妹が可愛いなんておかしい!
土曜日の朝、窓から入る涼しい春の風を受け目が覚め時計を確認する。
「まだ8時か。」
いつも土曜日は昼まで寝ているのだが今日は目が冴えてしまってもう一度寝付けそうにない。
なので、下のリビングに行って朝食でも取ろうと隣の部屋の妹を起こさないように静かに部屋を出た。
そして妹の部屋の前を通り過ぎようとしている時に事件は起きた。そう起こってしまった。
それは妹の部屋の中から聞こえた声であった。
「お兄ちゃん、好き。」
「はあーーー?!!?!?!?!?!」
俺は間抜けにもでかい声を出してしまった。いや……言い訳をするならば、確かに小学生くらいの妹が言っていたならば俺は気にもとめなかっただろう。
だが俺の妹は……俺のことを毛嫌いしていて最近ではお兄ちゃんとすら呼ばれずに、「おい、お前」とか「きもいから近づくな!」とか俺に暴言は吐き散らしかしているようなひどい妹なんだ!!
そんな妹が「お兄ちゃん、好き」とか言ってたら誰だって驚くし間抜けな声を上げるだろう。
ちなみに俺は高校3年生で妹は高校1年生だ。
そう、そして俺の間抜けな声は部屋の中にいる妹にも聞こえてしまった……。
そしてダッダッダッダッダと部屋を走るような音がして扉があいた。
バンッ!!
「お前!なんで土曜日のこの時間に起きてるの?!ていうか聞こえた!?違うから!乙女ゲーに出てくるお兄ちゃんが格好良かっただけなんだから!!キモいから!勘違いしないでよね!」
「お、おう。」
俺は無難な返事をしておきつつ見えてしまった。
扉が空いた隙間から見える妹の机にはノートパソコンなどはなく昔、俺がまだ妹と仲が良かったころの時に妹と撮った2ショットの写真だった。
まさか、こいつ本当に俺のことが……??妹もののラノベか???
と思ったがただの自意識過剰系主人公だったら恥ずかしいので、口にする勇気はなかった。
「そんなことよりお兄ちゃん、早く朝飯食べよ!」
「お前!今お兄ちゃんって言った!?????」
「い、い、言ってない!!バカ!」
こいつが俺のことを俺のことをお兄ちゃんなんて呼んだのは何年前のことだったか……ますます怪しいな。
そんなことを考えている間に妹は頬を赤く染めて走って階段を降りていってしまった。
「おい、まだ早朝なんだから静かに降りろよ、近所迷惑だろ。」
と言った俺の声が少しデカかったのは言うまでもない。
というか……まさかあいつ本当に???
そして俺と妹は珍しく一緒に朝ごはんを食べることになった。
普段の俺たちは微妙に生活リズムが違うので朝ごはんを一緒に食べることがないのだ。
まあ……仲があまり良くないって理由もあるが。
「んー!休日に朝早く起きて朝食を取るのもたまにはいいもんだな。それよりお前乙女ゲーとかやってたのな。しかも兄が出てくるようなやつ。」
少し伸びをして脳に酸素を送る。
そして事の真相を確かめるついでに妹をからかってみた。
「わ、私が何しようと関係ないでしょ!!二次元と三次元は別なんですーー!」
ちょっと怒った声で反論してくる。
まあ、確かに二次元の可愛い妹キャラとかは俺も好きだからこの言い分は一理ある。
ただそう話す妹が少し可愛らしく見えてしまった。
今までくそみたいな妹としか見てなかったが普通に話してたら妹って可愛いのでは?と少しだけ考えてしまった。
「目がきもいんだけど!こっち見ないで……」
俺の考えていることを見透かすかのように、妹が変質者を見る目で俺の事を見てくる。
視線が痛い……。
「あ、はい」
うん、前言撤回する。全然そんなことはなかった。こんな可愛くない妹が可愛いとか、勘違いだったわ馬鹿らしい。
ただ妹が俺のことを本当は好きで照れ隠しで言ってる可能性もある。だから俺はもうひとつ妹に提案をして探りを入れてみることにした。
「そういえばこれから昼飯の材料とか色々買い物に行こうと思ってるんだけどついてきて荷物持ちとか手伝ってくれたら、お菓子とか買ってやるけどくるか?」
これでもし妹が俺のことを好きなら断る理由はないはずだ。うちの妹様が好きなお菓子までつけてやるんだから、それもついてくるたてまえの理由になるしな。
逆に俺のことを本当に嫌いならこないはずだ……多分。
「うーーん……、お菓子は捨てがたいけどこの変質者と一緒に買い物か……どうしよう。」
おい、こいつ!自分の兄を変質者呼ばわりするとか本当に俺の事好きなのか!?もしかしなくても俺の勘違いか??
