるは仕事ができる子だ。
何をするのも手早く、正確で、ミスがない。
多佳子は、営業二課に異動してきたてるに一から仕事を教えた。事務仕事が得意とはいえ、それまでてるがいた総務部とは全く仕事内容が異なるため、最初は戸惑っていたのだが、多佳子が一度言ったことはすぐに吸収し、分からないことはきちんと人に聞いていた。他の社員の意図を汲んだり、先を見越してどんどん動くことのできるてるは、すぐに二課の戦力となった。
それ故、営業職の皆が課長に、「佐藤てるさんを自分専属の補助に!」と直談判したが、課長が「今の5倍の営業成績を出せるならしてやる」と言ったことで、全員すごすごと退散していったらしい。
そんな、誰もが欲しがる優秀営業事務のてるだが。
「アフターファイブと違いすぎるわ、てるちゃん・・・」
ぽつりとつぶやいた多佳子の言葉を、聞いているものは誰もいなかった。
佐藤多いですごめんなさい。
基本、佐藤姓の女性は下の名前で書きます。
二課の佐藤君は、地の文では分かりやすく【佐藤(男)】と書きます。あまり出てきませんが。
扱いが雑・・・。
分かりにくかったらご指摘ください。