記憶無き依頼人
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本当に良かったのだろうか——なんて言い出すと、答えは限りなく“良くない”と言わざるを得ないんだけれど、あれから僕と叶愛さんは病院の駐車場から、近くの24時間営業のファーストフード店の店内へと場所を変えていた。
一体全体、どういった理由で叶愛さんが現在、病院に入院しているのかは分からないのだけれど——と言うより教えてくれないのだけれど——入院患者を面会時間外の夜遅くに訪ね、挙句、外に連れ出すなどという行為は決して喜ばれる行為じゃない事位はいくら僕が浅学で出来の悪い脳を所有していたとしても分かるつもりだ。
それこそ、今、目の前で美味しそうにフライドポテトを咀嚼しながら「へぇ、こんなに安いのに意外と食べられる味ですねぇ、とても美味しいです」などと、どこのブルジョワ発言かとツッコミを挟みたくなるような感想を漏らしている彼女に、目の前でいきなり倒れられたりした日には、周りからの非難の目が一気に僕に集中する事は目に見えている。
そうなれば当然の事、ドクターのお叱りを受け「どうしてこんな時間に患者を連れ回したりしたんだ」などと、ドラマでよく聞く台詞を突きつけられるのだろう。
そんな場面で「僕は悪くありません!」と、言い放てるような根性は、我ながら、ない。
むしろ、僕がちゃんと強引に止めていれば—-—と、思うばかりだろう。
これは僕に限らず、こういう展開に直面する人達は皆んなそうなのかもしれないが。
最終的に一緒になって連れ立ってるのだから(連れ回しているかはさて置いても)、一介に責任がないと言い切れない立場にいる事は否定できない。
主犯ならぬ共犯者もいい所だ——犯罪者ではないけれど。
「何を心配なさっているのかは知りませんが、大丈夫ですよ、私はそんなそんな滅多に倒れたりしません。自分の身体の事は自分がよく分かるものですから」
と、目の前でドリンクのストローから口を離した叶愛さんが、僕の心中を悟ったような事をいきなり口にした。
何を心配なさっているのかは知らないとか言いながら、何を心配しているのか的を射た答えを既に発言している名探偵。
「いや……、って言うかですね、その発言自体に信用性がないんですよ、叶愛さん。そもそも何の病気なんですか? それくらい教えてくれたっていいじゃないですか」
「風邪ですよ、ただの」
「ほら、すぐそうやって誤魔化す……、いいですか、叶愛さん、入院患者を連れ回している形になっている僕の身にもなってください!」
それにだ。ただの風邪で入院するような人間に、僕は未だ出会った事がない。
彼女が言っていた言葉を返すようで悪いが、吐くならもう少しマシな嘘を吐いて欲しいと思う。
「それはそうと——」
と、叶愛さんがポテトを左手の指で掴み、口元に運びながら話題を変えてくる。
「尚君に一つ、お願いしたい事がありまして——」
言ってから、ポテトを口の中に放り込む。
「お願いしたい事?」
「えぇ、まぁ、簡単に言うと調べて欲しい事と言いますか、その為にわざわざ病院を抜け出して来たんですよ」
口元を左手で覆って隠してポテトを咀嚼しながら、そう話す。
僕は叶愛さんの言葉を頭の中で反芻する。
——調べて欲しい事?
何だろう。
まぁ、叶愛さんが入院していて、身動きが取れず、探偵業に専念出来ないであろう現状、そういうお願いも出てきて然りなのかもしれないけれど……。
「いや、でも待ってください、調べ事って言っても確か白夜探偵事務所には叶愛さんの助手を務める結ちゃんがいましたよね? 仕事のお手伝いとなると、僕より結ちゃんに頼んだ方がいいんじゃないんですか? 白夜探偵事務所に正式に所属している訳でもない僕が叶愛さんの仕事を手伝うとなると、探偵業法に抵触する恐れもありますし…」
とか偉そうに言いつつも、僕も探偵業法という法律に対してそこまで精通している訳でもない。
以前に成り行きで調べた事があったので、知っていただけだ——と、言うよりはむしろピンポイントでそこだけを調べた事があっただけだ。
僕のような民間人が探偵の仕事に関わっていいのかどうかという所を。
「私、まだ仕事の話とは言ってませんよ?」
探偵業法への抵触だの何だのと危惧していた僕に、叶愛さんがそう返して来たので「え、違ったんですか? 僕はてっきり——」と、言葉を口にした所で、それはすっぱりと遮られた。
「まぁ、お仕事の話ですけどね。尚君の想像通りです」
「は……?」
「ん? 聞こえませんでした? だから尚君の想像通りでお仕事の——」
「違います違います違います! ちゃんと聞こえてます! ハッキリ聞こえてます! って言うか、そうじゃなくて、だったら最初の“別に仕事の話とは言ってない”みたいな台詞いらないじゃないですか!」
惚けた口調や惚けた表情に次いで惚けた態度が得意な——って言うか、もう本当にそういうのが大好きな、探偵である。
そして僕がこうして意気込んでツッコミを入れた後の彼女の反応も、既に知っての通りだ。
叶愛さんは「さて——」と、何事もなかったかのように、僕のツッコミをさらりと流して、話を進める。