虚像
いきなり再開した思考の果てに見つけた答えが、ぽろっと口から零れた時、恐らく、先程の僕の途切れた台詞の続きを待っていたであろう鈴村愛は「え?」と言葉を返して来た。
「いやだから、凶器だよ。犯人は凶器をこの部屋のどこかに隠したんだ。“凶器を隠した事を隠す為”に絨毯を入れ替えて殺害現場を偽ったんだ……!」
僕の出した結論に、鈴村愛が口笛を鳴らした。
「驚いたな、急に止まったかと思えば、素晴らしい答えじゃないか新橋さん。閃きが舞い降りたのかな? 何はともあれ、名推理だよ、ぼくも同じ考えだ。現場を入れ替えたトリックに誰かが気付いても、凶器の隠し場所に繋げられる人物なんていない。普通の人ならこのトリックに気付いた時点で別の推理に誘導させられ、この書斎にまんまと凶器が隠されている事には気づかなかっただろうね」
名推理? 僕が? とんでもない。
胸を張って自分の推理を語ってくれる鈴村愛には申し訳ないが、今、最も驚くべき事は他にある。
この現場に来ていない叶愛さんが、恐らくは警察に提示させた情報と写真だけで、今の僕達と同じ所まで既に推理していたという事実だ。
何なら、僕は既に、叶愛さんに導かれていたとも言える。
やはり叶愛さんは、どこまでも人を見透かした名探偵である。普通の人じゃない。
そして、此処までが叶愛さんの導きによるものならば、此処からが僕が頼まれた本当の仕事であり、本題だ。
つまり、“それなら凶器は一体この部屋のどこに隠されているのか”という事だ。
この部屋には、先にも説明した通り、巨大な壁一面の本棚と、部屋の真ん中に配置された机と椅子しかない。
そうなってくると、一番怪しいのはやはりこの本棚ではないだろうか?
本棚の、裏側とか。
しかし、これを動かすとなるとかなりの重労働だ。まず、本を棚に入れたまま動かす訳にもいかないだろうし——動かしている途中に本がバラバラと床に落ちては、その都度作業が止められてしまう。
本の並びを写真か何かで記録した後、一旦本を全て抜き、棚を動かして、裏側に凶器を隠した。凶器を隠した後、逆の作業を行なった——僕の仮定通りにいくと、こういう流れになってくるのだろうが、これはこれだとして、一人で出来る作業だとは思わない。
考え込む僕と、それをじっと見ていた鈴村愛と目があった。そう言えば言葉を返していなかった。
何を僕は一人で考え込んでいるんだ、目の前に専門家が居るじゃないか。
彼女もまた、この事件に関しては、僕より先を見ている。きっと、この部屋のどこに、どういう風に凶器が隠されているのか、およその見当はつけているはずだ。
「ごめん、つい考え込んじゃって……君はこの部屋のどこに凶器が——」
「静かに……!」言葉を切断され、人差し指を立てられた。上を見ろという指示ではなく、言葉通りの意味だろう。
僕は唾と一緒に言いかけた言葉を飲み込んだ。
「誰か居るのか!」扉の向こう側から聞こえて来た野太い声に「はい!」と、馬鹿正直に返事をしてしまったのは言わずもがな、僕である。
目の前で鈴村愛が額に右手を当てながら顔を伏せ「馬鹿……」と、呟いている。
——うん、僕もそう思う。
そこから扉が開いたのは直後の事で、一人の三十代後半と思える風貌の男が部屋に踏み入ってくるなり、僕と鈴村愛に銃口を向けていた。
「何者だ、テメェら……此処で何してる」
男の言葉に対し、声が出ない。
だが、鈴村愛は何かに気付いたらしく、鋭い目つきをギラつかせながら、僕を庇うように前に出て、相手の男と向き合った。
「ねぇ、その拳銃、弾入ってるの?」
鈴村愛の堂々とした台詞が相手の男を刺激する。
相手の男は更に一歩前に出て、鈴村愛に近づく。
「威勢の良いガキじゃねぇか。え? テメェら此処がどこだか分かってねぇのか?」男の指が引き鉄に触れる。
やはりこの男、現場に戻ってきた犯人なのだろう。隠した凶器を回収しに来たに違いない。まずい、このままでは彼女も僕も殺されてしまう。その凶器について、今、話していたばかりだ。何とかしてこの場を脱しなければヤバい……、しかし、こういう状況に慣れていない僕は(そもそもこういう状況に慣れている一般人がいる方があり得ないと思うが)、恐怖に耐えきれない膝が笑いながら、立っているのがやっとの状態。
鈴村愛はと言えば、彼女の膝は一ミリも笑っていない。なんなら、その顔に不敵な笑みを浮かべているくらいだ。
「撃ってみなよ、仮に“それ”が本物だったとして、住宅街の中に建つこの家でサイレンサーも無しにぶっ放せばすぐに人が集まってくる——とてもじゃないけど、逃げられやしないよ?」
どうしてそう強気に出られるのか、僕には皆目見当がつかないし、この言葉に相手は更に怒りを露わにしている。
良く見れば髪は金髪で逆立っている。
怒りの限界を越えている証じゃないか——いや、まぁそれは冗談で、男の風貌は最初からそうだった訳だけれど。
「良い根性だな、テメェ」
その台詞を最後に、男は躊躇いも見せず、引き鉄を引いた。
カチャッ——と、しょぼい音が室内の沈黙に響いた。
空砲、どころか、本物の銃ですらなかったようで、男はフッと笑った。
「肝の据わったガキだな、可愛くねぇ」
男が呆れたように言って、偽物の銃をおろす。鈴村愛は両肩を上下に小さく動かし、戯けたように笑って、小さく舌を出した。
相手の男が刑事だと知ったのは、この後、自分の安全性に確信を持った僕がいきり立って前に出たその時だった。