というか変質者とは心外だ。俺はこう見えて一流の紳士と呼ばれた男だぞ!(ゲームの中で)
「しょうがないなー、ついていってあげるよ。感謝してね!!ただ……変なことしないでよ?」
「俺が妹に変なことするわけないだろ、考えただけで気持ち悪い。」
「そ、ならいいけどね。」
妹はそういってすこしむくれた顔をしたが、俺はそんなことには気づかず
結局くるのかよ、やっぱり俺の事好きなのか?とそんな答えの出ない疑問を一人で考え続けていた。
「じゃあ10時半位に家出るから、家出る時に声かけるな。」
今朝食べた朝食を片付けながら妹にそう言った。
「……。」
うちの妹様はスマホに夢中みたいだ……。
人が話しかけてるのにスマホ見て無視とか人としてどうなの!?それとも俺が相手だからなの?
返事くらいしろよ、と思ったが聞こえてはいるようなので俺は自分の部屋に戻っていった。
☆ ☆ ☆
「おにいちゃんと~で~と~♪ふふふーーーん♪」
私は隣の部屋のお兄ちゃんに聞こえないように小さな声で口ずさむ。
久しぶりにお兄ちゃんと一緒に出かけるので私はテンションがすごく上がっていて、さっきお兄ちゃんへの告白が聞かれたことなんてとっくのとうに忘れてベッドで幸せを噛みしめていた。
「どの服着てこうかな~。悩むな~。」
さっきもお兄ちゃんに話しかけられているのに、スマホで『デートで男の子を夢中にする方法』を調べていた。
あれは…失敗だったかな。ちゃんと返事してあげればよかった。
そんなことよりお兄ちゃんとのお買い物!普通に終わらせるわけには行かない!
「はっ!!まさか、これは前々から考えていた計画を実行するチャンスなのでは!?少し怖いけど…覚悟はできてる。」
一年に一回あるかないかのチャンス。
それにずっとこのままでは今朝みたいなことが起きちゃうから。
いつかはこの計画を実行しなきゃいけないのはわかってた。
決意を固めた私はさっそくデート、もといお買い物に行くために準備を始めた。
☆ ☆ ☆
「おーい、そろそろいくぞー。」
と妹の部屋をノックしながら声をかける。
「もうちょっとしたら行くから先に玄関で待ってて―。」
と、扉越しに声が返ってくる。
俺は妹の言うとおりに玄関で立って待っていた。
そして待つこと十分……。
待つことに疲れ座っていた。
おい、俺はなんでこんなに待ってるんだ??
一瞬置いていこうかと思ったがさすがに妹が可哀想なのでやめた。
ダッダッダッダ
階段を降りる音が聞こえてきた
「やっとか。」
俺は妹に聞こえないくらい小さな声で不満を漏らした。
「ごめーん、ちょっと準備に時間がかかっちゃって。」
といいながら妹が降りてきた。
朝、会ったときのいちごの可愛い寝間着とは一転してノースリーブの花柄の可愛いワンピースを着て、ナチュラルメイク?をしていた。
はい、かわいいかわいい。
いや、たかだか買い物に行くだけなのにそんなにおしゃれが必要か?と疑問に思ったが口出しても
「女の子は外に出る時は可愛くいたいの!デリカシーないなぁー、そんなんだからいつまで経っても彼女ができないんだよ。」
とか謂れのない非難を受けて終わりそうだったので口にだすことはなかった。
「まあ、いいや。いこうぜ。」
俺は10分も待たされたが文句の一つも言えずに家を出ようとする。
俺は家族間での立場が弱いからな。悲しいことだ。
「あの!なんか言うことないの!?」
妹が後ろから俺に叫んできた。ちょっとびっくりした。
何か言うことあったけ?
「あ?ああ、俺ってこんなに待たされて可哀想だよな。」
妹様は俺が何故怒らないのか疑問に思ったのか。怒らないんじゃなくて怒っても無駄だとわかってるから怒らないだけなんだけどな。
というか妹の自分勝手な行動はもう慣れたしな。不満がないわけじゃないがそこまで気にならなくなってきた。
「そうじゃなくて!!もう!」
と妹は後ろで何か呟いていたが俺はなんのことかさっぱりわからんので無視して家を出ていった。
俺と妹は一階が食品売り場になっている、よくあるショッピングモールに行くことにした。
ショッピングモールに向かっている途中、妹は俺の後ろに少し離れるようについてきていたのだが
「バカ!!ポンコツ!」
とか俺をすごく非難していた。とても不機嫌なようだ。
俺ってなんか妹様を怒らせるようなことしたかな?
もしかして今朝のこと怒ってるのかな?
でも朝食の時とかそんなに怒ってる雰囲気なかったけどな……。
わからん。
うちの妹様が考えていることは全くわからん。
そうやっているうちにショッピングモールに着いた。
そういえば最近俺が読んでるラノベの新刊が出たらしいな。まだ買ってないから今日ついでに買うか。
「なあ、買いたいラノベがあるんだけど先に本屋に寄ってもいいか?」
と、妹様に許可を求めてみると
「え?!それって妹もの!?!?」
え?なんか妹がすごい食い気味なんだけど?どうしたの?この妹。
さっきまで不機嫌じゃなかった?目にキラキラエフェクト出てるよ?
