記憶なき依頼人
「事の始まりは一人の少女からの仕事の依頼でした——少女という表現が正しいのかは分かりませんが、18歳の女子高生です」
「はぁ、女子高生……、ですか」
「えぇ、女子高生です、今回の依頼人です。その依頼内容なんですが——」
「ちょっと待ってください! 叶愛さん」
慌てて会話を遮った僕に叶愛さんは怪訝な表情を浮かべる。
「なんですか、これからって時に」
明らかにご機嫌が斜めを向いている口調だったが、こればかりは僕も止めざるを得ない。
これがドラマや小説の中の架空の物語なら、完全に話を堰き止める邪魔者でしかない僕だけれど、現実的な問題はそんなに簡単ではない。
僕がどれだけ彼女の探偵としての仕事に協力しようと、僕は所詮民間人である。
ちゃんとした手続きを行なった上で白夜探偵事務所に所属している身でもなければ、僕は探偵としての白夜叶愛を相手にすれば助手というポジションにすら付いていない——そのポジションには既に適任者が存在している。
故に、だ。
叶愛さんには叶愛さんの、探偵としての守秘義務というものがあって、叶愛さんが探偵としてあり続けたいのであればそれは絶対厳守のルールである。
どこの世界に依頼内容を他人にペラペラ話す名探偵が居るのだ。
そもそも、そんな事をして回っていれば、それこそ探偵業法に抵触するはずだ——いや、だからその法律自体は叶愛さんに関係ないにしても。
「あのですね——」
と、叶愛さん。
「私だって捜査内容を明かす相手くらい選んでますよ。あなたが他人にそれをべらべら語らなければいいだけでしょう? それに、代わりにと言っては何ですが、事件解決率は100パーセントを謳っている我が事務所なんですから、少しくらいの不正は皆さん見逃してくれますよ、きっと」
「待ってください、そういう問題ですか? 僕は探偵としての信頼に問題が——」
「くどい」
「は…?」
「あー、もう、うるさいうるさい。真面目過ぎ。尚君——いえ、尚弥、私の彼氏なら彼氏らしくもうちょっと緩くなってください、気が疲れます」
「はぁ——わ、分かりました……」
「分かっちゃ駄目でしょう!」
叶愛さんが目を見開いて何を言ってるんだと言わんばかりに、若干あざとくそう発言した。
どっちだよ!——と、声に出かけたが、このツッコミも、叶愛さんがその後の言葉を直ぐに繋げたので、何とか飲み込む。
「尚弥は私の彼氏としてもっともっと私を束縛してくれないと。異様なまでに、苦しいほど、束縛してくれないと、束縛し合えないじゃないですか。そうやってお互いに息苦しい位の束縛と嫉妬を交わし合って、一生離れられない恋愛を育まないと駄目じゃないですか」
——どんな恋愛ですか、それ。
そんな恋愛が育めるのかどうかは後日議論する事にして、僕は大人しく堰き止めた話を元に戻す事にした。
無駄な足掻きというのはやってみてから経験する失敗談の事なんだろうとか思いながら。
「分かりました、叶愛さん、取り敢えず話を戻しましょう。今回限りは僕も臨時の白夜探偵事務所の一員として、その依頼内容を守秘義務の元に厳守して誰にも明かさない事を約束しますから、続きを話してください」
「言われなくてもそうしますよ。
と言うより、依頼内容を他者に提示する事の許可は依頼人より既に得ていますよ、馬鹿じゃないんですから」
「それを最初に言ってくださいよ!」
今度ばかりは流石に口をついて出た。
ここぞとばかりに“それを”を強調した。
本当は、それこそ、と言いたい所だ。
「それじゃあ僕がまるで馬鹿みたいじゃないですか! わざわざ話を堰き止めてまで守秘義務云々を語って、挙句の果てに僕が折れた形を気取って今回限りはみたいな発言までさせられて——」
「違ったんですか?」
“馬鹿みたいじゃないですか”と言う部分にだけ反応を示して、素っ頓狂な顔で訊いてくる。
「叶愛さん、あのですね——」
「まぁ、それはさて置き、話を元に戻しましょう」
飄々とした態度で、僕の話など聞く耳持たずとすぐさま話の路線を切り替える。
脱線させたのはそもそも僕だが、それを引き延ばして突っ切った割にはすぐさま本線へと戻る辺り、本当に人を小馬鹿にしている。
「小馬鹿にはしていませんよ、馬鹿にしてるだけで」
またもや、僕の心中に勝手に答えてくる。
“小馬鹿にしている”よりも尚、悪い印象を叩き込みに来る。
「分かりました、もういいです、どうぞ依頼の話を続けてください」
この探偵の話は、やはり黙って傾聴するに限るらしいと僕は諦めた。
彼女は手元のドリンクを一口含んで一呼吸の間を空けてから「では——」と口を開く。