「そ、そうだけど…」
と、ちょっと……いやだいぶ引き気味に正直に答える。
正直ちょっと怖い。
「それって『俺がLOVEなのは妹じゃないはず!』ってやつ!?それなら私も新刊欲しいんだよね!」
な、何故だ...何故こいつは俺が欲しい新刊のタイトルを知っている?それだけにとどまらず私も欲しい、だと!?
そんなわけあるか?妹ものだぞ???こいつはまさか俺の妹に化けた偽物!?朝からおかしいとは思ってたんだよな……ようやく納得したわ。
「お前!やっぱり俺の妹じゃないな!一体何者だ!?何が目的で俺の妹になりきっているんだ!?」
俺はさながら名探偵の如く問い詰める。
「どうしたの?頭おかしいの?病院いく?」
「え?なに?俺がおかしいの???兄を嫌ってる妹が妹もののラノベ読んでるとかおかしくない??いや俺が欲しいのは確かにそれだけどさ。」
え?俺がおかしいのかな……。うーん?わからん。
「あ、朝も言ったじゃん!二次元と三次元は別なの!!」
と顔を少しだけ赤くして言ってくる。
俺の妹ってこんなに可愛かったっけ?
うーん、やっぱり偽物では?と思いつつ妹と一緒に本屋にいくことになった。
そして本屋に着いて思った。
あれ?妹と一緒に妹もののラノベ買うとかどんな拷問??
言っておくけどな、俺はこんな可愛くない妹、別に好きじゃないからな。
ツンデレとかじゃなくて、うん。
いや、確かに見た目は可愛いかもしれないが、大事なのは中身なのだ、うん。
と誰に言い訳するでもなく自分に言い聞かせる。
そう思いつつも買おうと思っていたラノベを手に取るとレジに持っていこうとすると
妹は俺と同じ本を三冊手に取り始めたぞ?!?!
こいつ何?オタクなの?
「あのー妹様?三冊も……いる?」
「え?まず読書用でしょ、保存用でしょ、それから観賞用。本当は布教用も買いたいんだけど今月はお金がそんなになくて…。」
「あ、ああ…そう。」
もうこの妹に言うことはない。
どんだけ好きなの?このラノベ。ていうか三冊買って足りないとかおかしいよね!?ねぇ!
俺がおかしいの?違うよね!
うん、もうこの妹をまともに相手してたらだめだわ。適当に流すのが吉だわ。
二人で合計四冊を持ってレジにいくと店員さんもびっくりしながら会計してくれた。
幸い俺と妹は兄妹だとは思われなかったみたいだ。
きっとカップルとでも思われたんだろう。それはそれで複雑な気分だが。
そして無事に会計を終えると妹様は同じ本が四冊入ったレジ袋を手に提げてご機嫌そうだった。
ちなみに妹が三冊で俺が一冊だ。俺は妹のを借りて読むという手もあったが俺にもプライドというものがあるし、やっぱり自分のものとして一冊欲しいという気持ちがあったため別に買った。
「お兄ちゃんは、一冊でいいの?」
「いや普通一冊だから、ていうか今お兄ちゃんって言ったよな?」
「うん!言ったよ!変かな?お兄ちゃん。」
いや、全然変ではない。むしろ可愛い……って何考えてんだ俺。正気を保つんだ。自分を鼓舞するように自分の頬を叩く。
ていうかなんなんだ、今日のこいつは。偽物じゃないとしたら別人格か?
「いや、普段呼ばないから新鮮だな―と思っただけだよ。」
「今日は特別だからね!」
特別?今日は何か特別な日だっただろうか?
特に誕生日とかそうゆうわけでもないし、わからん。
今日の妹様は本当に何を考えてるのかわからん。
「ま、いいや。それより今日の昼ごはん何食べたい?」
エスカレーターで下の階に降りながら妹のリクエストを聞いてみる。
だいたいいつもならここで「なんでもいい。」と無愛想に言われるのだが。
「うーん、お兄ちゃん特製餃子!!」
「なんだそりゃ?あいにく俺は普通の餃子しか作れないぞ。」
というか今日の妹は明らかにおかしい、確かに妹は仲の良い友達なんかと話す時はテンションが高い時があるが俺と話していてこんなに機嫌がいいのは初めてだ。
いや小さい頃は俺に懐いていたので、正確には初めてでは無いかもしれないがここ最近ではまずない。
しかもそんな妹を不思議と可愛いと思いかけてる自分がいる。
「うーん、しょうがないな~それで我慢してあげる!あ、にんにくは抜きね!」
「はいよー。じゃあちゃっちゃと買って帰りますか。」
妹の機嫌が良いのは別に悪いことじゃないし、いつもみたいに暴言吐かれてストレスが溜まらないからいいな。
そんなことを考えながら餃子に必要なものを買い物かごに入れてレジに行こうとすると、
「ちょっと!お兄ちゃん!お菓子忘れてない?私が何のために付いてきたと思ってるの?」
「あ……忘れてました。ごめんなさい。」
妹が機嫌がいい理由を考えていたらそんなことはとっくのとうに忘れてしまっていた。
ここでいつもなら罵声が浴びせられ、いたたまれない気持ちになるのだが。
「もう、お兄ちゃんは忘れっぽいんだから。」
隣には全然怒ってなさそうな顔で微笑んでる妹がいた。
?なにこの妹、可愛い。
じゃなくて!妹は何を企んでるんだろう。ドッキリ??いや、そうゆうことをするタイプじゃないと思うんだけどな~
そんな疑問をよそに、お菓子を買うことを忘れていたお詫びに妹にたっぷりお菓子を買ってやり
ご機嫌な妹を隣に、家に帰った。
☆ ☆ ☆
家に帰ると11時半を過ぎていたので、すぐに昼飯を作ることにした。
余談だが、うちは親が共働きで休日も朝から仕事で帰ってくるのが遅いことが多々あるのでそういう日のご飯はどこかに出掛ける予定がなければいつも俺が作っていた。
ご飯を炊いたり餃子を作ったりと昼飯ができるまで時間がかかるので、その間妹はリビングのソファで寝っ転がりながら今日買ってきたラノベを読んで休日を満喫しているようだった。
普段ならリビングで妹がラノベを読んでいるところなんて見たことがないから、俺からすれば珍しい光景ではあったが。
「よーし、できたぞー。」
餃子を乗っけた大皿をキッチンからダイニングのテーブルに持っていった。
「はーい、きりのいいところまで読むからちょっと待って!」
うーん、まだラノベに夢中らしい。
「餃子冷めないうちに食べろよ、先食べてるからな~。」
「え!!先食べちゃうの!?」
さっきまで本に視線を向けながら返事していたのに、いきなり俺の方を向いて驚いたような口調で言ってきた。
顔も驚いてる。…なんでそんなに驚いてるの?
「え?逆に一緒に食べることのほうが珍しくない?」
「うー、そうかもだけど!今日はだめなの!一緒に食べるの!」
「お、おう。」
やっぱり今日の妹は変だ。
頭でも打ったのだろうか。はー、いつもこんな感じだったら可愛いのになー。
「じゃあ、待っててやるから早く読めよ。」
「ありがとーお兄ちゃん。」
はあー、もうこの娘はすっかりお兄ちゃんっ娘ね。一体、うちの妹はどうなってしまったんだ。
あーこの妹、神!ストレスフリー!
「よし!お兄ちゃん一緒に食べよ。」
妹はラノベが一段落着いたのか今まで読んでいたところに可愛いいるかの栞をはさんでそう言った。
「おう。」
まだ餃子は冷めてなさそうだ。良かった。
やっぱり料理というのは温かいうちに食べて欲しいというのが作る側の本音だ。
と言ってもいつも妹は俺の料理を食べる時、黙々と食べてすぐに食器等を片付けて自分の部屋に帰ってしまうのだが。
まあ、いつもと言っても一緒に飯を食べることは少ないのだが。
だが今日の妹なら俺の料理に対する何らかの反応があるはず!と期待していた。だから温かい美味しいうちに食べてほしかったのだ。
「「いただきます。」」
「ん~~~!やっぱりお兄ちゃんの餃子はいつもおいしい!」
恍惚とした表情で俺の餃子を口にしていく。
なんというか可愛い。
いや、確かに今日の妹はいつもと違う反応をするだろうとは思っていたけれど。ここまで言われると少しびっくりする。
「いつも?そうか、いつもそう思ってくれてたのか。」
「当たり前だよ、お兄ちゃんの作る料理はいつもおいしいよ。」
俺はなんというか温かい気持ちになった。妹がいるってのも案外悪いことじゃないかもな。
そんなことを考えながら俺も自分の餃子を食べていく。
うむ、我ながら確かにおいしい。
というかいつもおいしいと思ってるならいつも素直においしいって言ってくれよ。
餃子とご飯を食べすすめもうすぐ食べ終わろうというところで妹が口を開いた。
「お兄ちゃん、あのね……私お兄ちゃんのことが好きなの。」
ブフッ、ゴホッゴホッ
びっくりしすぎて思わずむせてしまったではないか。いきなりなんていうことを言い出すんだこいつは。
俺の聞き間違えじゃないよな?俺はここで難聴系主人公になれるほど神経が図太くないぞ?
「はぁ!?何言ってるんだ!?!?」
朝の妹の部屋はやっぱり見間違いじゃなかったのか。だけど俺たちは血の繋がった兄妹だ。じゃあ付き合おうというわけにもいかない。この言い方だと俺も妹のことが好きみたいじゃないか。
「まだ話に続きがあるの、ちゃんと最期まで聞いてお兄ちゃん。
私もお兄ちゃんにこんな気持ちを持っちゃいけないってわかってる。
だから今日!今日一日だけでいいから私とデートして欲しいの。
そうすれば私は……諦められるから。」
俺はそんな俯きながら悲しそうな表情をする妹を初めて見た。
だが俺はそんな妹のお願いにすぐに答える言葉が出てこなかった。
もし俺が妹にわかったと言ってデートしてしまったら、俺は本気で妹のことが好きになってしまうかもしれない。
それに、妹は今日一日のデートだけで本当に諦められるのだろうか。少なくとも俺が逆の立場だったら、きっと諦められない。
俺はなんと答えれば良いのかわからなくて沈黙を続けてしまった。
だがずっと黙ってるわけにもいかない。とりあえずなにか言おうと口を開いた。
「俺は……俺はどうすればいいのか正直わからない。一日デートしてもお前はきっと諦められないんじゃないか?それに俺はまだ妹に対して特別な感情を持っていない。でも今日デートをすれば俺はきっとお前を好きになる。それがきっと一生俺たちを苦しめる。だから――――。」
妹は俺の言ったことを聞いて黙り込んでしまった。
いやもうすでに苦しんでいるからこうなってるのかもしれないな。
俺は妹の気持ちを受け止めて世間体なんて気にせず2人で幸せに暮らすのが正解かもしれない。
でも俺はそんなに強くない。きっと妹を幸せにできない。
俺はそう思ってしまった。
だが妹は何か思いつめたような顔をしながら口を開いた。
「違うよ……違うよ、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんが思っている以上にずるいし、汚いんだよ。私はね、今日一日だけデートしてそのデートが終わったら死ぬつもりだったの。だから今日だけは自分の気持ちに素直でいようと思ってた。どうせお兄ちゃんと結ばれることがないなら死んでお兄ちゃんの心の中に居続けようって考えてたの。私は残されたお兄ちゃんの気持ちなんて全然考えてなかったし、お兄ちゃんのことを好きになって苦しかったことなんてないの。ずっと、ずっと幸せだった。」
妹が涙を流しながらそう話すのを俺は黙って見ていた。
そうか、だから今日の妹はいつもとは別人のように感じたのか。
でも何を言えばいいのか、わからなかった。妹が突飛なことを言い過ぎてて理解が追いつかなかった。
俺は幸せにできないと、思った。でも妹は既に幸せだと言った。
俺はよくわからなかった。
「幸せなのに死ぬつもりだったのか?」
「幸せだから、死ぬの。きっと私はこれから幸せになれない。だんだんこの気持ちが苦しくなってくるの。だから幸せなまま死ぬつもりだったの。でもお兄ちゃんと話してて、私はなんて自分勝手なんだろうってそう思えてきて。」
幸せだから死ぬ、そういう考え方が俺にはなかった。そもそも死ぬとか生きるとかそんなことを考えようとも思わなかった。
妹がこんなことを言っているのに兄としてかける言葉がひとつも浮かんでこない。
一人の男としても何も言えなかった。
ああ、俺はなんてヘタレなんだ。ここでお前を一生幸せにしてやる、とか言えればきっと違ったんだろう。でも俺にはそんなこと言えなかった。
「ごめんな。」
なんて情けない兄なんだろう、そう思うと自然と口から謝罪の言葉が出ていた。
「俺はお前がそんなことを考えてるなんてこれっぽっちも思わなかったし、今のお前の気持ちを聞いても正直自分がどうすればいいか全然わからないんだ。」
どうして、どうして俺はこんな事しか言えないんだろう。もっと俺が気の利いた言葉を言えれば―――
「私が悪いの。ずっと素直になれなかった。こんな気持ちだめだって自分の気持ちをずっと押し殺してた。でもだめだった。今朝みたいにお兄ちゃんへの気持ちが抑えられなくなってしまう時があるの。だから、全てが手遅れになる前に死のうってそう考えてたの。それに私もお兄ちゃんにどうして欲しいかわからないの。私には今でもお兄ちゃんと一緒に幸せになる未来が見えないの。きっと私がずっと幸せになってもお兄ちゃんが幸せになれない、そんな気がするの。」
俺は妹の言うことを否定することも肯定することもできない。ただそれは無言の肯定のようにも見えた。
そして俺はその無言の肯定を否定することすらできない。
「私はね、お兄ちゃんの側にいて好きって気持ちを伝えられるだけで幸せになれるの。でもお兄ちゃんはきっとそうじゃない、私を好きになることはあってもその気持ちだけで幸せにはなれないの。そうでしょ?」
妹は全てを見透かしたような目で俺の顔を見ながらそう言った。
俺はまたそれを否定しきることができなかった。
「確かにそうかも知れない。でもお前が幸せならそれはそれでいいかもしれない。」
俺は嘘偽りなく本気でそう思っていた。兄として、家族として妹の幸せを願うことは間違っていないはずだ。
「だめだよ、それじゃだめなの。本当の幸せは二人が幸せになることだから……私が死ぬのと変わらない。むしろ死んだほうがマシなの。」
妹は悲しげな表情をしていた。
俺は何故妹にこんな顔をさせているんだろう。情けない。
でもどうすればいいかわからない。
「死ぬのはだめだ。お前が死ぬなら俺も死ぬ。でも俺は死にたくない、だからだめだ。」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
冷静に考えると馬鹿みたいな暴論だ。
俺達2人が世間に認めれるような関係で幸せになる方法……ん?
「そうか、俺達2人が結ばれてそれを世間に認められればいいんだよな?わかったぞ!」
「?お兄ちゃんどうしたの?海外でもいくつもり?」
妹はきょとんとした顔をして顔をかしげている。可愛い。ってそうじゃなくて!
「いや、海外は俺が行きたくない……。海外の環境に適応できる気がしない、それに日本のラノベとかアニメとかいろいろ日本でやらないといけないことが……。」
特に後半!これは俺が幸せになるために必要なことの一つだ!うん。だから海外に行くのはなし。やっぱり俺は自分勝手だな……でも自分のことくらい自分勝手でもいいじゃないか。
「じゃあどうするつもりなの?」
「ふふふ、世間に認められる方法。それは俺達2人がすごい人になればいいんだよ!!」
( ・´ー・`)どや!決まったぜ…。
「は?何言ってるのお兄ちゃん?病院いく?」
はいー!出ましたー、本日2回目の『病院いく?』!!
お兄ちゃんは正常だから、人を病人扱いするのやめてほしいわ。
残念なことに妹は俺の言ってることがまだ理解できていないようだ。
俺は妹のために俺の壮大な計画を説明することにした。
「一般的に兄妹で恋人なんて認められないだろ?まあ、兄妹じゃ結婚なんかもできないわけだし。人によっては気持ち悪いとか思う人もいるかもしれない。だけど、俺達2人が誰からも尊敬されるようなすごい人間だったらどうだ?みんな俺達のことを祝福してくれるんじゃないか?これはどちらかがすごいだけじゃだめなんだ。片方がすごいだけじゃただのスキャンダルみたいになっちゃうからな。どうだ、この計画。」
妹は口をぽっかり開けて唖然としていた。俺の計画の壮大さについていけなかったようだ。
また妹に馬鹿にされそう………。
だがその心配は無用だった。
「やっぱりお兄ちゃんはすごいね。私がどんなに考えても思いつかなかったようなことを一瞬で思いついちゃうんだから。こんなことなら最初から素直になってお兄ちゃんに相談するべきだったよ。あー、一人で考えてた私がバカみたい。」
涙を拭い少し笑顔を浮かべながら妹はそう言った。
なんと馬鹿にされたのは俺ではなく妹だった。
俺のこんな思いつきが肯定されたことは意外だったが妹の気持ちが少し楽になったみたいで嬉しかった。
「じゃあ、予定通り午後はデートするか。まだ俺が妹を好きになるかわからないしな。」
俺は笑ってそう言った。
嘘だ、本当はとっくに妹を好きになっていた。さっきまではそれを認めたくない気持ちがあっただけだ。今ではその後ろめたさもどこかに吹き飛んで自信を持って妹が好きだと言える。
でもちょっと恥ずかしいから妹に直接はまだ言えない。
「うー、お兄ちゃんここまで来といてそれはずるいよー。でもデート楽しもうね!!」
とびきりの笑顔でそういった妹の顔から俺は目を離せなかった。
この女の子を俺は絶対に幸せにする、そう心の中で誓った。
「ところで……デートってどこにいくんだ?」
「それは水族館だよ!この日のために私がいろいろ調べたんだから!!」
この日のためって……いつからその計画考えてたんだよ。怖いわ。
☆ ☆ ☆
時は過ぎ俺達二人は水族館に来ていた。
「わーー!マンボウだーーー!」
「かわい~~~……かな?」
「チンアナゴだー!」
「かわい~~~……か?」
「ダイオウグソクムシだー!」
「かわい~~~……ってなわけあるかーーー!全然可愛くないわ!」
「えー、可愛いじゃん!!お兄ちゃんにはこの可愛さがわからないのか。このぽんこつめ~。」
妹が俺に指を指しながら可愛いく言った。
ダイオウグソクムシ……うん。
妹が可愛いっていうなら可愛い気がしてきた。
「ハナガサクラゲだー!」
「かわい~~~……」
「え……これが可愛いとかお兄ちゃんセンスないわ~。」
え……これはかわいくないの?綺麗じゃん。可愛いじゃん!ねぇ!
でも妹が可愛くないっていうなら可愛くないのかも……ってだめだ。
自分をしっかり持つんだ、俺。妹に流されてはいけない…と思いつつも、まあそれはそれでいいかと思う自分もいる。
「わー!お兄ちゃん、イルカのショーやるってよ!早く行かなきゃ!」
そう言って自然と俺の手をつかみ引っ張っていく。
恥ずかしい…けど嬉しい。妹が一方的に掴んでいるので繋いでいるとは言い難いが妹の手に俺の手が触れているだけで気分があがる。
なんというか幸せだ。
「?お兄ちゃんどうしたの、ぼーっとして。」
どうやら俺はぼーっとしているように見えたらしい。少し幸せに浸ってただけだが。
「え、いやその…手が触れて嬉しいな……って。」
俺は目を少し逸して赤くなった顔で乙女のようにそう言った。
ちょっと気持ち悪いな(笑)
「え……?あ…ほんとだ。幸せだね!」
妹は自分で手をつかんでいることに気づいていなかったみたいだ。そして恥ずかしいセリフをちょっとだけ恥ずかしそうな顔をしてそういった。
「そうだな。でも恋人繋ぎしたらもっと幸せだな!」
俺も恥ずかしいセリフをいってしまった。でも後悔はしてない、きっと言わない方が後悔する。
「うん!そだね!」
こうして俺と妹は手を繋ぎなおしてイルカのショーを見に行くことにした。
幸せなことは幸せなんだが如何せん恥ずかしい。だがこれからもデートをすることはたくさんあるだろうから慣れておかないとな。
「お兄ちゃん!イルカさんもういるよー、早く座ろー。」
妹がとても嬉しそうに話しかけてくる。
「そうだな。というかそんなにイルカが好きなのか?」
「うーん、それもあるけど一番はお兄ちゃんと一緒にいるからだよ!」
俺はずっと一緒に過ごしてきたのに妹が好きなものとかを何一つ知らない。
でもこれから知っていけばいいと思ってる。きっと時間はある。なんか死亡フラグみたいだな。
「俺も妹と一緒にデートできて良かったよ。」
「なんでこのタイミングで言うの、もう……。イルカのショーに集中できなくなっちゃうじゃん。」
妹は赤くなった顔をプイッと横にそらした。
だが繋がれた手はもっと強く握られた。
そんなことされたら俺もイルカのショーに集中できなくなるだろ……。
まあ、最初から俺はイルカを見て楽しむ妹を見て楽しむ予定だったから問題ないと言えば問題ないんだが。
こうしてすこし恥ずかしい空気が俺達の間に流れてる間にイルカのショーは始まった。
「わー!イルカさんだ-可愛い~!ねぇ見てお兄ちゃんイルカさんが跳んだよ!!」
「そうだな、(それをみてる妹が)可愛いな。」
「だよね~イルカって見てて癒やされるよねー。そうだ!今度一緒に映画見に行こうよ。私が好きな妹ものラノベの映画の上映がもうすぐなんだよね!あの兄妹見てて癒やされるから見逃すわけにはいかないしね。」
「あ!それ俺も気になってたんだよね~。あの作品は1巻が発売された時から目をつけてたからファンとして5回くらいは見に行かないとな。映画が楽しみなのはもちろんだけど妹と一緒に見るっていうのも楽しみの一つだな。あと(俺の)妹がめっちゃ可愛いしな。」
「わかる!あの作品の妹はめっちゃ可愛いし兄はめっちゃかっこいいしで最高だよね!」
こうして俺と妹は微妙に噛み合ってない会話をしてイルカのショー(とそれをみてる妹)を眺めて俺たちは楽しい時を過ごした。
「よし、時間もあれだしそろそろ帰るか。」
気づけば夕方になっていて日が沈もうとしていた。
「そうだね、でもその前にお土産買わないとね!」
「お土産?誰かにあげるのか?」
友達が少ない俺は疑問に思ったことを声に出してみる。ちなみに友達が少ないなのは悲しいことじゃなくて少数精鋭なだけだから。趣味とか話の合う人が少ないだけだから!!
「違うよ、自分用。なんたってお兄ちゃんとの記念すべき初デートだからね。その買ったお土産を見るたびに思い出すんだ、こうやってお兄ちゃんと過ごした幸せな一日を。」
妹は幸せそうな顔で俺の目を見ながらそう言った。
あれお土産って確か人にあげる目的で買うものじゃなかったっけ?まあ、細かいことはいいか。
「なるほど、彼女いない歴=人生の俺にその発想はなかったぜ。でもそれならなんかお揃いのものとか買いたいな。」
「お、お揃いのもの!!指輪……とか!?」
俺がなんとなくいったことに妹は過剰に反応した。
というか故障した?
「いや、なんで水族館来て指輪買うんだよ。ていうか初デートで指輪とか重いわ。……まあ重いのも嫌いじゃないけど。」
「そっかー。お兄ちゃんは私のことがそんなに好きなのかー、えへへ。」
なんか妹が壊れた?今の会話の流れ的に言ってることおかしくないか?
「俺そんなこと言ってなくない??というか買うもの決めようぜ。」
「お兄ちゃんってツンデレだよね。今時男キャラのツンデレなんて流行んないよ。まあ私はお兄ちゃんのそういうところも好きだけどね。」
つ、ツンデレ?俺が?なーに馬鹿なことを言ってるんだ、こいつは。というか可愛いなこいつ。
「そ、そんなことよりこのイルカのぬいぐるみなんかどうだ?お前イルカ好きだろ?」
俺は少し照れて話題を変えようとする。もしかしてこういうところがツンデレって言われてるのか?
「イルカ!いいね!それの色違いのお揃いにしよ!」
妹は目を輝かせて喜んだ。うまく話題がずれたこともそうだがそれより喜んでくれて嬉しい。
こうして俺と妹はすこし大きめのイルカのぬいぐるみを2つ買って帰ることにした。
俺たちの幸せな水族館デートも終わりを迎え、帰りの電車を家の最寄り駅で降り家に向かっていた。
「私はさ、このお兄ちゃんが好きだって気持ちは許されないものだとずっと思ってたからこうやってお兄ちゃんとデートを楽しむ日が来るなんて一ミリも思ってなかったんだよね。」
妹は俺の手を強く握りながら静かにそう呟いた。
俺はそれを黙って聞いていた。
「だからこんな幸せな日が来ると思わなくて泣いちゃいそうなんだよね。私はお兄ちゃんを好きでいられるだけで幸せだったけどお兄ちゃんとデートするのはもっと幸せだったの。幸せに上限ってないんだね。ありがとう、お兄ちゃん。」
俺の隣で感極まっている妹を見て俺は自分のしたことは間違ってなかったんだ、という自信を持つことができた。
世間的に見ればいいことではなかったとしても俺の中ではこれが正解だと心の底から思えた。
「なんでお前はそんなこれが最後みたいな言い方をするんだよ。お前と俺の幸せはこれから始まるといっても過言ではないはずだ。お礼を言うのはまだ早いんじゃないか?今度映画いく約束もしたしな。」
俺はすこし恥ずかしくて妹が言ったことを少し茶化すようにそう言った。
その会話以降は黙って家に向かって歩いていた。
「家に……着いちゃうね。」
だいぶ家に近づいた頃、妹がふと呟いた。
「そうだな。」
妹が言いたいことはわかっていた。
この夢のような一日も家に帰り、寝て明日になればいつも通りの日々になってしまうような気がするのだ。
デートが終わってしまう寂しさというのはもちろんだが未来への不安感というものも俺にはあった。
俺が思いつきで言った二人がすごい人間になる計画、略してふたすご計画……ネーミングセンスないな、俺。
正直俺はこのふたすご計画がそんなにうまくいくと思えないのだ。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんならできるよ。だって私達はこれから幸せになるんでしょ。」
妹は俺の不安を見透かしたようにそう言った。さすが俺の妹エスパータイプだったか。
でも俺はお前が思ってるほどすごい人間じゃないぞ。
「だと、いいけどな。」
自信満々に「そうだな。」と答えられるわけもなく俺には希望的観測に縋ることしかできなかった。
それでも俺は妹が信じてくれてる俺を信じることにした。
頑張れ未来の俺!
「絶対大丈夫だよ。だってもしうまくいかなかったら最悪、私がお兄ちゃんを殺してそして私も死ぬだけだから♡」
妹は笑いながらそう言った。
イモウト……コワイ…。
「え……?冗談だよな…?ハハハ………。」
この妹だったらやりかねない。俺の計画が失敗できない理由がまた増えてしまった。
先が思いやられるが楽しみでもある。
歩道橋がある横断歩道の所で妹は立ち止まって信号が青なのにもかかわらず歩道橋の方に手を繋いだまま歩いていく。
妹は何も言わなかったが付いてきてって言ってるような気がして俺は黙って隣を歩いた。
そして歩道橋の真ん中あたりで止まり、下を車が走ってるのを見ながら妹は話し始めた。
「私はさ、本来の予定だったらここで飛び降りて死ぬはずだったんだよね。」
俺は黙って妹が話すのを隣で聞いていた。あまり聞きたい話ではなかったが聞かなければならない気がしていた。
「私はその覚悟ができていたし、やめるつもりもなかったの。どうせ幸せになれないならって。」
妹が死んでこの世界からいなくなる…それは考えただけで言葉が出なくなる。
今そんなことが起きたら俺は一生無気力なまま人生を終えるかもしれない。それくらい俺は妹のことを好きになっていた。
「でもね、そうはならなかった。私はデートして死んで終わりのつもりだったからその先のことなんて全然考えてなかった。でもお兄ちゃんはその先のことまで考えてくれてた。それでね、恥ずかしくなっちゃったの。私は結局私のことしか考えてないのにお兄ちゃんは違うから。それでどうしても本当のことを話さなきゃって思ったの。それで私は救われたんだよ。ありがとう、お兄ちゃん。」
妹は視点を動かさず車が走る道路を見たままそう言った。
そこには妹の笑顔があった。
「俺は多分お前が考えてるようなすごい人間じゃないし、お前のことを救えたのもきっとたまたまだ。でも少なくとも俺はお前が救えたことが嬉しいしこれからも一緒にいたいと思ってて、でもすごい人間なんて俺みたいなやつがなれるかみたいな不安もあって……あれ、なんか言いたいことがまとまらない。その…とにかく俺もお前に救われて生きていて……ありがとうは俺のセリフでもあるんだ。」
話している途中で泣いてしまって支離滅裂な発言になってしまった。今も涙を堪えることができない。恥ずかしいけどこれはこれで良かったのかもしれない。
うまく妹に俺の気持ちが伝わってくれるといいんだけど。
「うん、これからも一緒に頑張ろうねお兄ちゃん。」
妹は可愛い笑顔を俺に向けてそう言った。
きっと俺はこの時のために生まれたんだろうと思えるような笑顔だった。
「おかしいな、もっとかっこよく決めて終わるはずだったんだけどな。」
泣きながらそう言った俺はきっとかっこよくはなかっただろう。それでも俺と妹は幸せだった。